(68)彼女と選んだスタンド・バイ・ミー 1
「おはよ、桐蔭くん」
朝の少し早い時間。
まだ朝日が登りかけているうちに、私は家を出て桐蔭くんと落ち合った。
私はあの手このテ使ってお屋敷を抜けだしている。
桐蔭くんとは昨日のうちに連絡をして、駅前で待ち合わせする事にしていた。
「水族館は行けなくなっちゃった。だけど、遠くに行きたい。一緒に行ってくれる?」
そう聞いたら、彼は快くOKしてくれた。
彼の優しさを利用している気もして悪い気はしたけど、それでも嬉しかった。
一人で行く事も考えたんだけど――やっぱり、それはちょっと怖かった。
彼はいつものママチャリのハンドルを持ったまま、軽く片手を挙げる。
「それで、どこに行けばいいんだ」
「自転車だと疲れる所かしら」
とりあえず駐輪場でママチャリを置くと、2人で改札を通って電車に乗り込んだ。
私達2人ともICカードは持っていない。なので、切符にした。
そういえば今世ってリムジンが多いから電車は滅多に乗らないのよね。
流石に私は乗ったことはあるけど、コースケは微妙そうだわ。
休日っていうのもあるけど、まだ席にはちらほらとしか人が居ない。
私が角の席で、その隣が桐蔭くん。
電車だから仕方ないけど、桐蔭くんと密着してる。
横を向いたらすぐ上に桐蔭くんの顔!
昨日のおでこのアレを思い出して、私は顔から煙が吹き出す程真っ赤になった。
なな、何これ――すごいドキドキするんですけど!!
すーはーと息を整えつつ、自然体を装ったりもするんだけど、やっぱりドキドキは収まらない。
「? どうしたエリコ、調子が悪いのか?」
「そそそ、そんな事ないわ!」
その様子に気づいた桐蔭くんに、慌てて私は取り繕う。
こういうやり取りが数回続いた。
こうして私は、自分が「最初に」生まれた町に着いた。
電車を数回乗り継いで、行きたかった町に着いた。
私は急ぎ足で目当ての場所へ向かう。
「ここは……」
桐蔭くんが顔を上げて小さく言った。
「見ての通り、学校よ」
「……日本の庶民はこんな所に通っているのか?!」
「そうよ、何か悪い」
「……刑務所みたいだな」
学校が分からない?!
桐蔭くん、テレビとか見ないのかしら。
いえ、どう見ても見ない派だわ、この人。
改めて思うけど、どんな教育してんのよ桐蔭家は。
「……誰の学校だ」
「中西さんの出身校よ」
「……そうか」
それと、前世の私の中学校。
桐蔭くんにも言えたら楽なんだろうけど、そんな事言ったらきっと驚いちゃうだろうし――。
ワケわかんな事言う電波女とか思われたら、昨日のだって――――
ヤメヤメ! 昨日の事を思い出すのはナシ!!
でも、桐蔭くんはそれ以上何も聞いてくる事はなかった。
だけど昨日のよくわからない雰囲気は無い。
なんていうか、ふっきれたみたいな感じがして、私はますます不思議だった。
この学校は私と中西さんが夢で落ち合う場所でもある。
昨日の駄菓子屋も、この近くにあるの。
私達は桃園の制服を着たまま学校に踏み込んだ。
「ねえ、あれってひょっとして」
「そうだよね、”マロン・マージュ”だよね」
部活の練習をしていた女の子達が私達をキラキラとした目で見て、ひそひそと話しをしている。
え~、私達って一般中学生にも有名なの?!
「どうしよう、声掛ける?」
「やだー、緊張しちゃうよ~」
女の子達は私達をチラチラと目線に入れながら言う。
あれ、も、もしかして、私達ってこの子達に憧れられてる……?
中身はガッカリ変人大会なのに?
どうしよう。な、なんか、こっちが緊張してきたわ。
「どうしたエリコ。手と足が一緒に出てるぞ」
「いいいい、いいのよ! そういうのは!」
すいません、私、中身はド庶民で◯覇と創味シャ◯タンの味の違いも分からないんです!
