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悪役令嬢が転生したけど家族に愛されて幸せです!(前編)/玉ちゃん視点 

私は転生直前の一幕を含めた、前世全ての記憶を保ったまま中西玉枝として人生をやり直す事になった。


最初は、体を譲ったタマエに対して、「なぜ?」と分からずにいた。

この体は、言うことを聞かない人を見つめれば、嫌な夢や映像を頭に叩き込む事もできるし、将来気に食わない事があれば、夢で予知ができる。

そんな便利な能力があるのに、どうしてタマエは火事で死んじゃう広陵院江梨子になる事を選んだのか。


分からないまま、体もろくに動かせない赤ん坊として生活をしていた。


それからしばらくして、自分はおかしいと気がついた。

普通は赤ちゃんってすぐにお母さんに抱かれたりするものなのに、私にはお母さんらしき人が来ない。

いかにも貧乏人っぽい身なりのお父さんらしき男には数回抱っこされた。

あの汚い手で触らるのが嫌で、いっつもぐずって泣いた。

看護婦さんに抱っこされる事はあっても、ミルクはいつもひどく不味い粉ミルクだった。


ある日、いつも庶民らしくばっちい格好をしている男――タマエのお父さんだった人だ――が黒いネクタイにスーツを着ている。

洋服からはお線香の香りがした。


「玉枝。二人っきりで寂しいかもしれないけど……お父さん、頑張るから」


私の肌に、水滴が落ちる。この汚らしい男の涙だ。

ばっちいと思って拭おうと思ったんだけど、私がぐずってるのと勘違いしたらしくて、男はずっと「ごめん……」と繰り返していた。

私はその時に悟った。

母になる人は死んでしまったんだ、と。


それから数日、私は病院から犬小屋のように小さくて汚らしいアパートに移る事になった。


慣れない子育てに奔走する男を見て、一人でベビーベッドに寝そべる日々が続き、「タマエは私に嘘をついてたんだ」と思うようになった。

前の家とは180度違う生活。泣いたってあの男はオドオドするだけ。

広陵院江梨子としてもう一度人生を送る事は嫌だったけど、この生活も同じくらい地獄だと思った。


気づいたら、私はタマエと男が大っ嫌いになっていた。

再び死にゆく中で味わった絶望の淵に落とされ、私はぼうっと天井を見て一日を過ごしてばかり居た。


やっぱり――生まれ変わりなんて、したくなかった。

あのまま消えてなくなってしまいたかった。


「どうして泣かないんだよ――玉枝」


男に抱かれても、私は無気力のまま天井を眺めていた。

生きるために、最低限のミルクを飲むだけ。



その日も男は、家に帰ると私に話しかけたりしていた。だけど、私はそれを無視して天井を眺める。

生まれ変わりたくなんて、なかった。

あのまま消えてなくなりたかった。



眠りに落ちると、おかしな夢を見た。


寝室に置かれたベビーベッドから、家の中を眺めているだけの夢。

この犬小屋みたいな家に親戚が集まってきて、次々とあの男を責めるのだ。


「母親無しで育てるなんて無理だったんだ」

「玉枝ちゃんがかわいそう」

「玉枝ちゃんは病気かもしれないね」


好きなだけ自分の言いたいことだけ言った親戚達は、誰も「助けてあげる」「手伝おうか?」とも言わずに去って行き、あの男は困ったように笑っている。


そして夜中になると、震える手で写真立てを持ち、あの男は背中を震わせて嗚咽を漏らしていた。


「ごめんな……ごめんな」


と繰り返す。


タマエは「とっても楽しかったよ」って言ってた。

だから、もっとキラキラした人生を送れるんだと思ってた。

こんな人の嫌な所ばかり見せられる人生なんて、最低だと思った。

悔しくって、悲しくって、理不尽で、たまらなく苛立って、私は泣いてしまった。

泣いているうちに、夢から醒めたらしい。夢と現。その境界すら分からずに、私は泣いたままでいた。


「どうした玉枝~いい子だよ、いい子だよ~~」


男がベビーベッドに駆け寄って、私を抱き上げる。

泣いているのに、なぜかちょっと嬉しそうで「なんでよ!」と苛立ったけど、変な顔をしたりチューしたりしてご機嫌を取ろうとしている。

正直ベタベタっぷりにうんざりしたけど、夢のなかで見ためそめそしてるアイツを思い出したら、なんかちょっぴり同情した。

私もこの男も、今が辛くてしょうがない仲間みたいなものなんだと思う。

だって、私がこの人の立場なら面倒を見てくれる人無しに私を育てるとか、災難にも程があると思うし。


どうせ、こんな貧しい家じゃ泣いたところで何か望んだモノがもらえるとは思えない。

庶民っていうのはとにかく卑しくて、汚らしい生活をしているんだって、ずっと思っていた。

後から「それは全くの偏った意見」と気づいたけど、その時は前世の偏見をそのまま持ち続けていた。

今から考えると、前世の感覚というのは、新しい人生を生きる上では本当におぞましいモノだった。


「なあ、玉枝――父さんを困らせないように泣かないようにしてるのかい?」

「あーあう」


「違うわ、めんどくさいだけよ」と言おうと思っても、言葉が出てこない。不格好で情けなくてとにかく嫌になる。

