(74)そして私は明日に踏み出す
外はすっかり暗くなっていた。
桐蔭くん、心配してるかなあ。
「あーあ、食べたかったな~、玉枝の特製ハンバーグ」
私は靴を履きながらニヤッと笑った。
「お願い……その話を蒸し返すのはもうやめて」
ドアに持たれてぐったりとした中西さんが頬を染めて言う。
あ、そうだ。「中西さん」って呼ぶの、もうやめたんだっけ。
自分で宣言した事なのに、参っちゃうなあ、もう。
「じゃあ、また学校で。玉・ちゃ・ん!」
「……うん、広陵院さん」
玉ちゃんの返事に、私は目を三角にして睨み上げた。
「エ・リ・コ!」
玉ちゃんは顔を真赤にして顔を逸らし、小さい声で「うん」とだけ言った。
「私を護摩行から助けてくれるのはいいけど、そっちの練習もしといてね!」
そう言って、私は一気に駆けていく。
途中、見覚えのある顔をしたおじさんとすれ違った。
仕事終わりのまま、顔もふかずに急いで家に帰るから、顔が真っ黒。
だけど――一刻も早く自分を待っているかわいい娘さんに会いたくってしょうがないんだと思う。
この人は、前世のお父さん――玉ちゃんのパパだ。
私は背中が遠ざかっていく彼に、何か言いかけて、やっぱりやめる事にした。
「家族のだんらんに水を差すのは――無粋よね」
「姉さん!!」
「リコちゃ~ん!」
外に出た瞬間、涙で顔をクシャクシャにしたつぐみとコースケが私に抱きついてきた。
「え、何? どうしたの二人!!」」
私はパニックになりかけた。
もしかして、ホームシックこじらせて幻覚が見えてるの?!
だって二人は私のチケットで水族館でデートしてたはずでしょ?!
「聖から聞いたんだよ!」
「どうして私に話してくれなかったの? とっても心配したんだよ!」
「大丈夫だった? 無事だった?」と矢継ぎ早に言うコースケと、「無事でよかったあ」と泣き声で言うつぐみ。
私は、視界がぼやけそうになるのを必死で抑えて、二人を一緒に頭をなでてあげる。
私まで泣いちゃったら――いけないわよね。
「もう、バカね――私が台無しにしちゃったじゃない」
2人から遅れて桐蔭君が私の方へと歩み寄る。
彼が視線で「どうだった?」と聞くと、私はニッと笑ってVサインを見せた。
「……そうか」
桐蔭くんは、本当に嬉しそうに笑ってくれて、私も心の中が満たされるような優しい感覚に包まれるのが分かった。
帰りの電車。寝てしまったつぐみと、遠くで窓を見ている桐蔭くんを見て、私は隣に座る双子の弟にそっと話しかける。
駅前のお好み焼き屋さんに寄ってごはんを食べている時に、事情は聞かせてもらった。
コースケも裏で色々頑張ってくれたなんて、知らなかった。
それに、そよちゃんも――桐蔭くんも。
そっか、桐蔭くんも少し私の事情を知ってたんだね。
詳しく聞こうとはしなかったけど――。
「……ありがとね、コースケ」
「これに懲りたら二度と僕をウジ虫とか童ナントカとか言わないでよね」
コースケは涼しい顔でメガネを上げる。
さっきは顔をクシャクシャにして泣いてたのに。
まだまだ姉離れは無理そうかしら。
私は桐蔭くんの様子をチラっと盗み見てから、コースケにそっと耳打ちする。
「ねえ、コースケ」
「え、何?!」
「私、護摩行エンドから無事生き残ったら――桐蔭くんに告白しようと思うの」
「やめなよ。そういうの死亡フラグって言うんだよ」
「……そうかもね」
チート能力まで持ってる誰よりも心強い味方もできたワケだし、きっと――大丈夫よね。
確かに不安は無いって言ったら嘘じゃないけど、今はそれよりも優しい気持ちで心が次々と溢れだして、すごく幸せなのに――ホントを言うと、なぜかちょっぴり泣きたくなった。
~月曜日~
「おはよ、玉ちゃん」
「おはよー、中西さん」
いつものようにつぐみと登校していると、廊下で花瓶を持った中西さん改め玉ちゃんとすれ違う。
「ふえ?! あ、ああああっと」
玉ちゃんは驚いて花瓶を落としかけるけど、慌ててキャチして、ホッとさせてコホンと咳払いをする。
「おはよう……花巻さん……それに……え、エリコ」
彼女は頬を染めて、目を逸らしながら小声で言う。
私とつぐみは顔を見合わせてクスクスと笑いあった。
「ああ、やっと見つけた――」
その時。
隣のクラスから何か声がした。
男子の……声よね?
まだ朝も早いので、あまり人は来ていないはずなんだけど――
私達はそっと引き戸を開けてのぞき見する。
倉敷くんだ。
腰パンでチャラチャラしてるけど、マラソン大会で桐蔭くんと互角以上の実力を見せた、あの倉敷くん。
で――彼が手を握っているのは――畝ちん?!
農家の娘だけどお嬢様キャラの畝ちんだ!
「ああ、会いたかった。会いたかったよ江梨子!」
まるで演劇部のお芝居さながらのオーバーな身振り手振りで倉敷くんは言う。
「あの火事では君を助けられなかった。君に再び出会うために、僕は二度目の人生を送っている! 君は――こんな所に居たんだね!」
その様子に、畝ちんはおもいっきりポカンとしていた。
「あの~」
そして考えた挙句に、とても言いづらそうに首を傾げた。
「おもいっきり人違いですわよね?」
「そんな事ないさ……君も俺の事を、少し位は意識してるだろ? 江梨子。前世の縁というヤツで」
「いえ……というか――」
畝ちんはこれまた言いづらそうに続ける。
「どなたですの?」
倉敷くんが言ってる”江梨子”って――もしかしなくても――
私は背後から異様なオーラを感じ、恐る恐る玉ちゃんの方へと振り返る。
「フンッ」
玉ちゃんはいかにも不機嫌ですという顔でドスドスと水道に向かって歩いて行く。
「あんなんじゃ一生パパに敵わないわ! 最っ低!!! アイツ! ホンっと! 最低!!」
私はぽかんと口を開けてその後ろ姿を見送っていた。
「倉敷くんも……疎いのね」
私はしみじみと噛みしめるように言った。
「大丈夫だよ。高校生活はまだ始まったばかりなんだし」
つぐみは笑顔で言う。
控えめに言っても天使だった。
あーん、やっぱりつぐみはナンバーワンね!
だけど、つぐみは……私の護摩行回避のために、本格的にダイエットして貰わないと。
私は言いづらい事だけど、彼女にダイエットをお願いする事を心に決めた。