(73)彼女と選んだスタンド・バイ・ミー 6
「で、でも――貴女! 大丈夫なの、その光――」
体は動かなくなっても、なぜか口は動いた。
江梨子の体から白い光が生まれ、肌を、髪を包むようにしてボロボロと砂糖菓子のように崩れている。
これ、この間の夢で見たのと同じ!
「っ!! また――」
江梨子はホロホロと崩れゆく顔に手をやる。
速度を早めてと飛ぼうとするけど、崩壊は止まらない。
まるで、光が墨を払うかのように、光が晴れた場所から、別の姿が現れ始めている。
下から上へと身にまとっていたワンピースは黒から白へと変わり、長かった髪は崩れる度になくなっている。
「っ! ダメ! 今はダメなの!! ――今はまだっ!!!」
江梨子は両手で光を放つ顔を抑える。
ここで私はようやく理解した。
「――中西さん!!」
江梨子が両手を下ろすと、真っ赤な目で泣きはらした顔をした中西さんがそこに居た。
きっと――こんなのは憶測だけど。
もう既に、中西さんは江梨子の魂から形を変えていたんじゃないかと思う。
体が器で、魂が熱く溶かした飴なら、年月が経つにつれて形が変わったって何らおかしくないわ。
もう十何年も暮らしてきたんだから、魂だって体に馴染んで合わせて変わってくるんじゃないかしら。
夢のなかの江梨子が表情に乏しくて、やけに恐ろしかったのは、単に演技していたからだけじゃない。
もう既に、中西さんの本来の魂の姿とは違っていて、形の合わない魂を動かすのにも難儀したからなんだわ――きっと。
「多分、入れ替わるのはもう無理よ――」
中西さんは手を握ったり離したりしながら自分の姿を確認し、目を大きく見開いて、ドサっと崩れ落ちた。
そして、彼女は大きな声で泣き声をあげる。
「どうして!! もう少しだったのに!! どうやって貴女にお礼をすればいいの? あの時もらった、この体のお礼は、どうすれば!」
能面のうように表情を変えない江梨子とは正反対に、中西さんは涙を散らしながら、必死に泣き続ける。
「私はこのままじゃ何にもできない!! 貴女が死んじゃうかもしれないのに!! 私だけ幸せになんてなれないよ、嫌だよ!! 貴女が死んじゃうの絶対に……嫌ぁあ!」
まるで子供のほしいものが手に入らないかのように、中西さんは首を振ってイヤイヤと拒絶をする。
この女の子は、自分の人生を諦めてまで、私に自分の体をたくそうとしてくれた――
私は手を伸ばし、中西さんの体を抱き起こす。
「ねえ――私はあなたの犠牲なんていらないわ」
「でも! でもぉ……ダメだよぉ……貴女が死んじゃうなんて、嫌だよ!!」
唸るように泣き続ける彼女を、私はできるだけ壊さないようにして抱きしめてあげた。
「泣かないで」
片手で手を握る。
「私達、お友達になりましょう」
空いた手で、涙を拭ってあげる。
その時、真っ暗だった闇が晴れて、景色が雲一つない蒼穹の、どこまでも透き通った水面に変わる。
鏡のような水面に映った私の姿は、紛れも無くいつもの私、広陵院エリコだった。
「それで、もし嫌じゃなかったら、その”未来”ってのをどうにかする方法を――一緒に考えて」
中西さんは首だけ動かして、私とじっと目を合わせ――ゆっくりとその目を驚きで見開く。
「――一瞬だけ――火が――消えた。ずっと貴女は火に包まれてたはずなのに――」
彼女は強く強く手を握り返した。
「ホントに?! じゃあ、未来が変わったの?!」
中西さんは残念そうに首を左右に振る。
「もう、火は戻ってる――だけど」
中西さんは手を解き、私の顔にペタペタと手で触れる。
「私の力で貴女を助けられるなら――いくらでも力を貸すわ。だから、絶対に――死んじゃったりしないで」
そこで私は夢から醒めた。