トライ&エラー
10mほど離れて対峙する数匹のゴブリンどもに向かって、「私」は名乗りを上げる。
『我こそは勇敢なる戦士ローデリック! 人に害なす邪悪な者どもよ、我が正義の大剣を受けてみよ!』
そうして「私」は、身の丈2mに届こうかとする大剣を構え、敵に突っ込んでいく…!
「じゃあイニシアチブ(先制判定)を…あ、グレートソードだから-2でこっちが先だね。えーと3匹が槍を構えて突撃して、残りの1匹がスリングで石を投げるから…アーマークラス(AC)はレザーアーマーで13だよね?(コロコロコロコロ)当たって当たってハズレのハズレ、ダメージが…4点と4点。ヒットポイント(HP)いくつだっけ?」
「7?」
勇敢なる戦士ローデリックの人生は、ここに幕を閉じた。
「ちょっ!? なによそれぇぇぇぇぇ!」
閑静な住宅街に、「私」の悲鳴が響き渡った。
「私」の名前は加々美 真輝 15歳。テーブルの向いでマスタースクリーンを挟んでこっちをきょとんとした顔で見ているのは峯崎 龍治 同じく15歳。
「え? ああ、こっちが先制したから、ローデリックが突っ込んで死んだんじゃなくて、名乗りを上げてる最中に殺されたってところ?」
「状況描写に文句付けてるんじゃないわよ!」
ずれたフォローに突っ込んでから、疑問点を龍治に叩きつける。
「こういうゲームって序盤は雑魚相手に無双するもんでしょ!? なんで何も出来ないまま殺されてるのよ!」
「…でも真輝ちゃん、槍が2本刺さったら人は死ぬんじゃないかな?」
「そんなこと分かってるわよ!」
今二人でしてるゲームは『ドラゴン・ファンタジー』という、お父さんの本棚から見つけてきた薄い本で、会話で進めるテーブルトークRPGというタイプのゲームだ。なんでも数十年の歴史を誇るらしい。
このジャンルは初めてだけど、数々のソーシャルゲームを(非課金で)楽しみ尽くした私にとっては、赤子の手を捻って泣かせて宥めて笑わせて後でお母さんに怒られるようなもの、ぶっちゃけ楽勝だと思ってた。でも「会話型」である以上、一人ではできない。そこで、暇してるであろう近所に住む龍治に審判役であるゲームマスター(GM)をやってもらっていたのだ。
「どうする? 別のキャラクター作ってもう一度やる?」
「…そうね、剣でダメなら次は魔法よ!」
『私』の名はカイヴァン。高名な魔術師から教えを受けた、才能溢れる新進気鋭の魔術師だ。ゴブリン退治? フッ、私の魔法の前では物の数ではない。
『さあ、私の魔法を受けるがいい[スリープ]!』
「えーと、サイコロ2個で出た数のレベル分のモンスターが寝るから…3? じゃあ、仲間が倒れる中1匹だけ残ったゴブリンは、魔術師カイヴァンを恐れつつもスリングで石を投げてくる! ACは10?じゃあ当たって…ダメージは2点。HPは?」
「2」
将来を嘱望された魔術師カイヴァン、彼もまた儚く散った。
「ああぁぁぁ!? 私のカイヴァンが!」
「…石が頭に直撃したかな? その場合助かっても後遺症で魔法使えないかもね」
「妙にリアルな事言わない! くっ、次は盗賊でいくわよ!」
『俺』はディーン、巷ではちょっとは知られた盗賊さ。今回は近くの遺跡にゴブリンが住み着いたってんで、お宝を頂きに来たって寸法よ。見てな、奴らが気付いた時には全て掻っ攫ってとんずらしてるさ。
「忍び足で判定して、難易度は10ね。失敗? じゃあ少し離れた所に居たゴブリンが気付いて襲いかかってくる。逃げる? 移動力は…えーと銀貨と銅貨を限界まで持ってるから3だね。こっちは8だから、次のラウンドには囲まれるけど?」
「ちょっ? 逃げる逃げる! 宝を捨てて逃げる!」
「え? 背負い袋にまで詰め込んでたよね? 1ラウンド10秒だから全部は無理だよ」
10秒後、血走った眼をしたゴブリン達に盗賊ディーンは完全に囲まれていた。
「くっ、途中まで上手くいってたのに…」
「自分達の宝に手を出した盗賊に、ゴブリンは容赦しなかった。奇声をあげながら全員で殴りつけ、それが次第に快感に変わっていったのか、さらに殴り続ける。もはや原形を留めないほどになった盗賊ディーンは…」
「細かい描写すんなーっ!!」
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休憩がてらに緑茶を飲みつつ、私はつぶやく。
「何がいけなかったのかしら…」
「銅貨まで全部かき集めた所じゃないかな?」
「でも集めた宝って経験点になるんでしょ!? なら全部持って行きたくなるじゃない!」
ゲームマスター用のルールブックを見ながら、龍治が反論する。
「でも銅貨って銀貨の10分の1しか価値が無いから、100枚でようやく経験点1だよ? 無理して1000枚も詰め込むこと無かったと思うんだけど」
「うっ…で、でも銅貨1枚ってこっちの10円と同じ価値なんでしょ? 粗末にしちゃいけないと思って…」
「うん。粗末にしちゃ良くないけど、命を掛ける物じゃないよね」
ぐうの音も出ない。
「どうする? キャラクターシートはまだあるけど」
「くっ…こうなったら私自身をキャラクターにするわよ!」
「へ?」
龍治が「なに言ってんの、この子?」と言いたげな表情でこっちを見る。
「そんな目で見ない! いい? 今までの私には緊張感が足らなかったと思うの」
「まあゲームだしね」
「それもあるけど、どんなに精魂込めて作っても、それはやっぱり「他人」なのよ。真に優れた役割演技をするには相応しくなかったという事ね」
右に左に首を傾けつつ、よく分かってなさそうに聞いてた龍治が、ポンと手を打つ。
「あ! よくあるラノベみたいに真輝ちゃんが転生してゲームの中で無双するってこと? …え!? 真輝ちゃん死んじゃうの?」
「なんでゲームで死ななくちゃいけないのよ!? そうじゃなくて、現実の私を出来るだけ精密にゲームで再現するの。これなら嫌でも緊張するってものよ」
「ああ、職業や能力値を真輝ちゃんに似せるってこと? …よかった、真輝ちゃんが死ななくて」
「なんで真面目に心配してるのよ…」
龍治の思考は、少し変わってると思う。