(6)お客様の中にあんこをお持ちの方はいませんか?
「わー、このドレスすっごく可愛いわ~!」
東出さんにドレスに着せ替えて貰って、私は改めて自分の姿に見惚れてしまった。
ドレスはツーピース風で、上は白地の無地。U字の襟元を囲うように咲いた白とピンクのバラのコサージュがかわいい。
ピンクのリボンで仕切られたスカートは、ハイウェスト気味のフレア。パニエで膨らませたお姫様みたいなスカート。これがまたたまらない。
生地はオーガンジーを使っていて、ほんのりとしたピンク色が凄くツボね。
背中を向けるとおっきなピンクのりボン。う~ん、すっごくステキ!
だけど、一番感動的なのはその素材。つまり、私の容姿!
前世なら、どうやったって似合わなかったこのお洋服を見事に着こなす広陵院江梨子の美しさに、私は正直舌を巻いたわ。
「この間は”ガキくさくてイヤ!”って駄々をコネていたのに、どういう心境の変化です?」
東出さんが、私の髪にスプレーをかけながら言う。
「気分が変わったの。私に似合わない服なんてない! って思ったらどんな服を着ても可愛く見えるようになっちゃった」
照れたように笑った私に、東出さんは髪が崩れない程度に優しく私の頭をポンポンしてくれた。
ちなみにヘアスタイルは耳の後ろにかけて、ゆるく巻いた髪の上に白いリボンのカチューシャ。シンプルだけど、この黒髪の良さが遺憾なく発揮されている。
「エリコ様はとっても可愛いですよ。だって、奥様と旦那様の子ですもの」
「うふふ、ありがとう」
余りに心地よくて目を細める。東出さんって、少し年上のお姉さんみたい。
私は、すっかり東出さんの事がすっかり大好きになっていた。
おめかしを終えた私は、コースケ達と合流して車に乗った。
お茶会にはコースケはもちろん、お母様も一緒に参加するみたい。
東出さんも大きな箱を抱えて一番後ろの座席に控えている。
おっきい車だ。それでもって長いし、タクシーみたいに高級そうな黒塗りだ。
前世では家庭用の大きな車はワゴン車位しか見たことがないから、最初見た時は「乗ったら死ぬかもしれない」って思った。
靴を脱ぐかどうか迷った挙句、先にコースケに乗ってもらって、それを真似する事にした。
結局コースケは靴を脱がなかったので、私はそれに続くことにした。
えー、車が汚れちゃうじゃない。
それにしても、この車って何かで見たことがある気がする……。多分、『リムジン』ってヤツよね。
そっか、まさに前世『花カン』で江梨子が乗ってたんだわ。
こんな車から人が降りてきたらヤなカンジを通り越して怖いわよ。
前世の私だったら土下座で出迎えちゃいそう。
「東出さん、何を持っているんですか~?」
私は後ろを向いて後部座席に居る東出さんの様子を見る。
「西条様のお宅にお持ちするお菓子です」
「どうして? 西条さんがお招きしてくれるのに」
「今回は牡丹様のご提案で、参加するご家庭がそれぞれお菓子を持ち寄る事になっているのですよ」
「ふーん、随分みみっちい企画ですね」
西条さんって少しお金に困ってるのかしら。
ウチのお父様、もしかしてお給料を出し渋ってるの?
お屋敷もブラックな職場だし、会社もブラックなのかしら。
「エリコ」
お母様がコホン、と咳払いをする。
私は思わず肩をすくめ、ちゃんと前を向いて姿勢を正した。
隣でコースケが肩をプルプルさせている。
私の記憶が戻って以降、コースケってこうやってよく痙攣するわよね。
それにしても、やっぱりお母様っておっかないわね。
確かに顔は綺麗だけど、ひっつめた襟のブラウスに丈の長いスカート。ぎゅっと髪をまとめて後ろで纏めてて、なんか隙がないってカンジ。トンガリメガネをかけたら見事なザマス系だわ。
それにしても、この人のどこが私に似ているのかしら。
東出さんの感覚って、もしかして――ちょっとヘン?
「ふたりとも、今日は広陵院と縁のあるお家のお子様の交流会です。広陵院家の子供として、決して失礼のないように」
「ふたりとも」とは言ったものの、お母様はコースケだけをじっと見ている。
コースケはしゃんと背を伸ばして「ハイ」と答えた。
私も遅れて「ハイ」と言うけど、お母様は決してこっちを見たりしなかった。
あれ、私って意外と信頼されてる?
ふふふ、って事は、さつまいもの味噌汁も意外とちょろいかもしれないわね。
「コースケ、失礼のないようにね」
私も便乗して言ってみる。
「お姉さまも……プフッ」
そう言ったコースケはなぜか後半は吹き出していた。
なによ。私は全く心配ないわよ。転生者の本気をナメないでほしいわね!
はい、無理でした。
「とっても美味しいわね、コースケ」
「はい、お姉さま」
カップの紅茶が波打つ。
ティーカップを持つ手がブルブルと震えた。
紅茶なんて、音を立てて飲むどころか、口に運ぶ事すら難しいじゃないの!
さっきから紅茶はザプンザプンと波打って、受け皿にポタポタと紅茶を零している。
お母様は別のテーブルで奥様と談笑中だからいいけど、見つかったら多分殺られるわ。
それに比べて、対面に座るコースケはそれは優雅に紅茶を嗜んでいる。
ベストを着込んだスーツも見事着こなしていて、見ているこっちが眩しくてめまいがする。
洋書の文庫なんか持たせたら色々と完璧ね。
余りに美しくて、姉じゃなかったら惚れてしまいそうだった。
え、お茶菓子食べ放題って?
