学びと発展
「じゃあ、改めて始めようか。何か希望のシーンはある?」
何事も無かったように言う龍治。あ、そうだ。
「前回のお話はどうするの? こっちになんか影響ある?」
我ながら、やりすぎた話の関連が気になる。
「今のところ特にないかな? 現実で例えると、関東に住んでて北海道で事件が起きた様なものだし」
なるほど、確かに関係ないわね。…現地の人には悪いけど。
「マキから聞いたけど、大変らしいね。松倉川…「天に至る川」? の北側ってこの後どうなっちゃうの?」
「…さあ? まあ、最悪人類が滅ぶ程度じゃない?」
「程度、じゃあないでしょ!」
思わず突っ込む。
「やったのは真輝ちゃんなんだけど…」
あああああ!? そうだった!
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『そうそう、舌を上前歯の裏につける感じで』
こ、こうかしら? 改めてやると結構難しいわね。
魔法の明かりに照らされた明るい部屋の中、『私』達は発音の練習をしていた。
教えてくれているのは、杖を持ち、長い顎髭を垂らした風格ある老紳士。
と言っても初対面の相手ではない。だって、この人「お爺ちゃま」なんだもの。
本来の姿では不適当だから、と。わざわざ魔法で人間の姿になってくれているの。
簡単に言ってるけど、とんでもない魔法なのよ?
呪文の名前は【完全変身】神やそれに準ずる特殊な存在を除いて、ほぼ全ての存在に成れてしまうの。
低位の【幻像】や【変化】とは訳が違う、文字通り“完全”な“変身”。
ノミの様な小さい生物から、山を持ち上げられるような巨人まで何でもござれ。
じゃあ小さい時は弱いのか? と思うが、そんなことはない。生物としての強さは変身元が基準なのだ。
特に不利益なく、好きな種族に成れて自由自在に動ける。正に人の夢そのものよね。
「いいな~魔法って。でも、これってそのまんま英語の授業っぽいね」
鏡子が感想を漏らす。
「現実で他の言語を学ぶのって、これしか知らないもので…」
申し訳なさそうな龍治。まあ仕方ないわよね。
『そうだ、お爺ちゃま? なんかお姉ちゃんが謝ってたよ? 「もう絶対しません」って』
横で一緒に学んでいたアリシアが、お爺ちゃまに伝える。
『ああ、よいよい。と言うか、あれはあの娘の為だったからの。アレに【伝承解明】なんて使ったら、定命の存在なら発狂しておったぞ?』
『『うわ~~……』』
「現実だと「国立図書館に有る全ての本を、一文字残らず頭に叩き込む」様なものだと思ってくれれば」
「考えただけで頭痛がするわね…」
『ふむ、今日はこの辺にしておこうかの。一気に詰め込んでも、身には付かんからな』
『『ありがとうございました~♪』』
授業を感謝の言葉で締め、片付けを始める。
『学びの後は腹も空くじゃろう。食事を用意するから、食べていくといい』
『え? そこまでして戴かなくても…』
『なに、大した手間でもない』
と言うとお爺ちゃまは、二言三言呟く。すると…
『『うわ~~~!!』』
次の瞬間、今まで使っていた広めのテーブルの上に、豪勢な食事が三人分並んでいた。
「いいわね、魔法って…」
しみじみ出た言葉は、鏡子じゃなくて私のもの。
「あ~…どっちも苦労の末に手に入れるものだと思うし…」
ほう、私の努力が足りないと?(八つ当たり)
「いっそ諦めるのも手じゃないかな♪」
おのれ鏡子、今まで胸で煽ってきたことへの復讐か?(因果応報)
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『『なにこれ美味しい!!』』
二人して異口同音に叫ぶ。
神官である『私』の食事は基本的に質素だが、神官という身分は貴族に準ずるため、公式の場にも出られる様に礼儀作法やテーブルマナーは修めている。
その過程で貴族の食事というのも何度か経験しているのだが、それと比べてもこれは桁違いの美味しさだ。
マナーを辛うじて守りつつ、食事をかき込む。その点はアリシアも似たようなものだった。…あれ?
