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(89)あの子とあの子の恋愛事情

「それにしても、花巻、お前は随分痩せたな」


そよちゃんはじーーっとつぐみを見てしみじみとした様子で言う。


「ありがとう」


つぐみはニッコリと優雅に微笑んで落ち着いた様子でティーカップを口に運んだ。


「そんなにすぐに痩せられるのにどうして痩せなかったんだ」

「ちょっと、そよちゃん。つぐみは凄く努力したのよ?! 何て事言うの」


それでもつぐみはニコニコしたままだった。


「……そよちゃんがキクチさんに乗るのと、ちょっと似てるかな」

「? そうなのか」

「怖かったから」


つぐみは微笑みながら眉尻を下げる。


「痩せてても、好きな人に手が届かなかったら……悲しすぎると思って。”太ってたら振り向いて貰えなくてもしょうがない”って……逃げちゃったの」

「え、つぐみって好きな人居るの?!」


思わず上ずった声を上げる私。

だって! 初耳よ? つぐみとコイバナとか、一度もした事がないわ、私!!


ここでひとつ、なかに神が壮大なため息をつくと、つぐみは急に慌てた様子でティーカップを置き、手をぶんぶんと振り始める。


「そ、そんな、ささ、さっきのはモノの例えで……! ちがうの、忘れて!」


真っ赤になったつぐみは両手で顔を隠してうつむいている。

いつもおっとり穏やかなのに――こんなに慌てるつぐみも珍しいわ!

 

「つぐみ、顔が赤いわよ? 私に言えないなんて……」

「アンタだから言えないのよ」

「あはは、そ、そ、そんな事ないよ……べ、別に諦めようと思ってたし……」


つぐみは苦笑いしながら、取り繕おうとする。

だけど、その顔はどこか悲しそうで――。


「ちょっと! つぐみみたいに超絶カワイイ子と付き合えない男子とかこの世に存在するわけ?! そんなバカはどいつよ!!」


ここにいらっしゃる方をどなたと心得ての狼藉よ!

いい? ここに居る!! 花巻つぐみは! 乙女ゲームの! 主人公!!! なのよ!!!


「ち、違うの……その人はね、私なんかじゃ全然釣り合わないの。余りに完璧で、手の届かないような遠くの人だから……」

「遠く?! 他県の人? あっ、もしかして外国? メジャーリーガー……いえ、それともアラブの石油王?!」


つぐみは「あはは」と苦笑いしたまま何も言わない。


なんだか途方もなく寂しい瞬間だった。

小学生の頃から仲良しだったつぐみの知らない表情。

きっと……つぐみがお嫁に行く時はこんな気持になるんだわ。


「メジャーリーガーでも石油王でもないけど……とっても凄い人だよ。王子様みたいな……とってもストイックで、頭が良くって、カッコ良い人」

「王子様……どこの王族なのよ!」


と、わめいた所で誰かに頭を鷲掴みされ、つぐみから引き剥がされる。

玉ちゃんだった。

ほとほと呆れた様子で彼女は三度ため息。


「アンタはもう何にも喋らないで」



それにしても、とってもストイックで、頭が良くて、カッコイイ王族とか。


ストイックな王子様……聞いたことがあるわ、ある国の皇太子は兵役に行くって。きっと、そんな任務も持ち前のストイックさや賢さで難なくこなしたんでしょう。

それにカッコイイってなったら金髪碧眼に筋肉隆々よね。

やっぱりつぐみの好きな人ヨーロッパの王子様説が濃厚ね。


そこで私は、つぐみに思いを寄せる愚弟の姿を思い出す。

ストイックというよりは潔癖症。頭に関しては、例え成績は良くっても恋愛では機転が利かない。挙句の果てには深夜はひとり大相撲壁ドン場所……全然かっこよくない。

ダメだ、勝てない。


コースケ――アンタ、残念だけど王族には勝てないわよ!

頑張れ、コースケ! 海を渡って金とコネで王位を剥奪するしかないわ!


