第五話:目標を立てる
サリアバカになる宣言から数日後。サリアは日々バカの特訓をしていた。いやこれバカの人に失礼だろって思うくらいにバカやってた。実際にサリアの姿見てて俺瞳うるんできたしな。多分レヴィのあの指摘って俺かロイスと一緒にいた経験からなんだろうなって思うと……あれ、汗かいてきたのかな。
「バカはね、失敗しても笑ってるものなの! 『まぁまぁ、次あるからそんな辛気臭い顔しなくてもいいじゃんか。よっしゃーもー寝よー』って言うのよ?」
あれ、俺なんかそんなようなこと耳にした気がする。そう思ってロイスを見ると、俺の方見て腹抱えて笑ってた。俺かよ。
レヴィさんは日頃の鬱憤を晴らすかのようにサリアにバカ指導していた。なんか、そんな指導してるレヴィがバカに見えてきた程だ。
そうして数日間の特訓をしたバカサリアとバカレイドこと俺は、バカ二人そろって約束の期限ぎりぎりに教務科へと足を運んだ。
「失礼します。FHのベリアン・レイドです。セシル先生との約束で会いに来ました」
俺が教務科の扉を開けてセシル先生の席辺りを見ながらそういうと、一瞬どよめきが教務科に響くがそれはほんの一瞬で止んだ。なんだよ、怖いな。
セシル先生はとてて、と小走りにこちらへやってきた。なんか顔赤いな。そんなに室温高くないけど。
「も、もうっレイド君。あんなこと言って私を困らせたいんですか?」
なんか怒ってるっぽいけど、口調は割と穏やかだ。まあこの先生から厳しい口調が聞けたらそんなときは驚きのあまり卒倒しそうだけど。
「えと、この前約束した一週間が迫ってきたので結果を見せようかなって思ったんですけど、なんか困ることありました?」
特に変な条件とかなかったよな。俺一週間前の割と大事なことですら忘れてたら本物のバカに仲間入りしちまう。嫌だ、俺はロイスとは違うんだ!
「いいえ、ありませんけど……もういいです。それじゃあ結果見るために一応場所変えましょうか」
そうして俺たち三人は訓練場へと向かった。
▽▽▽
「では早速ですが、どれだけ習得したか見せてもらいます」
あれ? この言い方、魔法付与を完璧に習得させるのは無理だと思ってる言い方だな。はめられた……やっぱ何が何でも人材ほしいってのが本音かよ。
でもまあここでわざとサリアに完璧にやらなくていいって言うこともできないし、あとは練習通りにバカやってもらうしかないか。
「んー、あれ? 昨日はできたのにな。一昨日だっけ? 私バカだから忘れちゃったかも……あっ、できたできた」
えっ……。
俺は思わず言葉を失ってしまった。だって、あれだけ練習したのにも関わらず、サリアは全然"バカになれていない"。というか、バカの演技下手すぎるでしょ。自分で「バカだから」って言うのももうおかしいし、なによりもかなりな棒読み。
これにはセシル先生も口をあんぐり開けて黙っている。そらそうだろ、こんな下手な演技打つなんてそれこそバカみたいじゃないか。サリアには元々バカの素質あったんじゃね? と散々である。
「あっ、あ、あなた。なんで……」
あれ? セシル先生の反応が明らかにおかしい。バカ演技をするバカを見てバカじゃないのってバカにしてるわけでもなさそうだし。
バカバカ言ってるけど本心からサリアのことバカにしてるわけじゃないからね!
セシル先生の反応にサリアも様子がおかしいと思って首を傾げて演技をやめる。やめたんだよな?
「あの、先生……?」
「あなた、"妖精"ね。なんで妖精がこの学園にいるのかしら」
なっ、バレた!? いや、でもなんでバレたんだ? それにこの状況はかなりまずい。理由よりもまず先にこの状況を打破することを考えなければ……。
「セシル先生、落ち着いて聞いてください。こいつ、サリアは悪い奴じゃないんです。その、わかってますけど、でも、サリアは人類にとっての脅威どころか希望になり得る存在なんです」
「いい。大丈夫よレイド君。立会人が私でよかったわね。これが過激派だったらあなたもただでは済んでいなかったでしょうし」
先ほどまでの取り乱していた様子はもうなく、いまは大分落ち着いているように見えるが、セシル先生だってこうは言っても学園の教師であるから「正義のため」とか何とか言って急に殺ったりはしないだろうな。
「でも、一応なにも聞かずにはいそうですかって言って見逃すわけにもいかないから、あなたたちがどういう経緯で出会い、何を語り、何を感じて今に至っているのか聞かせて」
俺はサリアに出会った時の話、俺がサリアと少ない時間であるが過ごした間に感じたこと、サリアやロイス達と誓った目標の事。すべて包み隠さずにセシル先生に伝えた。もちろんすべてとは言っても、俺がサリアにもしかしたら抱いている感情のことは言っていない。第一、俺にもまだよくわかんないし。
「なるほど……。一応ある程度のことは理解したわ。これはなかなかすごいことが起きてる気がして私ワクワクしてきちゃったわ」
「ということは……?」
「はいっ! 私はあなたたちのその甘酸っぱぁーい夢をできるだけ応援、協力します。立場的に厳しいこともあるかもしれないけど、そこんとこはうまくやってね」
これは、思わぬ幸運だ。一時はどうなることかと思ったが、セシル先生は俺達のやろうとしていることを肯定してくれて、協力してくれるとまで言ってくれた。これは本当にできるかもしれない……世界を変えることが!
