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(82)庶民の俺と不思議な女の子/今治くん視点

「ごごご、ごめんっ!」


俺は、月の道をキャタピラで走っている時でも出ないような震えた声で女の子の上をどく。

申し訳なすぎて胸をタッチしてしまった手を背中の後ろに隠してしまった。


「……いや、悪かった。変な所で立ち止まって」


女の子も立ち上がってスカートに付いた埃を払っている。


こういうシチュエーションの後は、女の子に殴られるとか、怒られるとかあるんだと思っていたけど、現実はそうじゃないらしい。

普通に謝って終了……あっけないんだな。


「悪くないよ。俺こそゴメンね」

「……ああ」


思えば俺は……この子の名前すら知らない。

何にも知らないのに、あんなに密着した上に……胸を……触ってしまった。


その事実に胸がドクドクと爆音で脈打ち、顔に熱が登る。

目が合わせられない。

罪悪感を振り払ってチラリと盗み見ると、女の子はじっと水槽を見つめていた。

クラゲの水槽だ。

色とりどりに変化するライトに当てられれ、ゆらゆらと水の中を漂うクラゲ。

それを、女の子は両手をガラスにくっつけて、食い入るように見つめている。

彼女は、真っ白い肌に水槽のブルーのライトが差して、この世の物とは思えないほど儚く美しい。

この子は多分、手を伸ばしても届かないような遠くの人だ。

俺みたいな一般人が好きになるのすらおこがましいような、そういう異次元の世界に住んでいる女の子。


きっとこれだけ可愛かったら、学校でも人気者に違いない。

一度会った時も制服を着ていたから、桃園の生徒みたいだし。

目を剥くような凄い家で育ったお嬢様に違いない。

最近は広陵院さんのせいで「お嬢様は30円の駄菓子をあげるだけで両手をあげて喜ぶもの」ってイメージがあるけど……あれはレアケースだ。どう考えてもあの人が食べ物にがめついだけだ。

本来、「お嬢様」ってのはこの子みたいな、いい匂いのお花できているみたいな子なんだと思う。


そう思ったんだけど――この子とは桃園で一度会ったきり、すれ違う事すらもしない。

あれだけ会いたかったからちゃんと探したりもしたし、倉敷くんに頼んで情報を集めて貰ったりもした。

それでも、会えなかった。


なのに。キクチさんに頼んだらすぐに会えたんだよな。


今まで、どこかでキクチさんを「友達」として認めきれなかった。

怖かったのは最初だけだ。痛い思いをしたのはバズーカを喰らった一回だけだし、友達として接してみればロボットが大好きな普通の人(?)だ。だけど、やっぱりどこかで一線を引いていた。

騙されてるんじゃ、とか疑ったりしちゃったし。


俺は、そっと心のなかでこの場には居ない友人に感謝した。


「……な、何笑ってんだ?」


女の子は水槽から目を離して、怪訝そうな顔をしてこっちを見ていた。

ニヤニヤしている所を見られてしまったらしい。


「わっ!」


ドキンと心臓が跳ねて、俺は思わず後ずさる。

それを見て、女の子はシュンと肩を落とした。


「……私と居たって、あんまり楽しくないだろ」

「そんな事ないよ!」


この子は、あれから会いたくて会いたくてしょうがなかった女の子だ。

そんな子とやっと再会できて、嬉しくないはずがない。

女の子は一度悲しそうに長いまつげを伏せた後、ギュッと眉間に皺を寄せて握りこぶしを作る。


「私は……お前が言ってたヤツが、人違いだって確かめるために来た」

「ち、違うよ。僕が会いたかったのは、確かに君だよ!」


女の子の肩がピクリと跳ねて、満月みたいに丸い瞳が俺をじっと見つめる。


「……だけど、ごめんね。俺、慣れてなくって。女の子ってどういう風に接すればいいか分かんないんだ」

「お、女の子?! 私がか……?」


途端に女の子の顔が真っ赤に染まり、水槽の方に向き直ってもどかしそうに口をモゴモゴとさせている。

その姿も小動物でとっても可愛らしかった。


「女の子だよ。……俺みたいなのじゃ釣り合いが取れない位……かわいいし」

「か、か、か、かわいい?! 私が? お前、頭おかしいんだな」


おかしい認定されてしまった。


女の子は耳まで真っ赤になっている。

まるで言われ慣れてないみたいなリアクションだけど――これだけ可愛かったらもっと自覚を持ってもいいはずなんだけどなあ。


「かわいいよ……あんまり言うのは恥ずかしいんだけど」

「そそそそ、そんな事言われた事ないぞ。お前……私をからかってるだろ」

「か、からかってないし!」

「じゃあお前はおかしい。それ絶対おかしいぞ。お前はおかしい!」


キレられてしまった。

だけど、その姿すら愛らしい。

かわいいって言われ慣れてないのもたまらなくかわいい。


嘘だろ、こんな奇跡のような女の子がこの世には存在したのか。

女の子ってもっと慣れてるモンじゃないのか。


「だからかわいいってば」

「あーーー、う、うるさいぞ! これ以上その……か、かわいい? ってヤツ言うな! 禁止! それ禁止だ」


顔を真っ赤にして、女の子はだーーーっとまくし立てて俺から背を向けてダンダンと歩いて行ってしまった。


うーん、怒らせちゃったかな。


でも、あんなに可愛い子でも「かわいい」って言われ慣れなかったりするんだ。

女の子には謎が多いなあ。


「……置いていくぞ」


女の子は立ち止まって、少しだけこっちを向く。

横顔みにも満たないその顔はやっぱり赤くって、心臓がドクドクと高鳴る。


「かわいい」

「だだだだ、だから! それ! 禁止だって言ってるだろ!」


蹴られた。

外見とは裏腹に、意外と足グセが悪いみたいだ。

こうなると、そんなのはもはやギャップ萌えでしかない。


俺は浮かんできそうな笑みを抑えるのに必死だった。




こうして水族館デートが終了したワケだけど。

女の子とはショートメールで連絡をポツポツとしている。

名前は「そよちゃん」って言うらしい。

あの容姿に引けを取らない最高にキュートな名前だった。


ここまでは最高だった。

そう――ここまでは――。

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