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(75)パイナップル飴は笛じゃない

6月になった。

私達は相変わらず、のほほんと暮らしている。



「パイナップル飴買ってきたよー」


倉敷くんが包みを掲げて引き戸を開ける。

彼はこうやって謎のお菓子を持ち歩く事が多い。

ちょっと多めの「お徳用パック」を買う事もあって、誰彼構わずに配っている事もある。

「何でそんなにお菓子配るの?」と聞くと、「その中に前世からの運命で繋がった女子が居るかもしれないから!」と答えた。

倉敷くんの言う「運命の女子」って――


「へくしゅっ」


教科書を持った玉ちゃんが急にクシャミをして、「風邪かしら」とつぶやきながらと喉の様子を見ている。

もしかしなくても、倉敷くんの言う女の子は中西玉枝ちゃん。通称玉ちゃんなんだと思う。

なぜなら玉ちゃんの前世は広陵院江梨子で、倉敷くんは火事の中で江梨子と一緒に死んでいる。


どうして倉敷くんが二回目の人生?を送っているかはよく分からないけど、私が前世の記憶を引き継いでる事自体奇跡なんだから、そんなの気にしたらキリがないわ。

だけど、倉敷くんは全く気づいてないみたいで、手当たり次第「それっぽい女子」を口説いていた。


玉ちゃんは最初は怒ってたけど最近は倉敷くんの話をしても基本的に興味なさそうにしている。

好きの反対は無関心。怒ってるウチが華なのね……。



私とつぐみは倉敷くんから施しを受け、私はしげしげとパッケージを見る。

透明な包み紙に赤やグリーンのクリアな印字がある。

だいぶ懐かしい。


「それにしても懐かしいわね、パイナップル飴」

「子供の頃よく食べたわね~」


私は、真ん中に穴が空いたパイナップル型の飴をつまみ、口の中に放り込んだ。

あまーいパイナップル味が舌に広がり、胸に広がる懐かしさでほっぺを抑えた。


この穴がミソなのよ。

穴が無かったら普通のパイナップル味の飴だし。

昔はこの穴を舌で広げて舌にハマるように舐めたりしてたわ。

それに、よく飴の穴から笛が吹けないか試行錯誤したものね。

あと、形のせいでちょっと割れやすいから「舐めきる前に割れたら負けゲーム」みたいなのを自分の中で作ってたわ。


うーん、懐かしい。ちょっと乱暴なパイナップル味が懐かしさを誘うわ。


「やったー広陵院さん、すっごく幸せそうだねー」

「リコちゃん、こういうお菓子大好きなんだよねー」

「へー、なんかイメージと全然違うー。ビンボーっぽくてかわいいなー」


倉敷くんはニコニコしながらとっても失礼な事を言っていた。


「おーい、竹原も食う?」

「欲しいけど今治な」


倉敷くんはいつものように今治くんをからかってケラケラと笑った後


「中西さんも食べる?」


”運命の女の子”に言った。

そのムシンケーさが怒りに触れたようで、玉ちゃんはものすごい勢いで倉敷くんを睨みつけている。

玉ちゃんの目ってチート能力があって――いわゆる「魔眼」的なアレよね――。

そんな目で睨まれてはひとたまりもない。


「うーん、食べない?」


倉敷くんは僅かに肩をすくめた。

っていうかそれだけでよく済むわね!

私なら飛び上がるわよ、あんな風に睨まれたら!


「いらない」


そう言った声は恐ろしく冷たくって、彼女を包む怒りの炎に、私はつい冷や汗が浮かび上がった。



「倉敷、俺にも一つくれ」


天井からテーブルの上にロープが垂れて声がした。


「いいよー」

「今は手が離せないからこのロープに括りつけといてくれ」


倉敷くんは驚きの声ひとつ上げずに慣れた手つきで飴をロープにかけてそれを見送った。


「達者でなー」


彼は、もちろん怖がる事なんかもせずに、徐々に上に上にと登っていくパイナップル飴に呑気に手を振っている。

常日頃からチャラいと思っていたけど実は肝が据わっている。

倉敷くんは凄い、私は改めて思った。


「い、今のって桐蔭くんだよね……」


つぐみが笑顔を引きつらせて言う。


「……じゃなかったら逆に誰よ」


天井裏に隠れてロープを垂らすクラスメイトなんて桐蔭くん以外いらないわよ。



「おはよ、姉さん……あと、花巻」


クラスに荷物を置いたコースケがやってきた。

登場と同時につぐみと目が合っては頬をそむけて目を逸らしている。


最近、コースケはこうしてウチのクラスに遊びに来る事が多い。

つぐみと私はコースケに挨拶を交わすと、倉敷くんがひょこっと顔を出した。


「お、カイチョーじゃん」

「カイチョーじゃないよ。……生徒会にすら入ってないし」

「まあまあ、そう言わずに。ほれ、これでもお食べ」

「あ、ありがとう」


コースケは物珍しそうに見ながらもパイナップル飴を受け取り、口に放り込む。

そして、唇で飴を盾に挟みそっと息を吹き込んだ。

スーと空気が漏れる音だけが虚しく響く。


「コースケ……」

「え?!」

「チッチッチ。ダウトだよ、カイチョー」


倉敷くんがにた「あ~」と指をさして笑っている。心なしか嬉しそうだけど……なんで?


「カイチョーも知らない事があるんだねえ。この飴はね、鳴らないヤツなんだよ。鳴るのはこっち」


倉敷くんは、コースケの手に「鳴るラムネ」を渡した。

真ん中に穴が開いていて、笛みたいに拭くと「ピー」と音が鳴るあれだ。


「だ、騙したな! パイナップル飴!」

「人はねえ、騙されて大人になっていくモンなのさ。女に騙されそうになったらパイナップル飴を思い出す事だ」


二人の奇妙なやり取りに、唇を噛んだつぐみが下をむいてプルプルと痙攣していた。


「ばっっかみたい」


玉ちゃんは明らかにカリカリとしていた。

頬を膨らましてぷいっと顔をそらしている。

二回目とはいえ、たまちゃんも年頃。それに女の子だし、心中はなかなか複雑そうだった。

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