悪役令嬢が転生したけど家族に愛されて幸せです!(後編)/玉ちゃん視点
結局、庶民のごはんはそんなに悪い物じゃなかった。
私は桜でんぶが好きになり、ちょっと良い事があると、でんぶごはんを出される事が増えた。
保育園に上がると、みんながキャラクターのお弁当を自慢する中、私は父のシンプルなお弁当を楽しみにしていた。
「玉枝ちゃんはお母さんがいないからこんなお弁当なんだね。かわいそう」と言われたりすると、躍起になって取っ組み合いのケンカに発展したりもした。
これは父が苦手な早起きをして一生懸命に作ってくれたお弁当だ。
負けん気が強いのは前世からで、前世は広陵院の令嬢である私にケンカを挑むような愚か者は居なかった。
だけど、今は違う。私は庶民。自分の身と名誉は自分で守らないといけない。
この体は足も早くて身軽だし、ケンカでは負ける気もしない。
結局、ケンカばっかりしていたので、腕っ節には相当自信があった。
その事でよく父にも迷惑をかけてしまったんだけど。
「玉枝~遅くなってゴメンな!」
その頃、父は現場に復帰して、毎日遅くまで仕事をしていた。
お迎えは最後だったけど、父が来ると飛びついて離れたくなかった。
「かっとばせーーーー!」
「いけーーー打てーーー!」
父と一緒に食卓を囲んで野球を見る。
前世ではホームパーティに呼ばれてきたような野球選手がテレビに映っている人物も、今世では父と一緒に容赦なく野次を飛ばした。
これが私の一日の最大の楽しみだった。
プラスチックのコップ一杯に注いだ牛乳を一気飲みして「ぷはー、この一杯のために生きていた~」なんて言ったりして父の真似をしていた。
プチプチとサヤを押して食べる枝豆が大好きだった。
そう。数年を経て、私はすっかり庶民色に染まっていた。
これには色んな事情があった。
読書もその頃はステップアップして色んな物を読めるようになった。
だけど、父は自分の子供と遊びたがっている。
公園に行ってもベンチに腰掛けて本ばっかり読んでいる私の隣で、父は子供と遊ぶ家族を見ていつも羨ましそうだった。
かと言って、私は砂場遊びも遊具も楽しいとは思えない。
まさか18+5歳で今更お人形遊びやおままごともできまい。
私はどうすれば喜んで貰えるか考えた末に、夢を見た。
私が生まれる前の夢。
死んだお母さんに、父が怒られてへこへこしている。
「男の子か女の子かも分からないのに」
「いや~、子供とやるのが夢で……つい」
「もう、しょうがないなぁ」
父は子供用のグローブを買ってきたのだ。
翌日、私は飛び起きるなり押入れの中のおもちゃ箱をひっくり返してボールとグローブを見つけて父に言った。
「おとうさん、これやろ!」
結局、私は日が暮れるまで父をキャッチボールに付きあわせた。
キャッチボールができない日は、「キャッチボールの実戦の見本」として、父と一緒に野球を見る。
私は意外と凝り性だった。
父はキャッチボールの度に筋肉痛に悩まされたけど、次の休日も、その次も――ずっとキャッチボールばかりしていた。
それは、私が小学生に上がって、少年野球のチームに所属するまで、ずっと続く事になった。
だけど、父のおかげで「中西玉枝」は地域の伝説のピッチャーとしてその名を残す事となる。
この辺りから、私は父がすっかり大好きになっていた。
周りの女の子が誇らしげに「パパ自慢」ばっかりするようになっていたから、私も躍起になって自分の父を「パパ」と呼ぶようになった。
私は子供相手にも負けず嫌いだった。
今考えると、かなり大人気なくて恥ずかしい。
小学生に上がったある日、パパの悪口を言った女子達とのケンカに勝って気分を良くしていたら、負けたそのお母さんが学校に乗り込んで来た。
職員室で、私の悪口を次から次へと矢継ぎ早に言っている。
「あんな野蛮な子と一緒のクラスにしないでください」という訴えから始まり、「あの子は母親が居ないからあんなに乱暴なんです!」「あの子のお父さんは子供を放っておいて教育なんてしないんでしょう!」とパパの悪口も言っている。
挙句の果てに「母親がいなくては、親子ともに不幸にしかならない」だ。
私は頭が沸騰したかのように怒り狂って、我を忘れて職員室に乗り込んで母親達に殴りかかった。
当時、私の沸点の低さは前世の頃から大して進歩していなかった。
大体、前世でも私が怒れば大抵の人がご機嫌取りに走るので、私は「暴力が友達を無くす」なんて事を全く知らなかった。
結局それ以来、私は学校で腫れ物扱いも同然だった。
野球チームが一緒の男子とは仲良くできたけど、女子は全くダメで目を合わせる度に何かと陰口を叩かれた。
前世ならばまずありえない光景だったけど、その時に気づいた。
きっと前世でも、こんな風に陰口は叩かれてたんだと思う。ただ、絶対に私に気づかれないようにしているだけで。
そして、その頃、料理を始めた。
パパに代わって料理を始め、最初はどうしようもない失敗作続きだったけど、パパは喜んで食べてくれた。
何が嫌とか、一度も聞いた事がない。
「どの料理が好き?」と聞くと、「玉枝の作るものは全部だよ」と言う。
全部失敗なのになにそれと思ったけど、嫌じゃなかった。
嬉しかった。