俺が今回の話セシル先生相手でよかったと自分の幸運を喜んでいると、セシル先生が俺の耳元でこう囁いた。
「レイド君の恋も応援してるわよ」
俺は一瞬何の事だろうと思ったが、理解してしまい、顔が熱くなるのを自分でも感じてしまった。
「あっ、いやっ、そんな、何のことだか!?」
俺は無意識に、そう、つい無意識のうちにサリアを見てしまった。
サリアも俺がセシル先生に何を囁かれて焦っているのか心配に思ってくれたのだろう。こちらを見ていた。そして、目が合ってしまった。余計に焦る俺を見てサリアは純粋に心配して俺の瞳を覗き見てくるが、今の俺はそんなことされてしまうと余計に意識してしまい……。
「ふふっ、近い未来、こういう光景が日常に戻るのかなって思うとうれしいけど、絶対に無理だけはしないように」
セシル先生のその忠告で俺は気持ちを切り替えた。くそ、サリア可愛いなこんちくしょう。あれ? 切り替わってないや。寧ろ自分に正直になってる。いや、正直とか何言ってんの俺!?
俺が勝手にプチパニックになっていると、サリアがセシル先生にある事を訊いていた。
「なんで、妖精だとわかってあんなにも驚かれたんですか? そして、それなのに味方してくれる理由。それに、妖精だと気づいた理由も」
「昔……といってもつい最近なんだけど、私の大事な人が妖精に殺されたの。私は当時はすごく悔しくて、悲しくて、それで妖精を心の底から憎んだ。それで私は妖精を屠るために常に最前線で妖精とやりあっていたの。今ではちょっとした黒歴史なんだけどね。でも、ある日気が付いたの私と、私の大事な人を奪った妖精との間にどんな違いがあるんだろうって。それで段々妖精に対する憎悪は消えていった。それで、何で気づくことができたかっていうとサリアちゃん、あなたの魔法付与は見る人が見れば古代魔法を流用してるってわかるわ。だから気づくことができたし、最初少し焦った。でも、なにも聞かずに一方的に殺してしまうのは違うんじゃないかなって思って、いったん話を聞いてみることにしたの。レイド君もいたしね」
セシル先生にそんな過去が……。この人は純粋な力の強さだけでなく、心も強いんだな。割り切ることは簡単そうで実際はその全く逆。きっとすごく悩んだんだろう。俺はセシル先生のように強くなれるだろうか?
魔法付与のことも少し考えねばならないな。見る人が見ればとセシル先生は言ったが、ここの教務科のメンツのほとんどは分かってしまうだろう。その中でもみんながみんなセシル先生のように割り切れてるわけではないだろう。まだ心の底から憎んでいるからこそここで生徒たちを鍛えているという人も少なからずいる……というかそれがほとんどだろう。セシル先生のような人は本当に希少なんだ。
「それで、君たちはこれからどうするつもりなの?」
「具体的にはまだ……目先のことで手一杯でして」
「目先って……あぁ、あの変なお芝居の事? あれは面白かったわよ。でも、サリアちゃんが妖精って気づかなかったら多分入学拒否してたかも」
この人はケロッととんでもないことを……危なかった。
でも確かに目先の事ばかりじゃなく、先々を見据えて行動しなければ到底世界を変えることなんてできやしない。でも、まず何から手を付ければいいのかもわからないし、最終的な目標は人類と妖精が再び手を取り合えるようにすることだが、そうするためには何をすればいいのかもまだはっきりとわかっていない。こうして冷静に考えてみると中々大規模な事言ってるんだなぁと他人事のように感じてしまう。
「どうしたらいいんでしょうね……これから考えていくつもりですが、終着点が決まらないとなにも決めらんないですし、かといってどうすればゴールなのかもイマイチ……」
「そうね、まずはこの学園内だけでもいいから、みんなに妖精は怖くないよーって認知させることかな」
「具体的にはどうすれば?」
「まあ、簡単なのが、しばらく普通に通わせて、折り合いを見て正体をばらすのがベターかな? ほら、警戒心は残るかもしれないけど表立って妖精だ何だって言われなくなると思うわよ。まあ中には頭の固い子もいるとは思うけど、とりあえずそういう方針でいいんじゃないかしら。で、それと並行作業でどうすれば二種族でまた仲良くできるかを考えればいいのよ。不仲になった理由を考えれば意外と簡単に仲直りできたりして……?」
そんな簡単にはいかないだろう。ある程度の情報は開示されており、俺もなんで両種族が敵対することになったのか気になって調べたことがあるが、あれはなんとも言えない事件がきっかけだったからな。