(69)彼女と選んだスタンド・バイ・ミー 2
「私達からも質問していいですか?!」
女の子たちは真剣な眼差しで私達を見る。
「失礼ですが、やっぱりおふたりは、広陵院エリコさんと桐蔭聖さん――」
お、おふたり?!
なんていうか、やっぱりこういう扱いってちょっと慣れないんだけど――。
「なぜその情報を得ている。金銭で個人情報を取引する情報屋がむぐっ」
桐蔭くんが余計な事を言い出したので口をふさぎながら、私はウンウンと頷く。
「そうよ。私が広陵院エリコで、この人が桐蔭聖」
桐蔭くんは「人の個人情報を勝手に漏らすな!」的な文句をむぐむぐ言っている。
ハイハイ、アンタの見た目はこの国でスパイごっこするには徹底的に不利なのよ!
女の子達は一層目を輝かせて「聞いた?!」とか「本物だ!!」とか言ってる。
いや、だから私達、芸能人じゃないんだから……。
「あの……おふたりは中西センパイと仲が良いんですか?」
そのうちの一人が前に出て、不安げな顔をして聞いた。
何か言おうとした桐蔭くんを制して、私は少し背の低いその子に目線を合わせて頬を緩める。
「仲良しよ。私の大切なお友達」
それを最後に、私達は女の子達と別れた。
「嘘……ついてよかったのか?」
ボソリと言う桐蔭くんに私はゆっくりと首を振る。
「これから友達になるからいいのよ。事後報告ならぬ、事前宣告ってヤツ? とにかく、細かいことは気にしちゃだめ」
「……そうか」
それだけ言って、桐蔭くんはちょっとだけうれしそうに頬を緩ませていた。
次は職員室だ。扉を開けて名前と用件を伝えると応接室に案内され、「少しお待ち下さい」と言われた。
自分の出身校だと思うと、ちょっとヘンな感じ。
応接室なのに、置き場に困ったダンボールと教材が置かれていて、間仕切りも薄く安っぽい。まるで秘密基地みたいだった。
ここ、こっそり忍びこんでソファで漫画を読んだりしてたなあ。
――前世の私は「中西センパイ」とは180度違った悪ガキだった。
中西さんも私と同じ二度目の人生なのに、食べてばっかりだった自分の人生とくらべてえらい違いだと思う。
立派だったんだなあ。
前世、気が狂って「全部が自分のもの」と炎の中で死んだ彼女に、どんな心境の変化があったのかしら。
どうしてこの学校で後輩達にあんな熱心な目で語られてしまうような立派な人物になったのか、私にはとてもじゃないけど想像もつかない。
私は今朝一番で学校に連絡を取り、ある先生とお話ができないかアポを取った。
宿直の先生だと思うんだけど、電話を取った人が渋るから、お父さまの名前を出したりもした。緊急事態だから仕方ないわ。
ノックの後に引き戸が開かれる。数学の桧山先生だ。
前世の私の数学の先生。宿題を忘れた私に罰としてプリンを没収した、あの憎き数学教師。
「本当はこういう事、外部には漏らしちゃいけないんですが――いかんせん、あの子の事となると、どうしてもね」
桧山先生はやれやれという様子でどっしりとソファに腰を降ろした。
そして、私達を見据え、頭が痛そうな様子でこう尋ねる。
「桃園で、中西と同じクラスなんですよね」
「……はい」
「中西、問題を起こしたんじゃないですか?」
「え……そんなことは」
「いいんですよ、あの子はあなた達みたいな良い暮らしをしてる方がたから見れば変にも映るでしょう」
先生、何もそんな言い方する事はないでしょう――。
「ですが中西は誤解されやすい子なんですよ」
先生はソファに深く座り直し、開いた脚の間に組んだ手を落とした。
昔を懐かしむような顔で少し微笑んだ。
「今時めずらしい不言実行タイプで。最初は友達もびっくりする程できなくて、悪い生徒に都合よく使われたりもしましたよ。ですが――」
先生はジャージのポケットから一枚の写真を取り出した。
「2年4組優勝おめでとう」という横断幕を掲げ、優勝旗を持つ中西さんを中心に、生徒たちがみんな笑顔でブイサインをしたり抱きつきあったりしている。
「ウチのクラスの体育祭の写真です」
「中西さん、運動神経いいですもんね」
「それに、ほんっとうにアイツは努力家なんですよ。それに、諦めがひどく悪いし、我慢という我慢はアイツが一手に引き受けようとする。今日日、体育祭なんかじゃクラスが一つになったりしないでしょ? だけど、アイツや彼らは奇跡を起こしたんですよ。そりゃあクラスにまとまりが見えるまでは目を覆いたくなるような酷い修羅場でしたけどね。男子と取っ組み合いのケンカまでしたんですよ、中西のヤツ」
その”奇跡”の全貌というのは分からなくっても、中西さんがどれだけ頑張ってきたかといかというのはひしひしと伝わってきた。
そして、どうして中西さんが桃園に来て、夢のなかで「私の体が欲しい」なんて言ったのかも、ちょっとだけ、分かった気がする。
――きっと、中西さんは、「引き受ける」つもりだったんだと思う。
「だから……その、あんまり悪くしないでやってくれないかな? ……って俺が言うのもヘンだけど。今日も損を引き受けてるのかと思うと居てもたってもいられなくてさ」
少しばつの悪そうに頬を掻く桧山先生を見て、私はニカッと笑う。
これが笑わずに居られるかと思うあまり、歯を見せて「全くお金持ちらしくない」下品な笑い方になってしまった。
「もちろんです。私はあの子と友達になるためにこの町に足を運びました」
「っ」
先生は少し驚いた顔をした後に、愉快そうに笑い声をあげる。
「キミはちょっとだけ中西に似てるね」
桧山先生にとって、中西さんはとても印象に残る生徒だったんだと思う。
私が生きていた世界の桧山先生も、こんな風に私の事覚えててくれたのかな?
だったら――少し嬉しいな。