前世と違い、私の存在にお金のしがらみが無いためか、パパの無償の愛は、私の心を少しずつながら変えていった。
と、同時に。
前世に比べて少しは人の事を考えられるようになった私は、学校がうまく言っていない事をどうしてもパパに言えなかった。
パパは仕事で忙しくって、毎晩遅いから心配を掛けたくなかった。
母の遺したレシピどおりにやっても上手くいかずに、四苦八苦していた。
調理実習で美味しそうな物を作るクラスの子達は「お母さんに教えてもらった」と言う。
私はたまらなく悔しくって、寝る前に「夢でお母さんに会えますように」と何度もお願いした。
「玉ちゃんは運動ができるからお料理は頑張らなくっていいんじゃない?」とイヤミったらしく言う女子も居て、尚更むかっぱらが立った。
思えば、この「悔しい」っていう感情が常に私を突き動かしていた。
結局、躍起になって一人で料理しようとする私を見かねて、仕事で疲れているはずのパパが私に料理を教えてくれた。
「いいよ、お仕事で疲れてるでしょ」
「いいんだよ。玉枝と一緒に料理するのは楽しいから」
記憶の中ではパパの料理は下手くそだと思ってたけど、長い間料理を作っているうちにかなり上達したらしい。
気付かなかった自分に毒づきながら、「私はお母さんが居なくても幸せなんだ」と噛みしめるようになった。
「なあ、玉枝。学校で何かあっただろ」
いつものように、二人で並んで料理をしている時、パパは言った。
「父さん、分かるんだよ。こんなんだけど親だから」
私は玉ねぎを切る手を一度止めたが、意を決して再開する。
「……なあ、玉枝。ごめんな。お母さんが居ないばっかりに玉枝に辛い思いさせて」
何も答えられなかった。バレたのが悲しくって、パパに心配をさせてしまった自分が悔しくって唇を噛んで涙の浮かぶ目に力を入れた。
私は我慢の末、声もあげずに泣いてしまった。
こんなに幸せなのに。
前世で絶対に手に入らなかった、私の事をこんなに見てくれる人が、愛してくれる人が当たり前のように居るこの日常が、私にはたまらなく幸せなのに。
どうしてみんな分かってくれないの。
みんな私を「かわいそうな子」にしたがるの!
私は幸せなのよ!!!
どうして!!
どうして――!!
「違うもん!!! 私は幸せなのよ!!!」
私は結局声を上げて泣いていしまった。
「私はパパに世界一幸せなパパになって欲しいの!! 私とパパは世界一幸せな親子なの!!」
「……玉枝」
結局その宣言は果たせなかったけど――私から見たら、いままでの生活は、すごく幸せだったんだよ。
その後、私は家族を世間の風当たりの強さから守るために、品行方正な優等生として振る舞うようになった。
私の周りの庶民たちは、秀でてる人間を嫌うみたいで、相変わらず友達は少なかった。
いいえ、私もアイツらと一緒だった――前世で花巻つぐみをいじめたのも、心のどこかで「私より彼女の方が幸せそう」だと負けを認めていたから――
それから数年、これといった問題もなく、穏やかな日々が過ぎていった。
その頃だった。タマエの生まれ変わりの広陵院エリコが火事で死ぬ夢を見るようになったのは。
当たり前に今の騒がしくも穏やかな生活を感謝するようになった頃、毎晩私の夢の中では火事が起きるようになった。
なんとか助けたいと考えたけど、入れ替わり以外は上手いアイディアが浮かばない。
だけど、成長とともにある程度世間の事が見えるようになって、今の現状では大企業の令嬢である広陵院エリコに接触するのは不可能に近いと悟った。
中学に上がると同時に進路希望は桃園に絞り、学業にスポーツに、必死に学校生活を送っていた。
パパにもっと美味しいものを食べて欲しくて調理部にも入ったけど、基本的には真面目に過ごしていた。
相変わらず友達は少なかった。
けど、なんとか桃園への推薦試験が通り、私は桃園への入学が決まった。
夢で見たけど、広陵院エリコが取り巻く環境は私の前世とはまるで違う。
まず、江介がやけどをせずに、広陵院の跡取りとして真面目に生きている。
驚くべきことに、エリコは花巻つぐみとも友人関係だった。
桐蔭聖とも――決して悪くない関係を築いている。
あのタマエだった彼女は――やっぱりなんでもできる。
本当は、私もあの人と再会したら、すぐにでもお礼が言いたい。
だけど、夢で見たエリコは頑固で、お人好しだから私が頼んだ所で、私の入れ替わりの計画が認められるとは思わなかった。
それに、気に入らない事は腕っ節の強さとチート能力にまかせて通してきた部分も多かったので、うまく伝えられるか分からない。
こうなったら、無理やりにでもいいから計画を実行させないと――。
もし――例えば、私が不幸な生活を送っていて「今すぐにでも入れ替わって欲しい」って思ってるフリをしたら、エリコも考えてくれるかな――
エリコの優しさを利用するようで悪いけど、やっぱりそれがベターだと思う。
学校でも一人で誰とも群れずに、つまんなそうに生きてるフリをすればいい。
誰の助けもいらない。一人でできる。
さみしくなんて――ない。
脳裏にパパの顔が過る。
いつも側に居てくれたパパの元を離れて他人になるのは辛いけど――それ以上に――。
私は一人でも平気なように音楽の流れるヘッドフォンを首にかけ、桃園に続く道を一歩一歩と踏み出した。