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(7)中庭の誓いと栗大福

人垣から離れきってお屋敷の廊下を通り、中庭まで逃げると、女の子は、わぁっと声をあげて泣いてしまった。


「ご、ごめんなさい。私、何か変なこと言った?」


女の子は泣きながら、顔をふるふると横に振っている。

だけど、彼女は目を真っ赤にして顔を覆ってまた泣いてしまった。

私は背中を抱え、ぽんぽんと撫でてあげる。


「ごめんね、本当にごめん。怖い思いさせちゃったんだよね? 悪気はなかったの――」


ヒクッヒクッとしゃくり上げながら、女の子はまたポロポロと涙を流す。

私はポシェットからハンカチを取り出し、彼女の涙を吹いた。


「あのっ、ひくっ、ありがとう……うぅ……ございますっ……」

「へ」

「お菓子っ、お母さんがっお仕事の……あいまに……作ってくれたんだけどっ……みんなっ、よろこんでっ……くれなくて……っ」


なんですってーーーー!

私はとてつもない衝撃を受けた。


あああ、あの栗大福って……こここ、この子のお母さんの手作りだったのね。

あんな素晴らしい食べ物を手作りするなんて、恐るべし家庭力。


「あんな、貧乏っ……くさいもの……だれがっ……たべる……ものですかっ……て……怒られてっ……ふみ……つぶされて」


えええええーーー! そんな、ひどい、ひどすぎる!!

どの子がそんな事したんだかわからないけど、こんな美味しいものを粗末にするなんてバチが当たっちゃうわよ~。

それに、3秒以内に見つけたら私、食べたのに! 

例え乙女ゲーの世界でも、3秒ルールは適用されるわよね?

も、もちろんお母様には内緒で食べるからオッケーよね?


「だけど……」


ひくっひくっとしゃくり上げた後、女の子はじっと私を見る。

透けるように白い肌。肩までのクリーム色の髪。腫れちゃってるけど、目はくるみみたいにまんまるで、とてつもなく可愛い。

あれ、もしかしてこの子、コースケより可愛いんじゃないかしら?

そうなると、コースケはナンバー2。そして私は自動的に3位転落ね。


「ありがとう、ございます……」

「へ?」

「お母さんのっ、お菓子……美味しいって、食べ……てくれて」


しゃくりあげながら話す女の子の瞳から、またポロポロと涙があふれだす。


「そんなとんでもない! 私、あの栗大福が今日で一番美味しかったわ」


そう言って女の子の背中をポンポンと撫でてあげる。

あれ? もしかしてこの子とお友達になったら――またこの栗大福を食べれる?

親友になったら――ずっと栗大福を食べてられる?

いやだ、私って天才なんじゃないかしら?


いえいえ、そんなダメよ。打算と下心だけでお友達になろうなんて、そんなのダメに決まってる!


私の中の天使がそれを止めた。


「ねえ、私と友達にならない?」


――と、思ったけど本能によって一瞬で消し飛ばされた。


「――え」


女の子は私を見てポカンと目を見開いている。


「だけど……私、おかねもちじゃないし、みんながきらいな”しょみん”だよ?」

「そんなの関係ないわ! 私、あなたの事が大好きなっちゃったの!」


すいません、正確には「あなたのお母様の作った栗大福」に惚れました!


「私、広陵院エリコ。あなたの名前を教えてくれない?」

「わたしは――」


その時


「お姉ちゃんー」


コースケだ。探しに来てくれたらしい。

それにしても、どうして着衣が乱れてるのかしら?


「はぁ、はぁ、見つけるのが大変だったよ。大丈夫だった?」


コースケは目が真っ赤の女の子の手を取って、立ち上がるのを手伝わせてあげた。

紳士ね。姉として鼻が高いわ。



私達は、中庭に設置されたベンチに腰掛け、コースケが持ってきてくれた栗大福を食べた。

秋風が気持ちいい。

私達を陽の光から守る大きな木も、綺麗なオレンジに染まっていた。


「ホント凄いわね~。こんな美味しい栗大福を手作りできるなんて」

「そ、そんな事ないよ」


女の子は照れて顔を真っ赤にしている。

私は確信した。やっぱりこの子――すっごくすっごくかわいい!!


「コースケも思わない? ホントに美味しいわ~」

「ホントだね、誰かさんが割った焼き芋の次においしい」


やだ、コースケ。それってまさかこの間の焼き芋8:2事件の事を言っているの? 

