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(81)庶民の俺と伝説のアレ/今治くん視点

4月某日。俺は人生のとてつもない転機を迎えていた。




床に向かって倒れる俺。だけどその手足は床にくっついている訳ではなく、柔らかい感触。

まるで人肌のような、熱を持った柔らかさ。

柔らかそうな髪は、ばっさーと扇のように床に広がっている。

鼻腔をくすぐる石鹸の香り。


「あ……ぁ……」

「う……うわあ、あ、ああ」


――本当のマジで、俺の下には女の子が居た。

薄暗い空間、うっすらと輝く水槽に囲まれ、俺と床で女の子をサンドイッチしていた。

ドキドキと胸を打つ鼓動が止まらない。




OK、少し状況を整理しよう。

どうしてこんな事になってしまったか、落ち着いて考えるんだ。


さて、どうしてこうなったか。

俺は水族館に遊びに来ただけだ。


クラスメイトのアンドロイド(この時点で意味不明だけど察してくれ)に「今日ここに来れば会いたい人に会える」とボイスチェンジャー越しに言われた。

絶対からかわれてる。何か裏がある。

そう思いつつも、「こっそり物陰から様子見ればいいか。しょうがない、俺とキクチさんの仲だし行かないのも逆に悪いし……」とか思っていたら普通に品川に到着してしまった。

……なんて。俺みたいなヤツがカッコつけてもしょうがないな。


白状しよう。


どうしても会いたかった。

あの桜の女の子に。


二度と会えない事を覚悟しつつあったから。


人目を気にしながらも随分と早くに来てしまった。

途中、我らが完全無欠の生徒会長(実際は生徒会未所属)の広陵院江介と花巻つぐみがデートらしきしてる所を目撃してしまった。


そんな事はどうでもいい。


キクチさんに言われていた時刻を10分以上過ぎた時、騙されたと思った。

本気で凹んで、カッコ悪い自分に胸の奥がヒリヒリとした。


「帰ろうかな」と思いながらも「もしかしたら」と一欠片の望みに賭けて辺りを見回したら――本当に居た。


人混みに紛れてオロオロとしている、真っ白いフリルのブラウスに青いスカートを着たあの女の子が――!


相変わらず花みたいに可憐で、作り物みたいにかわいい。

至福も清楚で、キュンとする。


やっぱりこの子、信じられない位かわいい!


「あ、あの――!」


声をかけようとした。

だけど、女の子は俺を見つけるなり、何も言わずに俺へと飛び込んできて、背中に隠れてぎゅっと服を掴んだ。


な、なな、なんだこれ!! 

聞いてないぞこれ!!!


再会したと思ったら挨拶もなしに試合開始とかあんまりだ。


「……怖かった……」


女の子はビクビクと震えながら俺の背中越しに言う。


「うえ! え、だだ、大丈夫?!」


俺は挙動不振になった。

不審者まる出しだった。

なめらかに言葉が出ない。まるで砂利道を走る車に乗せられたみたいに言葉が詰まりまくってる。

こんな時に何て言えばいいんだ!!

笑えば――いや、笑ったら余計不審だってば!


会いたいばっかりで会ったらどうしようとかあんまり考えてなかった!

……バカだな、俺。


そんなカッコ悪い俺に文句も言わずに、女の子はコクンと頷く。

真っ白な頬をポッと染めて、うるうるとした上目遣いで、彼女は俺を見る。

そして桜色の唇を僅かに開き――


「……一般人に会えたから……助かった」


ドッキーン!


俺の事を息を吐くように「一般人」扱いしたけどそんな事はどうでもいい。

ノーカンだ。それ以上にかわいい。許す。むしろ君に「一般人」って言われるならいくらだって構わないよ!


こうして、密着度がおかしいまま、「行きたい」と言われて水族館に突入。



「うわあー、これかんっぜんにリア充用の施設だね」


なんて、ガッチガッチの重たい軽口を叩いても女の子は「そ、そうだな」とか緊張した素振りで答えたりする、お互いぎくしゃくとした感じだった。



そんな中で、背後の女の子が水槽を見る姿に見とれてたら滑って転んだ。以上。


要するに、ライトノベルでよく見る事故だ。

「ラッキースケベ」なあれだ。

伝説には聞いていたが、そんなものは存在しないと思っていた。


俺みたいなしけた一般人(もう否定はしない)がこんなかわいい女の子の上に乗っかってしまうラッキーなんて、今からトラックに轢かれて異世界に転生する事並にありえない。

このラッキーはきっと悪魔との取引だ。

この代償は死でようやく釣り合いが取れる類のアレだ。


いいよ、殴ってくれ。俺を、思いっきり。

その方がスッキリする。俺は「生きてていいんだ」って思える。

そうじゃなきゃ死ぬしかない!!!


いかんいかん、現実逃避はよくない。

落ち着いて考えろ。素数を数えろ今治星夜!!!!



そして、ここで問題が浮上する。

これは生死を占う大問題だった。


俺の片手はどこに有る。

女の子の胸だった。


だけど、感触は――――無い。


あろうことか、女の子の胸はまっ平らだったのだ。


まさかクールを気取って「フッ、何を言っておる。俺は触っとらんぞ、まあ……無いものは触れん。やれやれ」とか言ったら殴り殺されるだろう。

そんなのは俺が女でもドリルスピンで頬を貫いて殺す。マジで殺す。

ヤレヤレ系ラノベ主人公は幻想だ。決して現実世界で真似をしたら火傷をするどころか――死ぬ。



状況が分かった女の子の顔がみるみる赤く染まっていき、目が見開いていった。


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