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(77)念願の紙パックジュース

お昼休みの屋上。

紙パックジュースを飲みながら、私と玉ちゃんは柵の前に並んで景色を眺めていた。

雨の日が続いていたけど、今日は珍しく晴れている。

とはいえ、雲も多くて晴れたと思ったらすぐに太陽が隠れてちょっと心配な天気だった。


日課の筋トレとランニングも、雨が降れば室内でランニングマシンに乗ったりする。

別に自分ひとりでならいいけど、今は一緒にトレーニングする仲間(・・)も居るし、できるなら室内より屋外で走りたいなあ。


「ん~~~ホントおいし~~し・あ・わ・せ」

「貴女、本当にそれ……好きね」


私はパックジュースのバナナ・オレをじゅーじゅーと吸いながら舌鼓を打つ。

その姿を見て玉ちゃんは汚い物でも見るように顔をひきつらせていた。


「この安っぽくて暴力的な甘さがたまらないんだってば~。玉ちゃんも一口どう?」

「……遠慮しとく」


そういう玉ちゃんは有名メイカーのブラック缶コーヒーを飲んでいた。



最近、学校に念願のパックジュース自販機ができた。

実は私の悲願だったりする。

ふふふ……コースケが中等部で生徒会長として君臨していた頃から密かに根回しした甲斐はあったわね!


自販機が出来た時はセレブの諸君は気味悪がって近づかなかったけど、今はチラホラ利用者も現れている。

自販機とすれ違った瞬間、大体の生徒はその驚愕の安さに驚く。

そして、おっかなびっくり硬貨を入れて恐る恐るそれぞれの気になる商品ボタンに手を伸ばし、ガシャンという乱暴な音に悲鳴を上げて。

その味に一瞬だけ表情が明るくなるけど、飲み終わる頃にはどんよりとしたお通夜顔。


ここまでが「セレブ生徒達の典型的な自販機との遭遇」のワンセットだった。


パックジュースの醍醐味は「実際に飲むまで想像がつかない」事だと思うのよ。

ペットボトルならばクリアボトルから見える液の様子でなんとな~く味は想像がつくんだけど、不透明な紙パックジュースは実際に飲むまで本当の本当に味が分からないじゃない。


しかも、自販機に居並ぶのは普段は見かけないビミョーなメーカーの数々。

全く想像のつかない商品たち。

例えば、某球団会社の乳酸菌飲料を意識してるミルクティー色のアレとか。

なんでもかんでも豆乳と混ぜる謎の飲料とか。

挙句の果てには紙パックなのにメロンソーダ?!


そして! 

大体の商品が激甘。もはや甘さの暴力!

そう。紙パックジュースはギャンブルで冒険なのよ。

運命の当たり商品に出会うまで回し続けるルーレットのようなもの!

だからやめらんない。ビバ・紙パック自販機!


私からすれば、この暴力的な甘さもたまらないと思うんだけどな~。

授業でへとへとになった体に大量の糖分が五臓六腑に染み渡る! ってかんじ?

 

コースケは紙パック自販機の呼んだ波紋に「僕はとんでもない化け物を呼び入れてしまった」と頭を抱えていたわ。

失礼ね。つぐみだって喜んでるのに!



「ねえ、玉ちゃんはおばけって信じる?」

「信じないわ」


玉ちゃんは例のクールな言い方でサッと話を終わりにしてしまった。


「そっかー。まあ私もなんだけどね」

「倉敷くんはテキトーだから根拠なんてどこにも無いわよ」


確かに地下労働施設とか言ってる辺り、倉敷くんはテキトーなんだと思う。


「っていうか玉ちゃん……聞いてたの?」

「……聞こえたのよ。うるさく騒ぐから」


玉ちゃんはやれやれといった感じでため息を吐き出す。


「なるほどねー。魔眼持ちのチート能力者もおばけは信じないのね」

「……ちょっと、その”魔眼”ってヤツやめなさいよ」


玉ちゃんは眉を寄せてムッとする。

そう、玉ちゃんは目を合わせた人を自分の夢やイメージに引きずり込むっていうチート能力を持ってるんだけど、それを「魔眼」って呼ぶとひどく嫌がる。


「大体、魔眼ってアレじゃない。女子高校生が持つには恥ずかしいっていうか……」


玉ちゃんは指と指をくっつけたり離したりして、もじもじとしている。照れて頬を染めてるのがちょっとカワイイ。

彼女的には二度目の人生は平穏かつ「普通の女子」として生きていきたいものらしい。

大学は国立とか32歳までに結婚とか、ライフプランにも結構なこだわりがある。

将来プランそのものには問題がないけど、大体が「パパの幸せ基準」なのはいかがかと思う。

結婚の年齢が遅めなのも、「パパが悲しむから遅めがいい」らしい。

玉ちゃんは相変わらず超ファザコンなのでした。


「でも、その超能力も最近パワーアップしたんでしょ?」


玉ちゃんはよくぞ聞いてくれました、と言いたげにフッと笑う。

最初は勘違いしてたけど、彼女はあくまでクールでカッコイイキャラで居たいらしい。

「玉ちゃんカッコイイ」って言うと無言で肩をひっぱたくんだけど。


「まあね。強力な能力にあぐらをかいているだけじゃ前の人生と同じだわ」


「前の人生」っていうのは、ゲームの広陵院江梨子として火事で命を落とした時の事をさしている。

江梨子だった玉ちゃんはワガママ放題振る舞って周りから嫌われた末に気が狂ってしまった。


玉ちゃんは言うと嫌な顔をするけど、その過去とも向き合ったみたいで「あの頃は本当に愚かだったわ」と漏らしていた。


「最近、行ける夢の範囲を広げる事に成功したの。未来の夢、過去の夢、貴女の夢、クラスメイトの夢、知らない人の夢。色んな夢を見たんだけど――別の世界の夢をね……見たの」


玉ちゃん曰く、予知夢を見る事は電車に乗って遠くに出かけるような感覚に近いらしい。

まずは行き先を決めて使う路線を決め、次に過去行き未来行きを決めてようやく出発する。

そして、目的の景色が見えたら電車から降りるらしい。

もっとも、夢は精神の世界なので、こういうイメージみたいなのを決めるが何より大事だとか。


私にはあんまり縁の無い話だけど、チート持ちはチート持ちで色々と大変みたいね。


「別の世界……例えば、私がもともと居た世界とか?」

「その夢の中では魔法がバンバン飛び交って、剣戟の音が絶えなず、空にはドラゴンが駆けていてね」

「ちょっと待って、それって何に使うの」


うっとりとした顔で空を見上げる玉ちゃんに私は待ったをかける。

ゲームの江梨子はあんなに努力が嫌いそうだったのに、玉ちゃんは努力家で本当に凄いわ。

前に「どうしてそんなに努力できるの?」って聞いたら「パパにふさわしい娘になるため」って言ってたので聞かなかった事にしたけど。

私ならチート能力とかあったら絶対サボっちゃうんだけどなー。


「そうね……実用はあんまり考えてなかったんだけど。私の目と合わせて使えば、その世界に魂を送る事ならできるわ」

「うげ、それって……」

「異世界トリップね。もっと精度が上がれば、死にそうになって魂を手放した体に飛ばした魂をくっつけて生活する事だってできる」

「う、うわあ」


それってほぼ神様じゃない。

玉ちゃんは神なのか。玉枝神なのか。なかに神なのか!

私は隣の女の子がとんでもない人物だとはじめて気付かされた。

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