私を抱いて揺すりながら、男は頼りなく微笑んだ。


「父さんは、玉枝のわがままならどんな事でも聞くよ」


コイツ、見た目は汚らしいけど、悪いヤツじゃないのかもしれない。

精々、言葉を喋れるようになったら精々馬車馬のように働かせてやるわ。



結局、私は歩けるようになって、喋れるようになっても男にわがままは言えなかった。

まず、この犬小屋みたいな部屋から引っ越して元のお屋敷で生活したかったし、コゲて不味いごはんを食べるのも嫌だった。

余りの不味さに食器を投げつけてやろうと思ったけど、前世の弟の事を思い出して踏みとどまった。

――これでも、悪い事をしたと思っていた。


2歳になった私は、口数も少なくて親戚から「何を考えているか分からない子」と評価された。


親戚の一人が「あの子は知恵遅れかもしれない」という噂するのを耳にしてから「冗談じゃない」と思って本ばかり読むようになっていた。

比較的難しい本を音読してパフォーマンスしてあげると、周りはすぐに手のひらを返して「あの子は天才かもしれない」と騒ぎ始めた。


前世は本なんて大嫌いだったんだけどなあ。

とはいえ、読書は暇つぶしには最適だった。


子供向けの絵本は退屈だった。だから、男の持っていた本も目を通したけど、難しくてすぐにやめた。

死んだ母が持っていた「形見」と呼ばれる本は料理のレシピばっかりだった。

本の写真は貧乏臭いけど彩りは豊かで、見ているだけで口の中によだれがたまる。

そして、今のマズくて仕方ないごはんを思い出して、ため息が漏れた。


この頃から、前世でいじめていた花巻つぐみの事を思い出すようになっていた。

私がアイツを嫌いだったのは、いっつもニコニコしてたから。

お金も持ってないくせに、楽しそうなのがシャクだった。――こっちはお金があっても全然楽しくないのに。

見るも耐えないような小さいお弁当を持って、校庭で友達と楽しげにランチを食べている姿は、いつも見ても妬ましかった。



母の本棚に「子供のお弁当」という本を見つけた。

それを見つけ、読んでいると不思議と涙が滲んだ。


前世の母がお弁当を作ってくれた事は一度もない。

それどころか、あの人は私が小さな頃から目すら合わせようとしなかった。

もっと私を見て欲しくて何度も癇癪を起こした。

わがままを言えばあの人は私を見てくれると思ったのに、メイド達は私を避けて、臆病な弟は体を縮めて震えてばかり。


――アンタ、なんで勝手に死んでんのよ。

こんな本残して「子供に作ってあげたかった」アピールなんてしてんじゃないわよ。

私にもお弁当を作ってよ。私の目を見て私をかわいがってよ。

貧乏なのは受け入れるから、私もあの花巻つぐみみたいに呑気にニコニコ笑って暮らしたかったのに――!


そう思うと、悔しくって泣けてきた。

悔しいだけじゃない。

前の人生がどうして上手くいかなかったのか、私はどうすればよかったのか、思えば思うほど涙が止まらなかった。


「えぐっ……」


色とりどりの写真にポタポタと涙が落ちる。


「玉枝?」


男が私に気づいて私を抱き上げる。

離せクソオヤジ、とは思った。でも、それ以上に「コイツはいっつも家に居るな」、と呆れてしまった。

当時は知らなかったけど、男は慣れない経理の仕事を在宅で受け持っていてたらしい。


「玉枝、こういうの食べたいの?」


そう言われても、私は答えなかった。



その日、男はいつもよりも長い時間キッチンに向かていた。


「ほーら、玉枝。ごはんだよ」


そう言って目の前に置かれたのは小さなお弁当箱。

蓋を開けると二段になっていて、一段目はごはん、二段目は色んな種類のおかずが並んでいる。


これがお弁当?

――正直、ちょっと感動した。


彩りはキレイだけど、やっぱり一部のおかずは焦げている。

ごはんには黄色のいり卵と、肉そぼろ、鮮やかなピンクのフワフワした物が敷かれている。

得体のしれない庶民の食べ物に恐れつつも、ピンクを一口食べてみる。

甘じょっぱくて……認めるのは悔しいけど、美味しかった。


「でんぶって言うんだよ」

()んぶ?」

「で・ん・ぶ。桜でんぶ」

「さくら()んぶ」


私は桜でんぶを聞き間違えたまま、夢中で平らげた。

後の部分もそうそう悪くなかったし、今日のおかずはお弁当効果か、いつもよりマシに見えて全て食べた。

……思えば、ごはんを全部食べるなんて初めてだったかもしれない。


「偉い! 偉いぞ玉枝!」


ごはんを食べただけなのに、その日は男にびっくりする程褒められた。

前世では、私がお金を持ってるからって持ち上げようとする人がいて、何かするごとに「流石です」と言われ続けた。

そういう評価が鬱陶しくて仕方なかったけど――こういうのは、悪くないかも。


それから、私はごはんを残さなくなったし、男の事を特別に「父」と呼んであげても良いとも思った。

だって――関わりが全くなくて、お金だけくれた前世の父よりも、よっぽど「お父さん」だと思ったから。

私は転生者で二度目の人生を送っている割に、ひどく単純だった。



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