第九話:選択
「うわー、本当にどうしようなあ」
俺、レイドは只今絶賛無所属中なのである。まあそれ自体は学園としてもあまりうるさくは言わないから一応はいいのだ。だが、それでも無所属というのはちょっとまずいんじゃないかなって俺は思うわけだ。だって無所属だぜ? なんか響きが良くないじゃん。
「俺が行けるような科って言ったらFH以外だったらほぼ決まってるようなもんなのが癪なんだよな……」
俺は自分で言うのも何だが、バカである。戦闘することしか能がない、如何にもなバカなのだ。そんな俺が居られる科なんてそんなにないのだ。というか俺の知る限り二つしかない。
「お前の行けるとこなんてFH以外にあったのか?」
俺が長い長ーいため息をついていると、後ろからロイスが何やら袋を持って入ってきた。俺の部屋に。
「まああるっちゃあるな。で、その袋は?」
「ほーん。ああこれか!? よくぞ聞いてくれたな。これはだな……じゃじゃーん!」
ロイスは勢いよく袋の中に手を突っ込むと、中から何かを取り出してきた。
何あれ。花? 意味わからん。
「何かわからないっていう顔をしているな。これは花のように見えるが、実はこれ……花なんだなあ!!!!」
「うっぜ、うっざ。めっちゃうぜえんだけど。何? その花を俺に渡してお前は自分の部屋に帰るの? 気の利くやつなの?」
「ばっかだなあレイドは。男が花を持ってる時っていうのは……決まってんじゃねえか」
決まってるの? 誰かロイスの身近な人が亡くなりでもしたのかな。でもなんでこいつこんな嬉しそうなんだろ。不謹慎極まりないわ。
俺の冷たい目攻撃に耐えられなくなったのか、ロイスはこほんと咳払いを一つした。
「ま、まあいいや。それよかレイドのは入れるような科って一体どこなんだよ」
「んー、まああそこだよ。騎士科。あそこなら剣術とかその辺活かせるだろ。ただ、問題もあるんだよな」
「ああ、あそこって確か礼儀作法に大分うるさいよな。それに、きっつい割には大した報酬も無いらしいし」
騎士科とは、主に国の重鎮などを護衛するような仕事が回ってくるのだが、その仕事がきついという噂は有名だ。まず、相手はそれなりに上流階級の人物であるからこちらもそれなりの態度をしなければならない。もし相手の気分を害するようなことがあればいくら護衛とあれど処罰の対象になってしまうのだ。そういった条件がある上に、来るもの――妖精や暗殺者などは当たり前のように来る。そして極めつけは報酬が少ないのだ。高い身分の人間なんだから金は腐るほどあるはずなのに、報酬は他の科で受ける仕事の報酬の平均とほとんど変わらないのだ。
なんで俺がそんな騎士科に入ろうと思ったのは、いくつか考えがあるからだ。その一つとしては、お偉方の内、一人でも繋がりを持つことで俺たちの目標である人間と妖精、二種族間の和平を結ぶこともいくらか容易になるのではないかと思ったからだ。その辺をロイスに言ってもわかんないだろうし、どうせこいつは俺の事なんて止めやしないしいいや。なんだかんだで俺のことを一番わかってくれてるのは多分ロイスだし。
「でも、俺の中ではもう意思は固まってるんだ」
「……そうか。ならいいんじゃねえか? お前はバカだけどこういう時に考えなしで動くほどのバカではないことは知ってる――というか祈ってるし」
「ふふっ、ならこれからも祈っておいてくれ。どうか俺が選択ミスしないようにな」
▽▽▽
数日後、俺は晴れて騎士科に所属することが決まった。あ、やっぱサリアと同じ解析科にすればよかった。選択ミスった。くそお、ロイスの祈りが足んなかったか……。
などと、ふざけているけど、騎士科……ここまでとはな。
「あのー、どうも、今日から騎士科でお世話になるベリアン・レイドですけど……あのー? 聞いてますかー?」
あっれー、この人俺の眼しっかりと見てるよね? 無視なの? でもこんだけ眼が合ってんのに無視ってちょっと無理あるくね?
