盗賊ディーンの「目」
一連の流れを見ていた盗賊ディーンが、不愉快そうに吐き捨てる。
『けっ! どいつもこいつもガキにいいように丸め込まれやがって、情けねぇ』
そして『私』を一瞥すると、からかうような口調で喋り始める。
『で、俺も救ってくださるってのか? 笑わせんな! 言っておくがな、俺は神なんざ信じねぇ。神が今まで何してくれたってんだ…俺が信じるのは俺自身、この盗賊ディーン様だけよ!』
「…何でこいつはこんなにやさぐれてるの?」
「…【信仰心】が6だからかな?」
ふむ、自分の意志の弱さを神に責任転嫁してる輩か。面白い、この『私』が神の素晴らしさを叩きこんでくれよう。
『かわいそうな人…』
『なにィ!?』
悲しげに目を伏せて『私』は続ける。
『そうやって、全ての不利益を神に押し付けて生きていくつもりですか? 貴方が今、ここにこうして生きている事さえ神の導きだというのに』
『なっ…?』
「そうなの?」
「私が作って、あんた(GM=神)が認めたんだからその通りでしょ」
『今の俺が…? はっ! じゃあやっぱり神なんざロクなもんじゃねえな。俺がなりたくて盗賊になったとでも? ふざけんな……俺にはこれしかなかったんだよ!』
盗賊は嘲るように叫ぶ。…『私』には泣いてるようにしか見えないが、
『ええ、貴方にはそれしかなかった…お金も力も知識も、他者を引き寄せる魅力も無い。持っていたのは他者の財布をスリ取る手指と、捕まえようとする者達から逃れる脚だけ』
『ぐっ…』
自覚していても言われたくはないのだろう。盗賊は顔を背ける。
『そんな貴方の未来、私が受けた神託は残酷なものでした。遺跡に侵入した貴方は、敵の目を掻い潜り、遂に宝を得ます。しかし貴方は自分の欲望を抑えられなかった。まるで、これこそが自分の証だと言わんばかりに宝を、一枚の銅貨すら見逃さんとして袋に詰めたのです』
想像し、共感したのか。『私』を食い入るように盗賊が見る。
『そ、それで俺はどうなったんだ!?』
『私』は目に涙を溜め、結末を彼に伝える。
『一枚一枚は軽い硬貨でも、百枚千枚となれば重く、大きな音を立てます。いつもは何でもない忍び足でも音を殺せず、普段だったら軽く振り切れるはずの敵に囲まれた貴方は、宝に手を付けられて怒り狂う彼らに…あぁ、もうこれ以上私には…!』
『うあぁぁぁっ!? もう、やめてくれぇぇぇ!』
『私』が泣き崩れるのと、ディーンが頭を抱えてうずくまるのは、ほとんど同時だった。
そして私もうずくまった。
「お、お願い。もうやめて…?」
「…そこまで自分にダメージを与えるセリフを言える真輝ちゃんって、僕は凄いと思うよ?」
愚かな盗賊の行動は、ちょっと前の私がやったのだ。耳と胸と心が痛い。
『私』は先に立ち上がって目を拭い、絶望に打ちひしがれてるディーンに謝罪する。
『辛いことを言ってしまいましたね、申し訳ありません。本来、神に仕える身である私が、このような人を傷つけることを言うべきではないのですが、貴方に分かってもらうには、こうするしかなかったのです』
盗賊ディーンは、全てを諦めた雰囲気で薄く笑った。
『…いや、いいんだ嬢ちゃん。確かに俺だったらそうするだろうさ。…目の前に転がる銅貨一枚に飛びついて、命を落とす大馬鹿野郎…へっ、お似合いだぜ』
『私』は軽く首を振り、彼の手を取る。
『その「あなた」が必要なのです』
『…え?』
『非力で、無知で、愚かだった「あなた」が…です。どうか私たちの仲間になってくれませんか?』
『俺に何を…いや、俺に何ができるって…』
『力はローデリックが、知識はカイヴァンに委ねましょう。貴方には、その素早さをもって私達の「目」となって欲しいのです』
『俺が、嬢ちゃん達の「目」に…?』
『私』は頷き、そして天に手をかざして祈る。
『さすれば私は道を示しましょう。…神よ! 闇に囚われしこの者に、光を与えたまえ! 【ライト】!』
「え!? ディーンに【ライト】を使うの!?」
「ええ、絶望した盗賊に希望の光を与える清き神官。絵になるじゃない♪」
「あ、うん…分かったよ。じゃあ続けるね?」
『ああぁぁぁ!? 目が、目があぁぁぁぁぁ!?』
奇跡を受け入れたディーンが、顔を両手で覆い転げまわる。…あれ? 何か違うような…
「ちょ? ど、どういうことよ龍治!? どうなってるの!?」
おかしい。私のイメージでは天からの祝福のようにディーンに光が降りそそぐはずだったのに…
「真輝ちゃん、やっぱり呪文の説明ちゃんと読んでなかったんだね…【ライト】の呪文は、ある一点に松明ぐらいの光を灯すもので、生物の頭に直接かけると失明しちゃうんだよ」
「ウソ、そんな使い道あるの!? っていうか分かってるなら止めてくれてもいいじゃない!」
随分と穿った奇跡の使い方ではないだろうか。
「昔のゲームだからね、あらゆる手段を戦闘で使える様に工夫したんじゃないかな。…あと真輝ちゃんもシャインも初心者だから、一度失敗しておいたほうが良いかなって」
くっ…余計なところで気を遣って、龍治のくせに! って文句言ってる場合じゃない、なんとかこの場を収めないと…
『どうした主! これは一体!?』
事情が理解できなくて騒ぐ戦士に『私』は諭す。
『…落ち着きなさいローデリック。これは神の清めです』
『清め…ですか?』
『そう。これはディーンが盗賊として今まで背負ってきた罪、そして目の前のことしか考えなかった視野の狭さ、その両方を清める為の罰、いわば神の試練なのです!』
『罪…試練…これが、俺の…!』
呻きながらも聞いていたのか、答えるディーンに『私』はささやく。
『安心なさい。試練は永遠に続くものではありません。せいぜい…』
私はちょっと怖くなって龍治に聞く。
「…ねぇ、この呪文ってどのくらい続くの?…30分? それとも1時間くらい…?」
龍治はちょっと溜息をついて答える。
「6時間。…迷宮探索用だから長いよ? 中レベルのだと永遠に続く呪文もあるね」
レベル1呪文で6時間。フフッ、コスパが良すぎて泣けてくる。
『…いえ、少々罪が重かったようです。私の見立てでは半日くらいでしょうか。大丈夫です、試練が終わるまで私がそばに付いています。カイヴァン、部屋を4人分取ってください。ローデリックはディーンを運んで』
矢継ぎ早に指示を出す。ローデリックが呻くディーンに肩を貸し、カイヴァンは…
『…承知しました』
視線をそらし、汗を一筋流しつつ酒場の主人の所に行く。…どうやら全てを悟りつつ余計なことを言わずに従ってくれるようだ。良い従者である。
『宿代が4人分で銀貨20枚、食事代が3人分の銀貨3枚と銅貨6枚になります』
その声が聞こえたのか、
『あ、俺らの分も…』
『分かってる!』
魔術師の少し悲しげな叫びが、宿屋兼酒場に響き渡った。
「これで何とかパーティ結成かしら…?」
「前途が多難すぎて前が見えないんだけど…」