(76)セレブ学園七不思議
「そういえばさ、みんな知ってる? 学園の七不思議」
倉敷くんは一通りパイナップル飴を配り終えたみたいで、椅子に腰掛ける。
この時点でなんとなく集まっていたのは、つぐみ、桐蔭くん、コースケ、キクチさん、今治くん。
気づいたら、彼の周りには玉ちゃんと除いた親しいメンバーが勢揃いしていた。
今治くんはともかく、マロンマージュがフルメンバーに見た目がターミ◯ーターのキクチさん。
それは確かに学園の大物を選りすぐったようなメンツだった。
周りの同級生達がこちらに獰猛な肉食獣を見るみたいなビクビクと怯えるような視線を送っている。
「七不思議? トイレの花子さんとか?」
私が子供の頃もあったわね、七不思議。
でも、私が通ってた学校は古くて不景気な感じのくら~い校舎だったし。
夜の学校は本当に怖かったわ。
忘れ物を取りに来た時、湿った空気の中、上履き越しにも分かる程冷たい廊下をペタペタと歩いてると、背中から物音がして、叫びながら駆けていった――。
でも。
古くてボロボロの木造の「旧校舎」的なアレならともかく、この桃園の校舎は清潔かつ日当たりも良くて、おまけに明かりもピッカピカでお化けみたいなのとは無関係そうなんだけど……。
「チッチッチ。セレブ校にはセレブ校なりの七不思議があるんですわー」
倉敷くんは人差し指をチッチと振りながら意味ありげな笑みを浮かべる。
「って、倉敷は編入生だろ……何でそんなの知ってるんだよ」
コースケはジト目で倉敷くんを見てる。
つぐみは「お化けの話怖いよ~」と私の制服を掴んだ。
かわいいなあ、つぐみはやっぱりかわいいなあ。
キクチさんは黙って今治くんの後ろに隠れていた。
ムキムキのボディと、不釣り合いなウサギのかぶりものが今治くんのヒョロリンとした体からはみ出て見える。
「キクチさん、怖いの?」
「キキキ、キニスルナ。科学的ジャナイ話ハ信ジナイ質ナンダ」
「そ、そうなんだ……」
今治くんは「何からツッコめば分からない」的な顔をしてカクリと肩を落とした。
「まーまー、そんなワケで。桃園高校の七不思議なんだけどさ――その一、学園の下の地下労働施設!」
「うわあ」
コースケが心底「うわあ」と思っているタイプの「うわあ」を漏らした。
でも、「うわあ」と言いたくなる気持ちも分かる。正直、私も「うわあ」と思った。
「この学園の莫大な資金は地下の不法労働施設によって成り立っている」
「ふ、不法労働施設?」
恐る恐るつぐみが尋ねる。
「そう、地下不法労働施設! ギャンブルやいけない事をしちゃって社会を追放されたはいいけど借金がある輩が追いやられる最後の地獄!」
倉敷くんは食い気味で答えた。
「地下で暗くてこわ~い、きつい! 危険! 汚い! の3K揃い踏みの地獄の職場! そ・れ・が地下労働施設!」
「そ、それって十字型の四人で押すヤツとかが有るの?! あの用途が分かんないヤツ」
ほら、映画やゲーム、漫画で「よくわかんないけど奴隷が労働してるシーン」で丸太に四本。上から見ると十字型に配置された棒があって、押すと回転ドアみたいに回っていくアレよ。
倉敷くんは机に肘をつき、指を組んで口元に寄せる。
某アニメの司令官のようなポーズを取った。
「……もちろん、有る」
「これは調査の必要が有るかもな」
桐蔭くんは顎に触れながら目を細めた。
「だから、赤点ばっかり取ってると地下労働施設に強制的に放り込まれちゃうからね!」
「ウ、ウワアアーーーーー」
キクチさんがガチガチと震えながら今治くんの後ろに隠れた。
「キキタクナイ! コワイノダメナンダ!!」
「イタタタタ、イタタタタタタ」
通常の人間よりも力が出るように改良されたその手に掴まれ、今治くんは背筋をピンと伸ばして心底痛そうな絶叫をあげていた。
地下労働施設よりもキクチさんの存在の方がよっぽど七不思議だと思うんだけど……。
「な、なあ倉敷! コレ全部作り話だろ」
「まあね!」
キクチさんにコブラツイストをかけられてギブギブと顔を真赤にしながら冷や汗を垂らす今治くんに言われ、倉敷くんは両手を放してしてパッと笑う。
「コイツ……すぐこういう嘘つくんだよ」
キクチさんから解放された今治くんは「はー」とため息をつく。
「地下労働施設なんて有るワケないだろ」
「マジか、無いのか」
桐蔭くんはあくまで大真面目に言った。
彼の存在もまた七不思議級だと思った。
例え地下には何もなくとも、さっき天井でから「カチャカチャ」と不穏すぎる音がひっきりなしに響いていたわ。
だけど、私のクラスは既にそんな事はスルーするようになっている。
怖すぎるけど、4月、5月も何もなかった。多分6月も、これからも何もないと信じている。……信じている。
「まあまあ、七不思議にも華は必要だからねえ」
倉敷くんはしげしげという様子で腕を組んで頷いている。
「七不思議の華」が地下不法強制労働施設ってそういうセンスはどうかと思うんだけど……。
「でもコレはホントだよ。最近……放課後、完全下校時刻を過ぎた頃に――」
倉敷くんは声を潜める。
突然空が曇り、明かりのついていない教室が一気に暗くなった。
「――出る……らしいんだ」