(88)突撃・広陵院家の女子会事情!
「ねえ、お化けの苦手な物って何かしら……」
「にんにくや十字架じゃないか?」
「そこ、お化け対策なんてしないでテスト対策しなさい」
既に勉強を諦めて肝試しモードに入った私とそよちゃんに対して、玉ちゃんがピシャリと言う。
私達4人はガラステーブルを囲って各々のテキストを開いている。
テキストに書き込みやマーカーをたっぷり引いているつぐみと玉ちゃんと比べて、私の数学とそよちゃんの古典の教科書は真っ白だった。
それにしても、そよちゃんはこのメンバーが相手ならキクチさんに搭乗しなくても平気らしい。
さすが、何でも知ってるなかに神。
そよちゃんが生身の状態で自己紹介しても「ふーん、あなただったのね」と軽く流して驚いていない様子だった。
2人は私の知らない間に何度か会っているっぽいわね。
つぐみも同然ながらウチに度々出入りしているのでキクチさんに乗る前のそよちゃんを知っている。
そんなつぐみは苦笑いして言った。
「そよちゃん。にんにくと十字架はドラキュラだよ」
つぐみは優しい。玉ちゃんがスルーしたそよちゃんの間違いをわざわざ指摘してくれる。
やっぱり、控えめに言っても天使だわ。
「にんにく……スープがゴリゴリに濁った家系ラーメンに入れたいわね~」
そう言った私に玉ちゃんが呆れたような目でこっちを見ていた。
「呆れた。そんな物食べてるの?! お嬢様なのに」
なかに神は何でも知っている割に私の食事事情はことごとく否定的だった。
「そうよ。一日疲れたな~って日はガッツをつけるためににんにくを入れたいのよ。そして烏龍茶をジョッキで一気に喉に流し込む! 至福ね~。想像するだけでたまらないわ!」
私がうっとりとするのに対して、玉ちゃんの表情はどんどん訝しげになっていく。
「それ……おじさんじゃないの……」
「まあ食べたいだけよ。お母様から禁止されてるわ」
「……でしょうね」
玉ちゃんは薄ら笑いを浮かべていた。
「ところで、あなたの家って庭に畑があるのね……」
「ああ、ここ数年始めたのよ」
彼女は「庭の畑」と言う段階で顔をかなりしかめていた。まるで「何でそんな事になってるのよ、アンタの家」とでも言いたげに。
まあそうよね。間違っても彼女が広陵院江梨子だった頃にはそんな物無かったでしょうし……。
「そこで麦わら帽子にゴム長靴の女の人に挨拶されたわ。変な人雇ってるのね」
「あ、それ私のお母様」
「えっ」
玉ちゃんは手に持っていたシャープペンをぽろりと落とした。
「驚いちゃうよね~。今のお母様ってとってもワイルドなのよ~」
こう言ってみたけど、玉ちゃんの驚くのも無理ないわ。
だって、彼女はひっつめ髪のザマスザマスしたお母様しか見た事がない訳だし。
「人が変われば環境も変わるのかしら……」
玉ちゃんはこめかみを指で抑え、ポツンと言った。
「つぐみ、なんか……さっきからぼーっとしてるけど大丈夫?」
「っ! え、そんな事ないけど……」
つぐみは突然名前を呼ばれてビクンと肩を震わせる。
「べ、別に……ちょっと心配ごとがあっただけで……」
「つぐみでもテストで心配な事とかあるのね……」
私はつぐみの教科書とノートを覗き込む。
数学のノートだ。
色使いがかわいくて整ったノートで、すごく見やすい。内容は数字と記号9割で暗号めいててサッパリわからないけど。
「全くエリコは。花巻さんはアンタの弟の事を心配してるのよ」
玉ちゃんがジト目で私を見たところで合点がいった。
救急車に運ばれたコースケだったけど、お見舞いは「今日は病院で緊急会議をするから」って倉敷くんを筆頭にした男子集団に禁止されちゃったのよね。
それで私はすっかり忘れてたんだけど、つぐみったら、ちゃーんと覚えてるなんて……優しいわね~。
「つぐみはホンットにさすがね。ホントに優しくていい子!」
だって、私なんてコースケの事、「前回と同じアレ」だと思って大して心配してなかったし……。
どうせアレでしょ?
つぐみが泊まりに来て、いつもと違うつぐみとか、お風呂上がりのつぐみとか、よしんばつぐみの寝息に壁に耳当てて盗み聞きしようとか、そういう事考えて緊張しちゃったんでしょ?
そんなスケベ心が制御しきれなくって爆発したコースケを心配するつぐみはやっぱり天使よ。聖女よ。
こみ上げる愛しさがこらえきれなくなって、つぐみの頭を撫でる。
「よーしよしよし」
「あはは、リコちゃん……そ、そんな事ないよ……」
「……エリコもさすがよ」
「え? それほどでも~」
「褒めてない」
呆れきった目で言う玉ちゃんだけど、私は意味が分からなくって首を捻ってしまった。
もしかして私って、なかに神に一目置かれてるの?
やだな~照れちゃうなあ。