「あの、レイドっていうんですけど……。ええぇ、聞こえてないのかな」
俺が半分泣きそうになっているとその男は今までも開いていた眼をさらにくわっと開いたと思うと急に顔つきも厳しくなった。
「すまない! 瞑想中であった為返事をすることができなかった。私はメーイア・ローウェン。気軽にローウェンと呼ぶといい!」
うーん、何だろうこの感じは。いきなり変な人引いちゃったよ。
「あー、はい。ローウェンさん? 改めまして、ベリアン・レイドです。あの、そんな大きな声で喋んなくても俺聞こえてますからね?」
「はっはっは! お前は面白いなレイド! 今の私の声が大きいと!? はっは、これは本気を出したらどうなるか興味があるな!」
いや出さなくていいから。これ以上でかい声とか出されたらうっかり頭はたきそうだわ。うるさいんじゃあ! って言いながら。
絡みずらいなあ。他の騎士科の人来ないかなあ。先生誰か知らないけど先生も来ないかなあ。
俺の祈りが届いたのか教室の扉が開いた。豪快に。
「おっはよお!!!!!!!! やあやあみんな元気かい!? 僕はね、僕はね!? とおーっても元気なん……っだ!!」
うわあ……。すんごい笑顔でサムズアップしてきたよ。いやだなあ、これって騎士科全員こうなのかな? だったら即刻抜けたいんだけど。
「おや? 見知らぬ顔だね。君は?」
俺を見ておやおやいいながら近づいてきた超絶笑顔君はこれまた超絶笑顔で俺が誰か尋ねてきた。まあこんくらいは答えんとな。
「今日から騎士科でお世話になる、ベリアン・レイドです」
「そうかいそうかい。僕たちの新しい仲間か。おっと、これは僕としたことが、先に名乗らせてしまった……んおおお!!!! やってしまった……」
リアクションがいちいち大きい超絶笑顔君。めんどくさいから超笑でいいや。超笑は頭を抱えて悶絶していた。いや、名乗んないの?
「僕はノーラ・ヤットだ。みんなからはヤツとか言われているけど、まあ呼び方はレイド君の好きにするといい! それより、今日は随分人が少ないようだけど、ローウェン君何でか知ってるかい?」
超笑改めヤットさん、まあヤツさんでいいや。ヤツさんは首を三十度傾けてローウェンさんに質問していた。確かに異様に少ないよな。
「ああ! 確かあの二人を残して他は全員辞めたぞ! なんだかみなやつれていた気がしたが気のせいだろう! 実際私たちもあの合宿から帰ってきても特に何ともないのだしな! はっは!」
へえー合宿なんてあるんだなー…………って、辞めた!? あの二人ってのがどの二人かは知らないけど、とりあえず、ここにいる二人と他の二人を残して全員辞めたなんてあり得るのか? そもそも最初にどれだけいたのか知らないけどそれって大分問題じゃね? しかも今の話の流れだと合宿とやらに原因がありそうだったな。訊きたいけど訊けねえ……あまりにも怖すぎる。もし訊いたことがトリガーになってローウェンさんが「はっは! ならレイドも合宿をしてみるか!」とかなりそうなんだけど。この人言いそうだなあ……。しかもそれに同調するヤツさんの姿も容易に想像できる。ここは合宿に触れないようにうまいこと話を逸らすぞ……!!
「あー、そろそろ授業始まりそうですね。ささ、そろそろ席に着きましょ」
「ん? まだ時間はあるぞ? どうしたんだレイド! 顔色が優れないようだが」
「あー、やー、なんっつーか……なん、その、緊張しちゃってーははっ」
「ああ、あの二人がまだ来ないからそわそわしてるのか! 確かにあの二人はちょっと常人とはずれているところがあるからな! はっは! なに、そんな緊張することはない。危なくなったら私が止めてやろう!」
「そうだな! 僕はちょっと自信がないけれど、何とかするさ! 安心するといい!」
えっ……。
なんでそんな猛獣の前に丸腰で行かされるみたいな反応されんの? あの二人って何? 怖いんだけど……。いやなんだけどこれ以上常人とずれてる人と会うの。
俺のそんな悲痛な願いはヤツさんの時とは正反対で、静かに開け放たれた扉の音で虚しく砕けた。