「ところで、そよちゃんの方はどう?」


つぐみはニコニコ顔に戻り、黙って聞いていたそよちゃんに話を振る。


「どうって何がだ」


彼女はきょとんとした表情で、つぐみの顔を見上げていた。


「今治くんと」

「な!」


その瞬間、そよちゃんは目にも留まらぬ速さで座ったまま後退を始めてあっという間に壁際に追いつめられる。

顔は今にも沸騰しそうなほど赤くなっている。


「な、ななな、何もない!」

「……何もない人がそんな反応しないわよ」


玉ちゃんは言う。呆れた様子だったけど少し楽しそうだった。

やっぱり彼女……ちょっとSっ気があるわよね。


「一般人とはたた、ただの友達だから……別に! そういうのじゃない!!」

「またまた照れちゃって~。一般人って呼んでるのだって照れ隠しでしょ?」

「違う!!! 名前を覚えてないだけだ!! あんなフツーなヤツの名前なんて覚えられるか!!」

「ふふ、そよちゃんの顔、真っ赤だよ」

「うるさいぞ花巻!」


そよちゃんは両手をクロスさせて顔を隠す。


「あ、私知ってるわよ! 今治くんとメッセージのやり取りしてるんでしょ?」

「く、くそ!! 誰から聞いたんだ、そんな事!!」

「倉敷くん」

「アイツ絶対ぶん殴る!!!」

「……私も殴るわ」


便乗しているだけのはずの玉ちゃんの背中に本気の殺気が宿る。

ちょ、怖い怖い。何この人、怖いんだけど!


「待って! 倉敷くんが何したってのよ……」

「そうね……殴ってから考えるわ」


本当に殴りそうで怖い。何この人。倉敷くんを見つけ次第殴るつもりよ。

もぐらか何かと勘違いしてるんじゃない?


「だめよそれ、理不尽すぎる!」

「姐さんマジぱねえ……」


そよちゃんは感心しないの!


「いいな~~、メッセージなんて~」


つぐみは頬に手を当てながらうっとりと言う。


「そよちゃん、今治くんと水族館デートもしたしね~」

「ふーん。順調じゃない」


便乗した私に、玉ちゃんもニヤリと笑う。


「ね! 姐さんまで……違う! べ、別に……そんな良いモンじゃない」

「じゃあー……イヤイヤやってるの? メッセージ」

「そ、そういう訳じゃ……」

「ふふ、そよちゃんがこんなに懐いてるのって珍しいよね~……やっぱり今治くんは特別だと思うな~」

「と、特別?!」


つぐみはニコニコしながら着実にそよちゃんを追い詰めていく。

そよちゃんは「特別」という言葉を繰り返しながら真っ赤になったりしてる。ちょっとおもしろい。


凄いわ。乙女ゲーのヒロインというより、まるで尋問で容疑者に自白させる人情派刑事みたい!

つぐみ、いえ、「落としのつぐさん」と呼ばせてちょうだい!


「そよちゃん、なんだか嬉しそうだね」

「ち、違う!」


そよちゃんの声がうわずる。


「べ、別にアイツは私を都合良くイメージしてるんだ! ……だ、だから……期待しても……」


最後の方はゴニョゴニョと口ごもったせいで言葉になっていなかった。

そよちゃんの目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。

こんなに順風満帆そうに見えても葛藤はあるものなのね~。


「なんていうか……若くて羨ましいわね~、玉ちゃん」

「やめて……私の方を見ないで……」


小さな声で言い、転生者仲間の玉ちゃんは心底悔しそうにプルプルと震えていた。


「い、一般人な! 水族館で会った私の事……なんかヘンに勘違いしてるんだ……その……えっと……カワイイって……いうから」


後半はほとんど聞こえない声でゴニョゴニョと言うと、そよちゃんは顔を真っ赤にして三角座りの膝に埋めた。


「でもでも、今治くんってキクチさんに乗ってる時のそよちゃんとも仲良しだよね~」


つぐみはニコニコ顔を崩さないままに言う。


「案外――全部打ち明けたら……もっと仲良くなれるんじゃないかな」


そよちゃんが口をポカンと開けたままつぐみを見ていた。


「あんまり、深く考えたってしょうがないよ」


つぐみは眉尻を下げて、困ったように笑う。


「考えすぎて動けなくなっちゃう前に、行動した方が……きっといいと思う」

「……そうか」


そよちゃんが納得したように、ブツブツとつぶやいている。

つぐみの言葉はやけに力がこもってるというか、実感があるというか……。

なんだろう、つぐみって私の知らない所で凄く苦労してるんじゃ……。


親友の知らない一面を見た気がする。

それはちょっと寂しいような、嬉しいような――。

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