取って置きの贈り物
『どうじゃ、ここに留まらんか? 何不自由ない暮らしを約束するぞ?』
赤竜が更に顔を近づけて言う。
『…申し訳ありません。私は人として、そして光の神の使徒として、人の世界で生きていきたいのです。…どうかご容赦ください』
そう言って頭を下げる。例え次の瞬間に殺害されようとも、これが『私』の本心だ。曲げる気はない。
『…そうか、残念じゃ』
この想いを察したのか、赤竜は項垂れる。…罪悪感がすごい。
『赤竜がしょんぼりしてるぞ…』
『赤竜は竜族で一番気性が荒いと聞くが、落ち込むこともあるのだな』
『つーか、お嬢も暗くなってるけど、何話してんだろうな?』
「…なんか、私が悪いような流れになってない?」
「幼い孫に「今日は泊まっていったら?」って聞いたら「お友達と遊ぶからダメー」って断られた様なものだからね」
うーむ、幼児の無自覚な一撃というやつか。これをフォローするには…
『あ、たまにここに来てもよろしいですか? 話してみて分かったのですが、私の竜語はまだまだ未熟なようです。出来たら教えて頂きたいのですが…』
話を聞き終わるやいなや、
『もちろん構わんぞ! 上の神殿も自由に使うといい、次に来るまでに整えておいてやろう!』
そう言いつつ、興奮で宝の上をバタバタと動く赤竜。何か色々吹き飛んでるんですけど…
『赤竜が喜んでるぞ!?』
『怒りで暴れてるのと見分けがつかんけどな!?』
『つーか、俺らやばくね!?』
仲間が酷い目に会ってるようだ。不思議と『私』の周囲はなんともないが…
『お、落ち着いてください竜王さま…』
宥めようとした『私』の声を聞くと、赤竜はピタリと動きを止め、再び顔をこちらに近づける。
『そんな堅苦しい言い方ではなく、気軽に「じぃじ」で構わんぞ?』
『は、はぁ…』
呼び名かぁ…私だったら「お爺ちゃん」だけど、シャインだったら「お爺さま」かな?
『では、お爺ちゃまと…あ!?』
いけない、混ざっちゃった!
「龍治!? 今の無しで…」
「レッド・ドラゴンは、びくんと体を震わせ目を見開くと、天啓を得たかのように身を持ち上げ、上に向かって咆哮を上げる。その余波で宝の山が崩れて濁流となり、周囲を洗い流す。それを見てシャインは確信した「もう訂正は無理だ」と」
「何でもかんでも採用すんな―――っ!! ていうかドラゴン語って日本語なの!? 意味合いとかも一緒なの!?」
「…そこだけ偶々一緒だったということで」
ええぃ、ああ言えばこう言う…!
ローデリックが盾を眼前に構えて、足を踏ん張りつつ叫ぶ。
『二人とも、俺の後ろに隠れろ!!』
『とっくに隠れてる! 借金分は守れよ!?』
『宝の山に埋もれたいとは思ったけど、埋もれて死にたくはねぇ!!』
…うん、大丈夫だろう。きっと。
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凄まじい咆哮を終えると、赤竜は何かに気づいた様に動きを止めた後、こちらを見て言う。
『そうじゃ! 記念に良い物をやろう。ちょっと待っておれ』
そういうと赤竜は振り向いて、宝の山の奥に向かっていく。そして、ある程度進むと宝の山を手荒に掘り返す。…一掻き毎に大量の金銀財宝が宙を舞う。わー目がチカチカするー。
『今度は上からか!』
『遥か東の国では【銭投げ】という技が…ぐぁっ!?』
『黙ってしゃがんでろ! つーか金貨って、いてぇ!?』
頑張れ従者たち…
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『おお、あったあった。ささ、これを付けてみい』
と言いつつ赤竜が、その巨大な手をこちらに差し出すと、その掌の上には一つのペンダントが載っていた。
『これは…?』
それは、七色に輝く宝珠を、竜の爪をあしらった金属が掴んでる、という装飾がされている物だった。
『わしの取って置きの宝の一つじゃ。そなたにくれてやろう。さ、付けるといい』
…何千年も生きてる赤竜の、取って置きの宝って……断りたいけど、絶対に無理よね。
『わ、分かりました、有難うございます。お爺…ちゃま?』
『私』がそう言うと、赤竜は満面の笑みでうんうんと頷く。
「うんうん。自分が一生懸命選んだプレゼントを、突っ返されたらって思うと仕方ないわよね。…厄ネタにしか見えないけど」
そう言って龍治にキッと目線を送る。
「大丈夫。付けただけなら問題ないから」
「それ「使うと大問題」ってことでしょ!?」
『私』には少し大きいと思えたが、身に付けると程好い大きさに縮まった。わーどう見ても強力な魔法の品だこれー。
『さて、では街まで送ってやろう。』
赤竜がそう言うと、不意に『私』の体が浮き上がる。
『キャッ!?』
ゆっくり滞空すると、赤竜の頭上に突き立つ二本の角の間に下りる。周囲は硬い鱗や棘ばかりなのに、何故だか居心地がいい。
『おお、すまんすまん。ビックリさせたか? わしは【念動力】を【永久化】させとるから、何かを動かすときには、つい使ってしまうんじゃよ』
…どちらも高位の魔術師呪文だ。つくづく敵対しなくて良かったと思う。
『赤竜め、主をどうするつもりだ!』
『まさか生贄に?』
『させねぇぞ、畜生!』
三人が、気力を振り絞って武器を構える!
『静まれ人間共よ! この光の使徒にして我が巫女は、我が人の街まで送り届ける。貴様等はそれぞれ戻るがいい。だが我が宝に手を付けるなよ? その時は世界の果てまで追い探し、焼き尽くしてくれようぞ!』
再び放たれた「竜の威圧」が、三人を心身ともにひれ伏せさせる。…主として従者をこのままには出来まい。
『皆、私は大丈夫です。上の後始末をして、街に戻ってください。道中くれぐれも気をつけて!』
笑みを浮かべ、懸命に声をかける。
『くっ、主よ…』
『マスター、ご無事で…』
『行くぞ。…二人とも気い抜いてへますんじゃねぇぞ?』
そう言って三人は来た道を戻っていく。光の神よ、彼らに加護を…
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赤竜は『私』を頭上に乗せ、より奥深くにズシンズシンと歩んでいく。どのくらい進んだだろうか?…ていうか、その間下は全部宝の山なんだけど…最早計る気にもなれない。
『あの、お爺ちゃま? どこまで行くのでしょう? 私の街は逆方向なのですが…』
さすがに不安になって聞いてみる。すると、
『うむ、分かっておる。…ここじゃな、上を見てみい』
『上?』
言われて上を見ると、かなり先の方に穴が開いているのが見える。…あれって、ひょっとしてこの山の…
『では飛ぶぞ? しっかり捕まっておれよ!』
『え? ひゃあああああああ!?』
両翼を一度大きく羽ばたかせた次の瞬間、赤竜は物凄い速さで飛翔した。
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耳をつんざく轟音と、自分を下に押し付ける圧力が消えるまで、目を瞑って必死に赤竜にしがみつく。…今思うと、到底自分の力だけでは耐えられず、振り落とされていただろう。指輪とペンダントと、何より赤竜が『私』を何らかの力で守ってくれていたに違いない。
『もういいぞよ? 目を開けてご覧』
見開いた『私』の前に広がっていたのは、天上の世界だった。




