第四話:バカ!!
「はぁ!? 何考えてんのセシル先生は! 普通に考えて素人がそんなにすぐできるわけないじゃないの。それと、人材が欲しいならもうちょっと条件緩めてもいいんじゃないの!? 矛盾しすぎよ!」
「はあ、はあ」と呼吸を乱すほどに叫び散らしたレヴィは落ち着くと、「それで?」と続けた。
「あんたはやるって言っちゃったの? 一週間で魔法付与を覚えさせるの。いくらサリアちゃんが妖精だからってちょっと難しいんじゃないの? というか、妖精だから逆に難しそうな感じはあるけど」
「言ったけど! 覚えさせますっていったけど! なんで逆に難しそうってなるんだよ」
いまいちレヴィの発言で理解が及ばなかったので少し怖いが訊いてみた。
「あのね、言ってしまえば私たち人間は妖精よりもバカなのよ。その人間が開発した魔法付与は妖精の脅威となりうるけれど、弱点もいくつかある。その一つとして魔法付与は属性の異なる魔法付与同士で衝突すると効果が打ち消されてしまうことが多い。もし妖精が魔法付与を使えるのならこの性質を利用しているはずよ。なのにそうしてこないには何か理由があるとみるのが妥当だと思うのだけれど」
「なあレイド、もしレヴィの言う通りで、妖精には使えない何かしらの理由があるとしたらさ、やばくね?」
「確かに、それだとかなりやばいな。ってかやばいなそれ!」
何がやばいかって、サリアが入学できないのもやばいが、俺の単位も……やばい!!
俺の異様なまでの焦りに気づいたのか、サリアが少し前に出てきてこういった。
「大丈夫。私、たぶんできるから。見ればできると思うよ」
「ほ、ほんとか? なら今からやるから見ててくれ」
魔法付与をする大前提として魔法を使えるようにならなければならない。ただし、使えるようにと言っても本当に使えるだけでいいのだ。攻撃魔法だったりまで練度は上げなくてもいい。
俺はサリアに解説しながらゆっくりと魔法付与を行う。
「イメージとしては、手にすくい上げた水を優しく塗りつけるようなそんな感じだ。ちなみに何で水をチョイスしたかというと、慣れるまではこいつはかなり繊細なんだ。それこそ水のように、纏わりつくことなくさらさらと抜けてしまうんだ」
サリアは俺の説明を聞きながら、いつになく真剣な顔でうんうん唸りながらやっている。こういう表情もいいなーと一瞬思ってしまったのは多分バレてないだろう。レヴィがこっち見てるけど多分違うだろう。
それからサリアが魔法付与のコツを掴むまではそう時間はかからなかった。妖精は古代魔法を使うし、感覚さえ掴めば簡単にできるものだしな。だから俺達が心配してたことはおこらなかった。一週間という期間でワーワー言っていたのはサリアたち妖精の使う古代魔法と俺らの魔法とでは互換性がないかもと思ったからと、妖精には魔法付与が使えない何かしらの理由があるかもと勝手に想像していたからだったが、これらは杞憂だったな。
「なあレイド、サリアちゃんはもう魔法付与使えるようになったんだし教務科行って報告して来いよ」
「んーそれなんだけどな、ちょっと早すぎるかなって思うんだよな」
「なんで? 単に魔法の才能がありましたっていうことにすれば済む話じゃないの」
「いやー、確かにそう言われれば納得するだろうけどさ、多分厄介なことになると思うぞ」
俺が危惧していることは、サリアの魔法の才能を買って魔法科に連れて行かれることだ。
――魔法科。それは魔法付与の時の純粋な魔法の出力を買われた生徒たちが多く在籍する科。一見普通に魔法を極めるための科であるように見えるが、あまりいい噂を耳にしない。曰く、魔法科に在籍する生徒の七割は授業中の"不慮"の魔法の暴発"事故"で死んでしまうとか。その他にも噂でしかないがそういったものはある。火のないところに煙は立たないというが、仮にも学園内でそんな危険な事はないと思うが、みんな薄気味悪がって魔法科と魔法科の生徒にはあまり近づかないようにしている。そういうことなどもあって俺個人としてはサリアが"魔法の才能のある生徒"というので教務科に一目置かれるのは避けたいのである。
ちなみに、俺のFHは少し特殊で、~科という風にはなっていない。本来この学園ではある程度の生徒は科ごとに分かれているのだが俺の在籍するFHは科として技術等を学び、高めるというよりは半ば傭兵のようになって他の生徒たちに危害が加わらないように周辺で目撃情報の上がった妖精を倒し安全を確保すると同時に、生徒も実戦経験を積めるというもので、科としてではなくお抱えの用心棒みたいな感じなのだ。FHにもサリアは来てほしくないな。俺の独りよがりだが、サリア自身も仲間を殺したくないだろう。
とまあ話が逸れたが、とにかく魔法科とFHはサリアにとってはあまりいい環境ではないといえる。そんな俺の意図を読み取ったのかレヴィがボソッと呟く。
「魔法科……確かにそれはあまりいい状況にはなりそうもないわね」
「でもよ、各々の履修したい科は各自に決定権があるんだろう? 魔法科に行けって言われても断ればいいんじゃないのか?」
「残念なんだけどなそれができないのが魔法科なんだよな。魔法科は死亡率がなんでか高いから慢性的な人手不足なんだよ。だから魔法に才能のあるものは誰でも否応なく引き抜かれちまうんだ」
サリアに魔法の才能が本当にあるかはわからないが、妖精の使う古代魔法は出力が人間のそれとは比べ物にはならないからサリアの魔法付与を実演した段階で即引き抜かれてしまうだろう。
どこかに、魔法がすごくても魔法科に引き抜かれないいいアイデア落っこちてないかなー。
「ねえレイド。ならあなたはなんでFHにいるの?」
「へ?」
「そうだよ、それじゃあお前FHじゃなくて魔法科に行っててもおかしくねえだろ」
ん? 確かになんで俺FHいるんだっけ。俺は自分で言うのも何だけど、かなり希少な存在だと思う。だって、本来であれば一つの属性しか使えないのに、俺は四つの属性全てを使えるんだからな。なら確かに魔法科に引き抜かれててもおかしくない……というか魔法科にいるべき人材だとも思う。ならなんで……?
「あっ、そういえばレイド確か座学の成績すーごく悪かったわよね」
「あぁ確かに座学はかなり苦手だけどそれが?」
「はっはーん。なるほどな。そういうことか。俺でもわかっちまったぜ? レイドが魔法科に引き抜かれなかった悲しくも幸運な理由が」
「そういうこと……レイドみたいにすれば私も魔法科に行かなくて済むかな」
なるほど。悔しいけどわかってしまった。でも、その作戦で行くのはちょっと無理があると思うんだけど。サリアが貫き通せるならいいんだけど……。
「サリア、覚悟はできてるのか? その……"なる"覚悟は」
自分で聞いていてあれだがこの質問はあまりにも……
「うん。私、頑張って"バカになる"」
バカすぎる質問だろ!!