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二刀の用心棒

 とある世界のとある国,とある町のとある宿屋の一室。一人の男が朝を告げる木槌の音で目を覚ます。

「…夢じゃ,ないのか…」

 周囲を見回して,溜息をつく。起き上がって身支度を整え,壁に立てかけてあった二刀を腰に差す。

 俺は,何の因果かこの世界へ落ちてきた異邦人だ。来て早々厄介ごとに巻き込まれて,いや,厄介ごとの真っただ中に落ちてきてと言った方が適当だったが,とにかく人助けをさせられる羽目になり,日ごろ鍛えた剣の腕で人を斬ってしまった。

「…」

 そうしなければこちらがやられる,という状況でもあったからとりあえずは正当防衛。異邦人となったことで急速に不確かになっていく元の世界の価値観に縋ってなんとか理性を保っているが,輝きを失った目に見つめられた時の何とも言えない気持ち悪さは今思い出しても嫌な汗が噴き出す。元の世界では日の目を見る事のない技,と満たされない思いを抱いていたが,いざ実際に斬ってしまえばやはり手は震え,心も大きく揺れた。

「ジョウ,起きていますか…?」

 外から自分を呼ぶ声。俺はこの世界で過ごすにあたり,ジョウ=シーゲルを名乗っていた。実名を正直に言うのも憚られたが,かといって元の世界と全く関係の無い名を名乗るだけの勇気も無かったのだ。

「…ああ」

 扉を開けるとそこには助けた女。栗色の髪を耳の後ろで一つにまとめている。

「おはようございます。…良く眠れましたか?」

 リーリヤを名乗ったこの女は,自称では魔法使いなのだそうだ。言われてみれば昨日のあれは確かに不可思議で,魔法と言えば魔法なのかも知れない。しかし科学の支配する元の世界の常識から考えればかなり胡散臭いし,正直魔法使いなど悪役のイメージがある。

「…ああ」

 そもそも利害の対立した荒くれと女たちという図式をいきなり与えられて,事情も分からずなし崩しに助けた格好になってしまっただけだ。どんな素性かわかったものではない。

「ではまず朝ご飯を食べて,それから今後の事を相談しましょう…?」

「…分かった」

 この世界に俺が持ち込めた物は,今着ている道着と腰に差した二刀だけ。道場で練習中に落とされたものだから当然といえば当然だが,一文無しだ。もっとも持ち合わせていたとしても使えるとは到底思えない。

 リーリヤについて裸足でペタペタと階下へ降りていく。周囲の者たちは変わった格好をしているが,この世界的にはむしろこちらが変わっているのだということを奇異の視線が物語っている。

「おーいリー,こっちこっち」

 昨日助けたもう一人の女が手招きしている。すでに支度は整えていてくれたと見えて,卓上には自分も含め三人分の朝食。空いている席に腰を下ろす。

「ゆうべは良く寝られたかい?」

 カトリエーヤ,カティで良い,と名乗ったこの女は,姉というだけあって顔の造りはリーリヤに似ている。ただ妹と同じ栗色の髪は,こちらは極めて無造作に短く切られているだけだ。およそ外見には拘っていないのだろう。日焼けのせいでそれほど目立ってはいないが,顔にも腕にも小さな傷がそれなりについている。

「…ああ」

 盗賊だと彼女が名乗った時は悪い予想が当たったと思った。悪者はむしろこっちだったのではないかという後悔。だが本人にはこれまで特にそれを気にしている様子は無く,周囲にも全く変わった様子は無い。

「じゃぁ,さっさと食っちまおう。冷めちまうぜ」

 パンとスープの簡素な朝食。だが贅沢は言っていられない。昨日助けた分の恩,カティに言わせれば借りだが,それを返すという名目で提案された一宿二飯の好意を受けたのだ。何をするにしても食えるだけ食っておいた方が良いのは間違いない。

「さて…と」

 食事が終わり,食器を下げてまた卓に戻ると,カティが口火を切った。

「昨日はあんまり詳しい事も話さずじまいだったが,あらためて礼を言うよ。ありがとう,ジョウ」

「…こちらこそ」

「で,早速なんだが…あんたはこれからどうするんだ?」

 単刀直入に聞いて来る。

「ね,姉さん…そんないきなり…」

「…正直,困っている」

 正直にそれだけを答える。何が原因でここへ落ちてきたのかも分からなければ,どうやったら,いやそもそも元の世界へ戻れるのかどうかも分からない。いつまでここに居るのかも分からないのだ。

「昨日リーと話したんだが。状況からみて,どうやらあんたは他所の世界から落ちてきたようだ」

 そこでかなり声を小さくするカティ。その様子から,あまり大っぴらにしてはいけないような雰囲気を感じ取る。

「…よくある事なのか?」

「分からん。分からんが…リーの話によれば,落ちてきた奴は大抵ロクな目に遭わないらしい」

 真顔で言うカティ。

「姉さんっ!」

「隠すような事でもないだろう?むしろ,知らせておいた方が心の準備もできる」

 慌てて制するリーリヤに,溜息をつきながらカティは言う。

「…良かったら,その辺を少し教えてくれないか?」

 元の世界へ戻る手掛かりとまではいかなくとも,ここでの身の処し方の参考にはなるだろう。

「あ…はい…」

 気まずそうに語ったリーリヤよれば,この世界はやや不安定なところがあって,時々所々で穴が開くらしい。穴の大きさも様々で場合によると人が落ちてくる事もあるとものの本には書いてあったらしいが,問題は,そうやって落ちてきた者が大抵の場合迫害の対象となるらしい事だった。

