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(64)そして皆がすれ違う

コースケが倒れた。

その知らせは私が迎えのリムジンに乗りこんだ時に届いた。 

謎技術でどさくさ紛れて社内に忍び込んで隠れていた桐蔭くんと病院に駆けつけた。


病院では明らかに偉い先生が私達を迎えに来て個室に案内された。テレビとかにもよく出る先生が居る有名大学病院。しかも最上階。



その日、私は思い出した。



私、お金持ちだったんだ。




そこには人、人、人。溢れんばかりの人。しかも全員女子。

中にはすすり泣く声がちらほら。

いやいや、お医者さんに説明も受けたけどコースケは寝不足なだけで、そんな重病じゃないし。どうして病院。


あれ、重病……! 

そういえばコースケは不治っぽい病を一つ患ってたわよね――でも――。


桐蔭くんと目が合う。彼は「言いたいことは承知した」とでも言わんばかりに重たげに頷いた。


「コースケ……ついに童貞をこじらせたんだろう」


そう言ったのは桐蔭くんだった。

私は一瞬頭が真っ白になる。

あの、桐蔭くんが……冗談?


「な、何言ってんのよ……そういうジョークは言っちゃダメ!」

「冗談ではない」


確かに桐蔭くんはにこりともしない。

え、本気で言ってるの、この人。


「……だ、ダメよ桐蔭くん……! そんな真面目な顔でそんなこと言ったら!! 女の子達泣いてるのに!」

「……だが、コースケの最も重篤な病だ。エリコも思わなかったか?」


思ったけど! 思ったけどそれは倫理的にノーよ!


「だからダメだって!」


桐蔭くんはコースケを囲む人だかりに気の毒なものを見るような視線を向けている。


「だが――コースケも悩んでいるようだ」


桐蔭くんはポツリと呟いた。


「恋に?」


彼は黙って首を横に振る。

世界中の悲しみを集めたようなブルーを見るのは本当に久しぶりだと思った。


「”戦い”のことだ。エリコはわからなくていい」


桐蔭くんの言う事がよくわからない。


「……ヘンなの」



その時、突如として女子たちの歓喜の声が沸く。



「……なんか人の緊急事態にメチャクチャ腹立つこと言われた気がする」


コースケが目を覚ましたらしい。

彼は、ぶつくさと不平を漏らしながらベットの柵を掴んで上体を起こした。


女子でできた人垣は「きゃー! コースケくんが目覚めた!」「コースケくん頑張って!」と熱い声援を送っている。

何、何なのアイツ。生まれたての子鹿か何か?!


気持ちはわかるけど女子達はコースケを甘やかしちゃダメよ……。

この子はお金と容姿と優しい心根を持っているけど決定的に自信が欠落した選ばれし童貞戦士よ。あ、童貞って言っちゃった。



「キャー、エリコ様と桐蔭さまだわーー!」


誰かが言った瞬間、人垣が中央からザックリと割れた。


そこから、人垣から女の子が出てきて、私達に頭を下げる。顔が真っ青で、今にも死刑を待つ囚人みたいに歯をガチガチと合わせている。


え、何?! 

私達の扱いがまるで天上人じゃない?!


「すす、すいません、エリコ様。びっくりして救急車呼んじゃったんです……」


女の子は目をうるうるとさせてひたすらペコペコしている。

 

どうやら、コースケは童貞をこじらして入院判定された訳じゃないらしい。いえ、わかってたんだけどね!


あ、いや、コースケごめん、だからジト目でこっち見ないでってば!


「あ、そうなの?! ああ、お辞儀とかいいからね?! 福沢諭吉だって天は人の上に人を作らずって立派なこと言ったじゃない!」

「……夏目漱石は福沢諭吉より価値が下だ」



私は桐蔭くんに無言でヘッドロックをかまし、あははと苦笑いしながら退散を決めた。


居づらい!

前世の庶民感覚を持ったまま生き続けた身としては、こういう場は居心地が悪いのよ!!


 


桐蔭くんを押し込んで入ったエレベータは二人きりだった。


妙に長いエレベータの中、桐蔭くんはずっと無言で、沈黙が重苦しかった。なんか――ヘンなの。


お昼休みから、なんだか桐蔭くんの様子がヘン。

どこがヘンとははっきりわからないけど、常に違和感がつきまとうカンジ。


何か、秘密があるんじゃないかしら。そう思うと胸の奥がギュッと痛んだ。 

そんなの、さみしい。

あと少ししか、この体で居られないかもしれないのに――。


エレベータが一階に着く。


さみしくて切なくなって、ドアが開いてエレベータから降りようとする桐蔭くんの袖を摘む。


桐蔭くんが振り返る。

相変わらず綺麗な作りの顔にドキリと息を止めた。喉が絞られたかのように声がうまく出せない。


彼は無言のままエレベータを閉めてそのまま私を抱き寄せた。一瞬だけおでこに柔らかいものが当たる。


「へ?」


そして、一度ぎゅっと強く抱きしめられると、すぐに体を離された。

離れた隙間に風が入り込み、彼の熱が恋しいくてまた息が詰まった。


「えっ、ちょっと」



何がなんだかわからないうちに、桐蔭くんは私から背中を向け、開かれた扉の先に向かって一直線にずんずん進んで行った。


あれ、さっきの――キス?!

いわゆる……おでこにチュー?


「ええええええええええええ!!!!」


人目が一気にこっちに向くけど、私はかまっていられなかった。

叫び声に被るように、うるさいドキドキが鳴り止まない。

な、な、なんなのよーーー!

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