『そういえばアリシア、どこで人間のマナーを習ったの?』
思わず手を止めて聞いてしまった。人間の街に来たのは初めてって言ってたわよね?
『え? 特に習ってないけど、これって普通じゃないの?』
『はっはっはっ、エルフは人より古い種族じゃからな。むしろ人間がエルフを真似たのではないか?』
なるほど、卵が先か鶏が先かということか。どっちにしろ、良い所はお互い学ぶでしょうしね。
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帰りの道中、お爺ちゃまに掛けられた言葉が頭を過ぎる。
『そうそう、北の地で【魔王】が活動を始めたようじゃぞ。こちらには無関係じゃろうがな』
遠い地の事だし、確かに関係ないんだろうけど、なんか胸に残る。
『カイヴァン、何か私達に出来ることはないでしょうか?』
何気なく、我がパーティの知恵袋に聞いてみた。
『【魔王】のことですか? 恐れながら、今の我々に直接出来ることはないかと』
ですよね…
ふぅ、と溜め息をついて会話を終わらせようとしたら、
『「今の」と「直接」って言い方からすると、カイ君には何か考えがあるの?』
アリシアが食いついてきた。確かに含みのある言い方だったわね。
改めてカイヴァンを見やると、少し嬉しそうな表情で、
『はい。マスターの懸念は「いざという時のために、もっと実力を付けておくべきじゃないか」と言うことだと思われますが、まずはそれでよろしいですか?』
その通りだ。『私』は力強く頷く。
『そのためには様々な依頼をこなし、少しずつ経験を積み重ねていくしかありません。それもよろしいですね?』
当然の考えだ。やはり『私』は頷く。
『手っ取り早く済ます方法はねえのか?』
少し先を行くディーンが聞いてくる。…あの距離で会話に参加できることを褒めるべきか、偵察に集中しろと嗜めるべきか悩むところだ。
『無いな。というより止めておいたほうが良い。戦闘で言えば、剣の振り方もわからない者が強力な魔剣を持つようなものだ。何かあった時の被害が大きすぎる』
言外に「ちゃんと偵察してろ」という意味を含めてカイヴァンが答える。
『そりゃ確かに怖いわ』
と、ディーンがおどけて返す。
『結局、どうしろと言うのです?』
改めて聞き直す。地道に頑張るだけ、というなら「何も打つ手はない」と言えるだろう。
『失礼しました。私が申し上げたいのは、同じ経験を積むにしろ、掛ける時間は短縮できるのではないか? ということです』
え、どういうこと?
『ある依頼を受けたとします。現地に行くのに二日、解決に一日、帰還に二日、合計五日掛かったとしましょう』
よくある話だ。…脇で「2+1+2…? ぐぬぬぬ」と呻いてる輩は放っておこう。
『では、同じ依頼だけれど、現地まで半日で行けるとしたら?』
…あ!
『解決に一日、往復で一日、計二日で済みます。差分を休息や訓練にも充てられますが、行おうと思えばもう一つ依頼を受けることも出来るでしょう』
目から鱗が落ちた思いだ。
『マスター。私カイヴァンは、現在の資産を持って全員分の「馬」を購入することを提案します』
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「おお~さすが龍っち、労働環境の改善? 何て言うか、目の付け所が違うね」
鏡子が褒めちぎる。龍治は照れながらも、
「三種類あるけど、おすすめは【ライディングホース(乗用馬)】かな【ウォーホース(戦馬)】は高いし…」
「ねえ龍治、馬ってどういうの?」
龍治の言葉を遮って尋ねる。
「え、だから乗用馬と戦馬と…」
「じゃなくて! 実際の、現実の馬よ!」
と聞くと、龍治と鏡子はお互い顔を見合わせたあと、
「実際見たことは…」「テレビ越しなら…」
と言い淀む。だ・か・ら、
「じゃあ、見に行きましょうよ♪」




