第一夜 はじめての死線を潜った転校日
さあ、本日もやる気もかけらもない、チャイム
から、その一日は始まるのです。ここは都内の
どこかにあるという、伝説と噂の魔導学園、
【私立ルーン文字専門女子高等学園】。
最新式の学校と違い、『えっ?コレ事故物件じゃ
ないよね?』と、問い合わせがきそうな、一山
いくらの古い建物ですが、建造物に変わりはあり
ません。とりあえず学園です。その周辺では常に
ヒソヒソと謎めいた噂が飛び交う、それは
立派な女子高等学校なのです。
何故、この学園が特別かというと、日本で唯一、
ルーン文字も教えてくれる専門学校も兼ねて
いるからです。ルーン文字とは古代の言語で、
一文字・一文字に様々な意味と意志。そして
魔力が込められている、神秘的な言葉です。
開校当時は人気の学園でしたが、この世知辛い
世の中。ルーン文字が使えても、圧迫面接にも
就職にも結婚の役にも大してたたないとの、
噂が一度たつと、沈みかけた船から鼠が逃げる
ように、入学志望者が減り今のような、現状を
迎えているのです。
そんな、花の女子高内で、先生の声が教室に
響きます。胸まで伸ばした髪型と、ビシッと
着こなしたビジネス風の服が、よく似合う
美しい女性の先生ですが、一カ所尋常では無い
異常な箇所がありました。教壇です。
普通、教壇には本やプリントしか置かない。
それが常識ですが、そこにはノートパソコン、
タブレットが2台。そしてスマホまでセットを
してある、いわば「電子の要塞」と化したかの
ような、有り様と成り果てていました。
このルーン文字とはそぐわない物は一体・・・?
「皆さん、おはようございます!では、本日も
昨日始めた、『灘校にも、偏差値で余裕で勝つ
ゲルマン基本言語!』から始めましょうね」
そこで、パン!と手を打ち合わせる先生。
まるで小一時間練習してきたような、手際の
よさとワザとらしさです。
「ああ、そう言えば転校生です!なんと、転校生が
このクラスに今日から転入しちゃうんですねえ!
みんなの友達が増えるんです!今はドアの前で、
震えた子犬のように、ドキドキしながら、皆の
前に出るのを待ってる事でしょう!さあ、注目
です。これから彼女の自己紹介が始まります!」
・・・あの、少々お待ち下さい。こんな無茶な
フリから始めなくては、いけないのですか?
私の自己紹介とやらは?
・・・ふっ、まあ、いいでしょう。私は過去の
転校先から、全てを捨て生まれ変わった女。
本音は大親友のエイワズさんと一緒に転校した
かったのですが、『一緒に帰ったりすると人間
としてどうかと思われるし』と、言われてしまい
まだデートのフラグすら建ってないと断られて
しまう有り様。ここは、試練と思い、単独でこの
ハードな状況を打開致しましょう!
一度、眼を閉じ心を落ち着かせ、自然と心を
一体化させ、そして一呼吸置き、私は勇気と
気合いを思いに込めて、教室のドアをガラッ
と開け放ちました!来たれ新たな世界よと!
・・・いえ、普通へ横へスライドしました。
「おはようございます!皆さん始めまして!
本日より転入を致しました。私の名前は
スリソーズと申します!以前の学園や地域では、
『漆黒より召喚した外道兵器』『外道と呼ばれし
機動兵器』等と呼ばれていた時期もあった、
お転婆な頃もあった問題児でしたが、本日から
装いも新たに、未体験の学校で友達作りという、
難関に挑戦します。もう、外道兵器の名も捨て
ました!さあ、私と放課後ランチパーティーを
したいという方は何時でも、ご参加下さい!
参加費はなんと無料です!」
・・・決まりました。最高の挨拶です。必死の
思いで2ちゃんに毎晩、「なんか、独りだけど
お前ら何とかしれww」スレに自作自演も入れた
書き込みを多数織りぜながら、何度も何度も
相談をしました甲斐があったというものです!
この時、クラス全員の前には、腰まである
綺麗なストレートヘア。可愛らしく、大人
しそうな顔立ち。そして様々な箇所の濃さが
違うだけの、黒一色のゴスロリ衣装と、その
首には逆さ十字架。【化け物】【警戒】を表す
ルーン文字の『þ』。そして薔薇の紋様で全身の
アクセントを決めた、街で見たら、善良な
市民なら、間違いなくその場でUターンするで
あろう、いささか個性的すぎる外見の女の子が
自信ありげに立っていた。
「さあさあ、予想を、越えた立派な挨拶が出来
ましたよ〜。みんな拍手ー!・・・スリソーズ
ちゃんの席は・・・。後ろがほとんど空いてる
から、好きな椅子へ座わって下さいね~」
先生は後方のガラガラになった空白スペースを
指図すると、そのまま教壇へ向かわれました。
生徒の自主性を重んじる方式なのでしょうか?
