(83)庶民の俺と気になるアンドロイド/今治くん視点
問題はここからだ。
夢のような連休から数ヶ月が経った今。
6月に入った辺りから、俺はかなりおかしい。
放課後。
倉敷くんに渡されたパイナップル飴を眺め、俺は深くため息をつく。
今朝、キクチさんに技を決められたせいで関節の辺りが僅かに痛む。
キクチさんって怖いの苦手なんだなあ……。
あの存在は未来のパニック映画みたいなのに。
学校の怪談にビビってて、ちょっと面白いよなあ。
そこで俺はハッとする。
まただ。コレだ。
俺はまたキクチさんの事を考えていた。
最近の俺はふとした瞬間にキクチさんの事を考えている。
キクチさんと居ると楽しいし、なんだか落ち着いてしまうし、面白かった事なんかを思い出してニヤニヤしてしまう。
「オマエ……何ワラッテンダ……」
ウサギの耳を揺らしてキクチさんが怪訝そうな表情(実際は無表情だ)をこちらに向ける。
今は席替えをしたので、キクチさんの席は前から教室中央の四列目、俺の目の前だ。
男か女か、更には中の人が居るのか居ないのか、存在自体が謎だらけのアンドロイドは、テキストを揃えてカバンに詰めていく。
いつも、放課後は高崎先生に1対1で数学を教えてもらっているらしい。
本人的には恥ずかしいらしくって、「ゼッタイ言イフラスナ」って念を押されてしまった。
キクチさんにも恥じらいとかって有るんだなあ……。
「別に。なんでもないよ」
「マタ、例ノ女ノコト考エテタノカ」
「ち、違うよ!」
まさか、キクチさんの事を考えてたなんて言えない。
確かにボーっとした時には例のそよちゃんの事を考える事は多かったんだけど……。
最近は、キクチさんの事を考えてしまう事が多い。
「マ、ナンデモイイガ」
「う、うん。また明日」
そう言ってキクチさんは席を立つ。
「……ア」
だが、すぐに席に戻り、俺の方を向いて大きな手を俺の髪に寄せた。
「ゴミ、付イテルゾ」
明らかに作り物のキグルミの頭部が接近する。触れ合いそうなのに、どこか遠くに感じるその距離に、少しもどかしさを感じた。
キクチさんが去っていく。
俺はその背中に小さく手を振るが、見えなくなると壮大なため息が漏れた。
なんかコレって……やっぱり……そうだよな。
男か女か人間かロボットか、全く見当の付かない相手のはずなのに。
なんだか良くわからないけどキクチさんは女の子な気がするんだよなあ。
……認めたくないけど……これって俺の願望なのかな。
「キクチさんってさ~カワイイよね~」
横からやってきた言葉に、俺はウンウンと深く頷く。
「そうそう、なんかね。イカツイ外見のくせに、ちょっと小動物っぽいんだよねー。外見はおもいっきりシュワちゃんなのに」
「ふーーん」
「って倉敷くん?!」
いつの間にか、隣には倉敷くんが立っていた。俺は思わず椅子の上にロケットが付いたみたいに飛び上がる。
「俺の事は名前で呼んでって言ってんだろ~、な、誠一」
「星夜だってば。誠一は竹原だろー」
俺は肩にポンと置かれた手を払い退ける。
そういえばコイツ、キクチさんの事を「女の子には優しくしろ」とか言ってたよな。
何か……俺の知らない事も知ってるのかな。
例えば、キクチさんの性別とか。
「なあ、倉敷くんはキクチさんの事、知ってたりするのか」
「んー? 俺より星夜の方がよく知ってるんじゃない?」
倉敷くんはよく分からない事を言う。
俺はもう一度大きくため息をついた。
ふとした瞬間にキクチさんの事を考えてるなんて。
キクチさんが女の子だとか思い込むなんて。
これじゃあまるで――好きみたいじゃん。
「あああーーーーーー!!」
それは無い!!
それは絶対に無いぞ、ありえない!
俺は頭のなかの一瞬の過ちを思い切り左右に首を振って振り払った。
俺が好きなのはそよちゃんだ。
あのこの世の者とは思えない程可愛らしい、あの桜の似合う女の子が好きに決まってる!
心のなかに「これ」と決めた圧倒的ナンバーワンが居るはずの俺が、何でキクチさんを好きにならなきゃいけないんだ。
それじゃああんまりだ。
そよちゃんにもキクチさんにも失礼すぎじゃないか!!
俺は思わず頭を抱えて机に突っ伏した。
なんなんだ俺。
ほんと、なんなんだよ、俺。
「青春だねー」
そう言いながら、倉敷くんは本を取り出してパラパラとページを捲る。
手の中にある本はハードカバーで、金の装飾と美しい絵が印象に残る一冊だ。
チャラチャラとした倉敷くんのイメージとはそぐわない、海外のファンタジー小説だった。
「コレ、気になる?」
倉敷くんは俺の視線に気づいたのか、本を顔の高さに持ち上げてウィンクする。
何なんだ、この「俺ってモテるからさ~」みたいな絶対的に自分の容姿に自信を持った振る舞いは……。
こんな事を許されるのは、彼と生徒会長(しつこいようだが広陵院くんは生徒会に入っていない)ぐらいだ。だけど、広陵院くんは意外と堅いタイプなので、そいういう軟派な事は頑としてしない。
「……別に」
淡白に反応しようがコイツは絶対に聞かれても答える。
……そういう男だ
「これはラブレター……かな。届いてるかは自信がないけど」
なんて、少し感傷的な顔をして、本を膝の上に下げて言った。
ちょっと絵になるのが腹が立つ。
イケメンはズルい。
俺は改めて思った。