そんなのぜーーーったい無理よ。
東出さんが持っていた箱の中身はミルフィーユだった。
前世の大好物だったけど、これは絶対無理。
うまく食べる方法がわからない食べ物ナンバーワンだわ。
東出さんに頼んでこっそり持ち帰ってお家で食べましょう。
洋菓子も見事に「さあ、貴様のマナーを見せてもらおう」系の物ばっかりで、ろくに食べられない。
和菓子も砂糖菓子や最中みたいなこぼれやすい物や、爪楊枝みたいなヤツで切って食べるものばっかりで、粗相を起こしかねないものばかり。
それに、和菓子系は私の天敵・お抹茶が控えてる。
とりあえずフォークを使う方法がわからないから、チョコレートみたいな摘んで食べれる系ばっかりになってる。
確かにチョコは美味しくて大好きだけど、まともに紅茶が飲めないから、口の中がドロドロしてる。
お茶会は、西条さんのお庭で行われている。
長テーブルには皆が持ってきた高級菓子の数々。
それを囲うようにして置かれたガーデンテーブルに、参加者は座って談笑なんかをしている。
私はボロが出るのが怖くなって、コースケから離れる事ができなかった。
西条さんとは少しお話したけど、すぐにガッカリとした顔をされてどこかに行ってしまったわ。
うう、やっぱり私が急におかしくなったからヒかれちゃったのかしら。
それにしても、口直しはコースケに水を持ってきて貰って、どうにか事無きを得たけど――私はとっても重大な問題と直面していた。
あんこが食べたい。
それはもう、ムショーに。
だって、目の前にあんこの詰まった和菓子がいっぱい並んでるのにどうして手を付けられないのよ!
据え膳されたら余計に食べたくなるじゃない!!
うぐぐー、どうにかお抹茶を避けて和菓子をいただけないかしら。
私はコースケを連れてお菓子の置いてあるテーブルへと向かった。
そして、女の子たちの人だかりのできている一角がある事に気がつく。
「あら、何かしら。コースケ、行ってみない?」
「僕は遠慮しようかな――」
「ダメよ、コースケ」
コースケの顔が緊張でこわばる。
「きっとこんなに人が集まるんだから、今日のお茶会で一番美味しいものに決まってるわ! チャンスよ、コースケ。だってあの人垣に隠れたら、お母様から死角になるもの!」
コースケはなぜか一度イヤそうな顔をしていたけど、すぐに「はい、お姉さま」と笑顔になった。
例の痙攣を起こしながら。
わざとお母様の死角を取るように移動すると、子供たちの人だかりの中心に一人女の子が居る事に気づいた。なぜかその先にあるお菓子に手をつけてない。
「やったー、これって列じゃなかったのね。すぐ食べられるわね!」
そして、その先にあるお菓子を見て、私は「うほっ」と変な声が漏れかけた。お菓子を手に取り、パアアアアッと顔を輝かせる。
「くく、栗大福~~~~~!」
栗大福!! THE・秋の和菓子じゃない!
いちご大福やクリーム大福が持て囃されてる昨今で、私が最も好きなベスト・オブ・大福!
特に栗なんて、今が一番美味しいじゃない!
前世のお仕事中でもお客さんのおばあちゃんによく恵まれてたな~。
分かってるわね、栗大福だなんて。むしろ私の心の中を探られてるんじゃないかって怖くなるレベルだわ。
大福を包んでいたラップをはがして、一口たべる。
あーーーーん、幸せ~~~!
あんこが口の中でスッと溶けて、粒が残る。
それを飲み込み、ふーっと息を漏らした。
つぶあんは一口で二度美味しいのよ。
ホント、良くわかってるわ。
「これを持ってきたのはだれ?」
私は、漏れだしそうな鼻息とやる気持を抑え、顔を正して人垣の中の顔を見回す。
主催の西条牡丹ちゃんもいた。
もしかして牡丹ちゃんがこれを?
なんて気の利く子なのかしら!
「え、江梨子様?」
なぜか周りの子達は怒った顔をしていた。
ガーン、やっぱり私、無礼だったのかしら。
「コイツです、コイツがこんな粗末な物を持ってきたんですよ。江梨子様からも何か言ってやってください!」
そう言ったのは牡丹ちゃん。
言い方から察するに――きっと牡丹ちゃんはこしあん派ね!
大丈夫よ、牡丹ちゃん。牡丹ちゃんの分の栗大福は私が食べてあげるから!
とにかく、牡丹ちゃんが指さした女の子は私を見てガクガクと震えていた。
コースケがよくやる痙攣とはまた違う、怖くて震えてるみたいな様子だ。
あ、もしかして、また気持ち悪い顔をしちゃったかしら。
努めて平静を装おうと、ふーーっと息をつく。
そして、女の子の手を取った。
「最っ高に美味しいわ! ありがとう」
周りがざわめく。
女の子はひっくひっくと声をしゃくり上げている。
あれ、どうしてそんな泣きそうな顔――
「ホントだ。すごく美味しいね、お姉さま」
そう言ったのはコースケだった。
ギャラリーの注目は一瞬にしてコースケへと移る。
コースケは私と目を合わせるなり、「ここを離れて」と視線で示した。
私は、頷いて女の子の肩を抱いて、急いでパーティ会場から離れる事にした。