なんだか照れちゃうわね~。


「なんか、こうして3人で居ると落ち着くわね」


この女の子と居ると、なぜか落ち着く。なんだか、ずっと昔から知り合いだったような気がする。

だけど女の子はずっと肩身が狭そうにきゅっと体を縮めて緊張した素振りを見せていた。


この子って庶民の生まれなのよね?

だったら、後で私達の身分を知ったら気が引けちゃってるのかしら。


でも、思う。こんなふうに、ずっと3人で居ることができたら、とっても幸せなんじゃないかって。

私も前世では一応幼なじみ的な子は居たけど、いつの間に遊ばなくなっちゃったし。

その子、最終的には知らない間に結婚してて、再会した時はお腹を大きくしていたわ。

その時、とてつもなく寂しかったこと、今でも覚えている。


ふと、この女の子とも、そんな風になっちゃったら寂しいな、って思った。

ううん、すっごく嫌!


どうすればこの子とお友達でいられるかしら。



頭の上で紅葉した木――桃の木だ――がさらさらと揺れている。


そこで私は、名案を思いついた。


よーし。


「ねえ、私達3人で親友の誓いをしない?」


いきなり立ち上がった私を見て、2人がポカンとした顔をする。


「”桃園の誓い”って知らない? 三国志の強い人が3人集まって”なんだかんだな世の中だけど僕達が人を助けます”っていう誓いをするの」

「お姉ちゃん、その説明はあんまりだよ」


すかさず言うコースケ。


「いいの! とにかく、私達はずーっと親友ですっていう誓いをするの。コースケは嫌?」

「ぼ……お、俺は別にいいけど」


何よ、急に「俺」とか色気づいちゃって。


「あなたは嫌だったらちゃんと言うのよ?」

「え、そんな……うれしい、です」


女の子も顔を真っ赤にして俯いている。


「いいのよ、もっと堂々として。これから私達は親友なんだし!」


そして、私は堂々と栗大福を空に掲げる。


「我ら3人、生まれた日も身分も違うけどずっと親友です! 正義を貫いてご飯は残さず食べます!」

「お姉ちゃん、俺達は生まれた日も身分も一緒だよ」

「いいのよ、コースケ。こういうのはノリよ、ノリ。じゃあ一人ひとり名前を言うわよ、いいわね」


3人で大福を掲げる。

最初は戸惑いがちだたったけど、他の2人も何だかノッてきてるみたい。

やっぱり子供だもの、こういうノリって好きなのよね。

私が一番ノリノリなのが気になる所なんだけど。


「広陵院エリコ!」

「広陵院コースケ」

「……花巻つぐみ」


最後に言った女の子の名前を聞いて、私の顔からみるみる血の気が失せる。


は、花巻つぐみ、ですって?

聞き間違いじゃないわよね?


「へえ……あなた、つぐみちゃんって言うの」

「うんっ」


つぐみちゃんは余りに眩しい笑顔を私に向けた。

ううっ、やっぱりこの子、すっごくかわいい!


「つぐみって呼んでもいいかしら?」


ヤバイ、とジレンマを起こしながらも言ってしまう。

血の気の引いた顔に脂汗が浮かんだ。

だって――

花巻つぐみって、『花カン』の主人公じゃない!!!!!


「うんっ、じゃあエリコちゃんの事、リコちゃんって呼んでもいい?」


ふんわりとした声。肌寒くなった空気に温かい春風が染みこむような感覚。

胸がじんわりと暖かくなる。


「すっごくステキ! 嬉しいわ! ぜひ呼んで!!」


そう反応した時点で、私はすべてを悟った。

もう――手遅れなんだって。


だって、守ってあげたいじゃない。こんなキラキラした笑顔。

こんなに可愛く笑ってくれるのよ? 離れるのはもう辛いの。ずっと傍にいたいわ。

この子は私が守るの。この笑顔は私が絶対に守る。


この子は、花巻つぐみは私の大親友なんだから!!!




こうして、私は「乙女ゲーの主人公と関わらない!」と決めた翌日に、主人公とまさかの「大親友の誓い」を結んでしまったのでした。



そうそう、あの栗大福はぜんぶ我が家に持ち帰ったわよ。

栗原さん達にあげたら例のごとく泣かれたわ。


もちろん、お母様には睨まれたけど、東出さんがうまくフォローしてくれて事なきを得たわ。

東出さんって凄い頼りになる! 本人に伝えたら相変わらず嬉しそうにニコニコしてくれた。私はやっぱり東出さんの事も大好きだって改めて確信したわ。



さて、今からは「私の将来プラン」をイチから建てなおさないと!



それにしても……誓いの桃の木から視線を感じたのは気のせいよね?

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