「ねえ、今エリコって――じゃあやっぱりあの人達、広陵院エリコ様と桐蔭聖様?!」
「キャ~~~~本当に付き合ってるんだ~!」
すいません、期待を持たせて悪いけど本当は付き合っていません。
「ね、マロン・マージュ、もしかしたら中西センパイと知り合いかも!」
「え~、流石にセンパイでもマロン・マージュは無理なんじゃないかなあ」
「でも、中西センパイみたいな超スペック人間なら流石に――って――」
気になる言葉に私は振り向くき、慌てて女の子達に駆け寄った。
「あの、あなた達」
私が声をかけると、女の子達はビクビクとあからさまに怯えながら次々に頭を下げる。
何も悪いことしてないのに?
ってええーー?!
もしかして、私達が桃園だからって、怖がってるの?!
違うわよ。私達だってあなた達とおんなじ人間だし、こと私に関しては毎月貯金もしてるからお小遣いのやりくりに困ってハンバーガー屋でメニューひとつ選ぶのに四苦八苦してるわよ?!
「あ、あの……す、すいません!」
「ごめんなさい……あ、あ、あの……桃園に……憧れてて……つい、ジロジロ見ちゃって」
私はどんな顔をしたらいいか悩みつつも、一度咳払いをして女の子達と視線を合わせる。
あどけない「子供」って感じが少し抜けた、真面目そうな子達。
見た感じ、2年生位かしら。
「いいのよ、気にしてないわ」
私はニコっと笑って見せた。
「お姉さんぶってる」ってこんな感じかしら。おばさん臭くないかしら。
女の子達は顔を見合わせて驚いている。
あ、やっぱり「広陵院エリコっておばさん臭いね」って思われてるのかしら。
悲しいけどしょうがないわね。
「あの、みんなに聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」
なるべく柔らかく聞こえるように気をつけて言う。
そのせいか、最初のビクビクした様子は取れて――例えるなら尊敬している先生を相手にするみたいな様子で「なんでしょう!」「私達に答えられる事なら」「お力になれるなら」とか言っている。今にも五体投地しそうな勢いで!
なにこれ。
私――尊敬されてる?!
どうしよう、普段コースケ達に散々バカにされてるせいか、こういうのって居心地が悪いわ……。
と、とりあえず粗相の無いように落ち着いて話さないと。
「この学校に居た中西玉枝さんって知ってるかしら?」
中西さんの名前を聞いた途端に、女の子達の顔に赤みがさし、目がキラキラと輝きを増す。
一言で言うなら、パアッと明るくなった。って感じ。
予想外の反応に、私は桐蔭くんの顔を見る。
桐蔭くんも驚いているみたいで、眉を寄せていた。
「中西センパイですね!」
「すっごく尊敬してます!」
「私センパイが大好きで大好きで……学校で会えなくなってすっごく辛くて――」
「わ、わたしは! センパイにもう一度会いたくて桃園目指してます! ……ビンボーなので学業推薦ですが」
女の子達は口々に中西さんの事を語る。
なんなの?!
中西玉枝はこの子達の神なの?!
人気者飛び越して神なの?!
私と桐蔭くんはもう一度顔を見合わせた。
流石の桐蔭くんも今度ばかりは驚いて口をポカンとあけている。
ななな、何なのよ、その評価。
学園で毎日退屈そうに机に突っ伏してたり、夢でキレてきたりする中西さんとは同一人物には到底見えないんだけど――。
でも、心のどこかで納得が行く。
中西さんは、やっぱり――
「あ、ありがとう。中西さんは皆と同じ部活だったの?」
女の子達は顔を見合わせながら首をかしげる。
「センパイは大体の部活の助っ人をしてたんです」
「だけど、センパイって本当は調理部だったんですよ~」
中西さんが調理部?!
な、なんかイコールで結びつかないような――。
だってあの子って元・広陵院江梨子なワケで――。
いえ、江梨子だからって差別はいけないわよ。
元庶民の私だってこうしてお嬢様してるワケだし。
でも、やっぱり江梨子が……調理部??
うーん……申し訳ないけど想像ができないわ。