それならそれで、気を楽にして過ごせるかも
知れません。私はそのまま、言われたまま後ろの
空席へ向かいました。
・・・その時であった。もはや、過去の産物と
思われていた、椅子に座っていた者が急に脚を
出すという方法で、スカートを引っ掛けられて、
スリソーズは無様にも、その場で転んでしまう!
これは昭和時代に封印されたアンブッシュだ!
「グワーッ!膝、グワーッ!」何故か大袈裟に
転がり廻っているスリソーズに、情け容赦の無い
冷酷な声が浴びせられた。
「よく、押っ取り刀でこの学園までやって来れ
たわね。この感謝の欠片も知らないドブ鼠め!」
そこには、ショートカットのカワイイな小柄な
女の子。しかし闘気は充分に蓄えられた、得体の
知れぬ少女がスリソーズを冷ややかに見下ろして
いた。その眼には殺気さえも籠もる危険な空気。
「・・・貴女は一体。こんな事をする目的を
言いなさい!」
「転入という感謝が無いお前を殺す!感謝が無い
この学園の転入生は全て殺す!」「・・・何と
いう狂人の戯れ言!」「果たして戯れ言かな?
私の全てへの感謝の正拳は一日一万回!私の拳は
すでに音を置き去りにしている!!」
「グワーッ!!サヨナラ!!」
この予想すら出来ない、凄まじい音速すらをも
超えたパンチ一つで、スリソーズの身体は無残
にも、教室の壁へ叩きつけられた。これは確実に
ジリープアー(徐々に不利)である!
「どーも、スリソーズ=サン。私の名前は感謝の
ルーン文字を持つギフトです。私の感謝という
贈り物が欲しければ、命懸けで穫りにきて☆」
それだけ、言いたいことだけを言うと、そのまま
ギフトは何事も無かったかのように席に戻った。
周囲は当然のように見て見ぬ振りである!肝心の
先生は何やらパソコンに向かっている。目の前の
生徒が死んでも気がつく事は無いだろう。
・・・スリソーズは、ヨロヨロとゴキブリの
ように這い回り、その一時間後に、やっとの思い
で空席でたどり着く事が出来た。これが彼女に
初日から待っていた手荒い洗礼であった。
お昼休み。
屋上で一人、スリソーズは、可愛らしいピンクの
お弁当のフタを開けていた。開けると眼に嫌でも
目に飛び込んでくる、『今日からガンバだぞ、
わたし!』と、桜でんぷで上手に書かれた白飯が
ただ悲しい。しかも、スリソーズの手書きだ。
その上、せっかく作った、肝心のおかずは全部
入れるのを忘れてきてしまった。今日のお昼は、
味付きの白米で過ごすのか。
虚しで限り無く漆黒のブルーな気持ちになり
ながら、ボソボソと米の味を噛みしめてると、
いきなり独りの女子が真横にペタリとくっついて
来た。「いやぁ、転校デビューから、大変な目に
会っちゃったねえ。でも気にしなくていいよ〜。
あれは、うちのクラスじゃあ挨拶みたいなヤツ
だからさ。ああ、私の名前はハガルズです。
これから宜しくね〜」
「こ、こんにちは。初めまして。ハガルズさん。
ところで貴女はお洋服が、あの少々・・・」
否、少々どころでは無い。彼女の制服?は
上半身は思い切り下着が全部見えて、下半身の
下着も、そのまま色も形も模様まで見える、
ギリギリのラインの斜め上まで攻め込んだ、
服装をしている。どうみても真っ当な人物では
無い。・・・狂人!
「ああ、これ?ちゃんと家を出るときは、制服は
着てんだけどね?何故か時間と共に身体から滑り
落ちるんだよ~。ハガルズだから、ズリズリ?