「…なるほどな。であれば,俺は素性を隠しておいた方が良いという事か…」

「そうなるな。下手に人目を集めると,厄介な事になるかも知れん」

「…」

 無言で自分の身なりを確認する。刀はともかくとして,この道着にこの素足はかなり目立つ。しかし一文無しではどうすることもできないだろう。現状で打てる手は無い。

「それでだな…提案なんだが」

 カティがにっこり笑って言う。

「もしあんたが良かったら,あたしらの用心棒をやってくれないか?」

「…用心棒?」

「そうだ。昨日見た限りでは,あんたはかなりの凄腕だよ。少なくとも,高いカネふんだくるだけふんだくってあっさりやられちまったアイツよりは,契約に見合う働きはしてくれそうだ」

 アイツというのは,おそらく昨日見た人生初めてのなま死体のことか。またあの視線を思い出して鳥肌が立つ。

「詳細はこうだ。まず,あんたの装備を整える分を私らが立て替えておく。で,あんたは私らと一緒に仕事をする。入った報酬の中から私らに立て替え分を返済し,完済したら後はあんたの自由にすればいい。昨日の恩もあるから,利子は無しでいいぜ?」

 またにっこり笑うカティ。本当に盗賊なのだろうか,まったく後ろ暗いところが感じられないし,言われた事にもまったく,それこそ不自然なほどこちらに不利な内容が無い。しかし,盗賊を詐欺師みたいなものと考えれば何かこちらの気づかない落とし穴があるのかも知れない。

「…仕事,というのは?」

「あぁそうか,こっちの事はよく分からないか」

 すまんすまん,と頭をかきながらまた笑うカティ。

「私らはそれぞれ得意分野があるけれど,全体としては冒険者,って括りになってる。ギルドから斡旋された仕事を請け負ってこなし,報酬を得て生きているのさ」

「…ほぅ」

「まぁそれこそ,行方不明者の捜索から野盗の討伐から,条件が折り合えば何でもやるってお仕事さ」

「…どんな仕事をやっているんだ?」

「ん?んー…」

 そこでちょっと頭をかくカティ。

「昔はなりふり構ってられなかったからいろいろやったよ。でも今はまっとうな仕事だけだな。学院出の魔法使いであるリーの評判を落とすわけにはいかない」

「姉さん…」

 気まずそうに言うリーリヤ。何か複雑な事情があるとみてそれ以上踏み込むのは止める。

「あんたが居れば,結構難しい依頼もこなせそうなんだよな。もし不安なら,あんたが仕事の内容を見て選んでもいいぜ?」

「…俺が?」

「あぁ。何せあたしらは後衛だからな。あんたが前衛になるから,あんたがやられたらおしまいだ。あんたがどの程度やれるのかはやってみないと分からない,ってところもあるだろう?」

 そこで悪戯っぽく笑うカティ。

「むしろはじめはあんた任せの方が都合がいいんだ。無茶ぶりして逃げられたらかなわんからな」

「姉さん…」

「…なるほど」

 言われてみて気づく。装備代を立て替えた上に無茶な依頼で逃げられでもしたら,困るのはむしろ彼女たちだ。しかしそれだけのリスクを一方的に負う意味が分からない。

「…なぜ,そこまで良くしてくれるんだ?」

「ん?んー…」

 またちょっと頭をかくカティ。そしてまた悪戯っぽく笑う。

「リーがあんたに一目ぼれしちゃったからね」

「!?」

 目が点になる。同じ反応を示しているリーリヤに視線を移し,凝視。

「ね,姉さんっ!?」

 凝視を受けて赤面したリーリヤの抗議。

「ハハハ,冗談だよ冗談。でも,何となく理由は分かっただろう?」

「…?」

「今の反応もそうだけど,あんたが信用できそうな奴だ,って事だよ。困った時はお互いさまって信じた分だけは,あんたはきっちり返してくれそうだ。そう思っただけさ」

「…」

「要は自分を信じたのさ。あたしは何のかんの言っても長い事ここでやってきて,いろんな奴をこの目で見てきた。あんたは間違いなくトップレベル,そう見たってことだよ」

 ちなみに昨日のアイツは妥協ラインぎりぎりの,かなり分の悪いバクチな?と付け加えるカティ。

「…さらっとプレッシャーをかけてくれる…」

 苦笑する。だがそこでまた笑うカティ。

「それだけあんたが責任感があるって事さね。任せろ言う奴よりよっぽど信用できるよ」

「…分かった。せいぜい期待に応えられるよう頑張る事にして,好意に甘えさせてもらおう」

 どの道他に選択肢も無い。この二人を完全に信用する事にはまだ不安も無いではないが,少なくとも提示された条件は破格と言って間違いない。立て替え分をきっちり返すまでは一緒してもいいだろう。

「じゃぁあらためて,よろしくな?ジョウ」

「…ああ」

 カティと握手する。続けてリーリヤ。

「よろしくお願いします…ジョウ」

「…ああ」

 そこでふと気づき,思う。

(せめて返済が完了するまでは,元の世界へ戻されない事を祈ろう…)

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