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(66)姉弟と薄焼きオムライス

私達は病院から歩いてすぐの裏路地にある喫茶店に入った。


「お待たせしました、オムライスです」


おばあさんがテーブルに3つのオムライスを置く。

私とコースケ、東出さんの分だ。


赤いギンガムチェックのテーブルクロスに、オムライス。

最高の絶景よ。


卵は本当に薄焼きで、ツヤツヤの黄色の島と皿の海の間に橋をかけるようにケチャップがたっぷりとかかっている。


「うわあ、薄焼き卵だあ!」


私は声をあげて驚き、色んな角度からオムライスを眺めてしまった。

こんもりと島型に盛られたごはんを、黄色い薄焼き卵が包み込んでいる。

ここは天国?! いえ、天国以外の何でもないわ。


私は完成された芸術を崩す罪悪感を覚えながらケチャップのかかっていない黄色の端の部分にスプーンを入れる。

グリーンピース入りのケチャップライスが姿をのぞかせた。


すす、素晴らしいわ!!

グリーンピース入りだなんて分かってるじゃないの!

昇天しちゃいそう。

私の心がすべて見透かされてるんじゃないか動揺を覚えるレベルね。


やっぱりここは天国じゃないかしら!


こんなオムライス、前世ぶりじゃない。

久しぶり過ぎて涙があふれそうになるのを我慢する。

卵とお米、そしてケチャップを配分に気をつけてスプーンですくう。

ここでミスすると後半ケチャップが切れちゃうのよね。

追加でケチャップをかけられないお店のオムライスは真剣勝負よ!


ケチャップの量に気をつけながら、いざ口に運ぶ。


「お、おいし~~~!」


ごはん、卵、ケチャップの三位一体!

そうよ、本来のオムライスはこういう風に卵が出しゃばらないのよ!

それでも薄焼き卵の風味がふうって鼻を抜けて……最高においしいのよ。


本当にほっぺたがとろけそうになった。

幸せで心が満たされる。

今なら辛いこと、悲しい事全部忘れちゃいそう。


私が護摩行エンドで死んじゃうかもしれなくても、体を中西さんに渡さなくちゃいけなくっても――


あれ?


今、大事な事に気がついたような――。


ここで、私はコースケのスプーンが進んでない事に気がついた。


「どうしたの、コースケ」

「……」


コースケは目線だけこちらを向けて、深い溜息をつき、ちらりと東出さんの姿を盗み見た。

東出さんはスプーンを止め、こちらへ向いてニッコリとほほえむ。


「あら、お電話のようですわ。百合子さんかしら」


東出さんはそう言って席を立ってどこかへ行ってしまった。

東出さんの後ろ姿を見送り、コースケは小さく息を吐き、観念したかのようにつとつとと語り始める。


「姉さんの護摩行エンドを回避するのに――僕はつーちゃんを諦めなきゃいけない」


私はスプーンを運ぶ手を止めた。


「ちょ、それどういうこと?!」

「……と、思う」


コースケは付け足した後にがっくりとうなだれる。


「多分、護摩行イベントが起こるのは『江介ルート』だ。そうじゃないと姉さんが中西に言われた事には説明がつかない」


私はコースケから彼の考えたその根拠を聞かされる。

ゲームで江梨子・江介・つぐみの3人が密接に絡むのは江介とつぐみが「くっつく」時。

つまり、『江介くんルート』。

つぐみが別の子と恋愛をすれば、『江介くんルート』に入る事は無く、護摩行エンドなしで無事に乙女ゲー期間を無事に終える事ができる――


「そ、そんなの――」

「僕は嫌だ。姉さんを失うなら、自分の気持ちを抑えた方がマシだ」

「私は納得行かないわ」


そうよ、納得行かない。


「誰かが犠牲になった上で成り立つ幸せなんて、私はゴメンよ!」


そう、犠牲。

身内を思うのは結構だけど、そんな遠慮されて

自分の幸せは自分で切り開くわ!!

例えこの身が自分の物じゃなくなったとしても――

それだって、どうにかして私は――


犠牲。


犠牲?


その言葉に夢の風景がちらつく。

懐かしい前世の教室に、一人で佇む少女の姿。

ヘッドフォンを首にかけた、ショートカットの女の子。

もしかして――

あの子も――――



「それにコースケ。あんた、ごはん残してるでしょう」

「……いらない。食欲が無い」

「じゃあ食欲が出るよう運動してきなさい! これ、あげるから。つぐみにこれ渡してきなさいよ」


私は通学カバンから2枚のチケットを取り出してコースケに握らせる。


「な、これ水族館の――!」

「そうよ。女の子が好きな男の子と行きたいデートスポット常に上位ランクインの水族館様! 覇王・水族館様よ!」

「覇王はディズニ」

「だまらっしゃい! とにかく、水族館デートは鉄板だから」


コースケは目を見開いて私を見る。


そう、これは桐蔭くんと約束していた水族館のチケット。

確かに楽しみで楽しみで全身の毛が抜けるかと思うほど楽しみだったデートだけど!

だけど――これはコースケとつぐみに行って貰わないとダメ。絶対にダメ!

こういう事がなければ――コースケ、絶対につぐみと仲直りしないわ!


「いいの!! これはアンタ達の物なの!! 畝ちんには私から謝っておくから。とにかく、これを渡すまでは私はアンタと口聞かないから!」

「そんな! だって僕は姉さんを思って」

「早くしないとつぐみ、寝ちゃうわよ! つぐみの家、ここから走れば30分で行けるから。それでさっきの謝りなさい! 謝って土下座してでもデートを勝ち取るの!! オムライスなら心配しないで。アンタの分は私のものよ。ほとんど手を付けてないし、いいわよね」


コースケの返事を聞く前にお皿を奪い取り、スプーンで薄焼き卵を割っていく。


「ほら、行きなさいよ」


コースケは何か言いたいのをこらえている。


「いいのよ、私達は」

「でも……」

「あのねコースケ。今日、桐蔭くんとキスしたの」


勝ち誇った顔で言うと、コースケは口をわなわなとさせてチケットを握りしめて黙って駆け出していった。

――キスって言ってもおでこだけどね。


「……私はアンタが幸せになったら最高なの。だから――がんばりなさいよ」


それからしばらくして、東出さんが戻ってきた。


「あら、コースケ様は」

「青春しに行ったわ。ねえ東出さん、アイツが帰ってきたらスープを用意しておいてくれないかしら?」

「ふふふ、わかりました」


あーあ。このオムライス、冷めてもおいしいわ。

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