いやあ、困ったねコレは」
「・・・私は困りませんが、羞恥心はないの
ですか?年頃の女の子として」
スリソーズも流石に、こんな女の子を見るのも、
聞くのも初めてづくしの存在なので、内心困り
果てながらも、一応聞いてみるも
「あ~、もうここらの人は見慣れちゃってる
感じで警察も男の子も見てくれないよ。下着の
下まで脱げちゃったら、流石に退学って言われ
てるからね。自分でもそこは気をつけてるんだ」
「そ、そうですか。それはご注意下さい。
では、私はお昼の続きもありますので、
失礼致します・・・」
「ちょっと待った!何処行くのさ!寂しいな~。
ほらあ、2人っきりのランチパーティーして、
友達なろうよ。ね?」
・・・最初のお友達はこの露出狂からですか。
私は目の前が暗くなるのを感じながら、ズルリと
元の場所に戻りました。
「そうそう、いいんだ。それでいいんだヨ。
スリソーズちゃんも、その黒ゴスをビリってして
肌色を出す感じにしてみたら?スリソーズちゃん
可愛いからみんなに注目されるぞ〜」
「結構です。辞めて下い。私は殺人鬼のように、
花も咲かない日陰の植物の様な平穏な生活を、
探し求めているんです」
「気持ちは分かるよぉ。私も他の街に行ったり
すると、すぐに警察に通報されるから、迷惑して
るんだよ。ギフトちゃんみたいのも、向こうから
色々と絡んでくるしねー」
・・・ギフト!彼女の情報ならば好みの食べ物
まで全て知り尽くさなくてはいけません。間違い
無く奴は私の敵だからです!
「ギフトちゃんにリベンジ?辞めときなよ。
あれは自然災害みたいに毎日、いろんな物に
感謝をしまくる、女の子何だよ?わたしも、
入学初日には制服に感謝してないって、
【感謝観音砲零式・改】を喰らって、魂まで
消滅しかかったからね〜。しかも、深夜アニメを
見ると、その日の出来事は記憶から消えるよ?
あの子はいつも感謝をし足りないし、まだまだ、
感謝するものがあるんだからね」
「・・・では、どうすれば、いいのですか!
このままでは私の新しい希望に満ちた学園
生活は暗黒の街道です!・・・貴女も含めて」
「この学園に、来た時点でゲームオーバーって
気がするけどねぇ。まあ、ギフトちゃんに何か
するなら協力するよ?私も借りがあるしねぇ」
「そ、それは一体・・・」「あのねえ・・・」
放課後。
「ギフトちゃん。ちょっとお話いいかなあ?」
「あれ、ハガルズから珍しいわね。ちゃんと
制服に感謝はしてるの?」「してるしてる〜。
ほら見てみて?縞々下着と制服のコラボ!
両方、日本製だし組み合わせも日本独特だから
すべて日本に感謝!って事だよね、これ!」
「うんうん、感謝が少し分かってきたのね」
・・・聞くだけで、知能指数がおちるような
会話がなされてますが、今はそんなのは関係
ありません。肝心なのは私がギフトの頭上、
天井に四つん這いの虫のように、張り付き
アンブッシュを狙っているという点です。
ヒソヒソと遠巻きにご覧になる生徒さんも
勿論いますが、多少の恥は覚悟の上です。
ここで、一気にあの素っ首を叩き落とし、未練も
なくさず、この世から消し去ってくれます。
・・・いや、待って下さい。ギフトの腰に、
見慣れぬ物。・・・違いますね。私が人から、
【外道兵器】となった、あの日以来、嫌と
いうほど見慣れた物がある。しかし、何故?
「そうだ、ハガラズ?さっき、授業で昔の日本は
兵隊さんが命懸けで護ってくれた国だったって、
教わったでしょう?だから、その感謝の気持ち
を込めて砲台を腰に付けてみることにしたんだ」
「ふえ〜?あの海戦と海兵隊の人達の話でしょ?
でも、ここは海じゃないし、その砲台はどこから
持ってきたの?」
「うん、最近ネットで丁度そういう、女の子が
戦う海戦ゲームが、流行っててさ。これはね、
それのコピー商品・・・を、チョット改良した
奴なのよ。どーも、ハガルズ=サン。艦むすの
ギフトです!」
その瞬間、腰にセットしてあった黒い塊から、
真上へ弾丸が発射され、黒く焦げついた火薬の
クレーターが出来ました。私の顔の真横に。
「本当はね、このままお辞儀しながら、真横に
連射するんだけど、それはスゴイシツレイなん
だよ?だから真上へ威嚇射撃で済ませてるの。
人には当てない!これも感謝の表れなのよ!」
「そっか~。それも感謝に入ちゃうんだあー。
じゃあ仕方ないね。私はそろそろ帰るよ。命が
あっての人生と露出だからね〜」
・・・ちょっと、お願い、待って下さい!
ハガルズさんが注意を引きつけて、私が奇襲を
仕掛ける、華麗な連係攻撃はどうしましたか!?
あっ、ギフトが横を向いたら、そのまま砲台が
ハガルズさんを直撃して、そのまま壁にめり込み
ました。その時『シャッターチャンスだ!』と、
威勢の声が聞こえた気もしますが、ハガルズさん
では脚を開てるか開かないか程度の差なので、
大した意味は無いのでしょう。
・・・さあ、今日はもう帰ります。
ベットで眠り、今日の悪夢を忘れる為に。
何しろ、明日は今日とは違う。
今日という日が始まるのですから。