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(63)彼女もまた銃を持つ/コースケ・そよちゃん視点

中西の去った部屋は、しんと静まり返って、重たい空気に支配されていた。


「コースケ、詳しく聞かせてくれるか」


聖は壁に背をもたれて、腕組みをしたまま聞く。

僕は眉間のシワを揉みながら、ふう、とため息をついた。


「私にも教えてくれ」


キクチさんからプシュと音がして、背中の搭乗口から菊池原が顔を覗かせた。


「話すと長くなる。それに、にわかには信じられないような話だけど――」




僕は、二人に姉さんの話をした。

姉さんは前世、僕達の登場するゲームをプレーしていた事。


ゲームでの姉さんは(というか、姉さん“も”と言うべきか)全く違う性格の人物で、僕やつーちゃんをいじめ倒して、然るべき罰を受ける。


その罰というのが、娼婦になったり――護摩行エンドを迎えたり。


そして、姉さんは中西に近い将来に護摩行イベントが起きて焼死すると忠告を受けている。


ここまでを大きくかい摘んで説明した。

僕がつーちゃんと結ばれる事が護摩行エンドへの条件という仮説は、一度置いておく。


「うーん」


菊池原は難しい顔をしていた。


「にわかには信じられんぞ。だが、エリコならともかく、眼鏡がそういう事を言うなんて……」


菊池原は困った顔をして考え込んでいる。

対する聖は、何の迷いも無く凛とした佇まいでいる。



「つまり、エリコがピンチなのを俺達が守ればいいんだな」


感情表現の乏しい綺麗な顔で、彼は迷い無く言い切った。


こ、こいつ――!

僕は今まで「こいつはバカだから」と聖を見下してきたが、それは間違いだったのか。


「ひ、聖?!」

「キンパツ、お前……」


聖は躊躇いなく続ける。


「何を迷うことがある。どんな不可思議な事だろうと、理解ができなかろうと、惚れた女を守るのが忍の務めだ」

「お、おい、かっこいい事言ってると思ったが後半何言ってんだ……!」


僕は菊池原を無視して立ち上がり、聖の両手を取った。


「流石は聖! いや、セイント聖様! これからも頼りにしてるから、よろしく頼む!」

「お、おい眼鏡、セイントと聖って意味一緒じゃないか……?」

「いいんだ菊池原。細かいことは気にするな」


聖はコックリと頷く。その姿すら後光がしている。リア充って凄い。僕はその時強く思った。


菊池原は、何か言いたげにちょこんと佇み、僕らを見つめていた。


「よく、わからんが――中西について、少し話してもいいか?」


僕らは聖様から慌てて手を離して大きく頷く。


「多分中西は、お前の事を怖がってたぞ」

「何?」


何を言ってるんだ。菊池原は。

あの魔女のような女が怯えるなんて。それに、僕に変な催眠術みたいなのを仕掛けたんだぞ、あの女。

アイツがそんな訳――


「中西は私と同じだ。頭の中に銃を持って、それを私達に向けていただけ」


僕は菊池原の言わんとする事がよく分からなかった。


「眼鏡、後で中西に謝れ。きっと、アイツは私達の敵じゃない」

「っ……そんな訳!」

「確かに戦場で見てきた下劣極まりない奴らの目とは違った。中西の目は、人間の女の目だ」


セイント聖様も偏った分析をしている。

ますます分からない。

中西は――何者かは想像がついても――目的が、全く見えないじゃないか。





★そよちゃん視点



平和な日常に不穏な影がさしていることは嫌でも分かる。


だけど、いつも私の目線の先でアホっぽい顔で笑顔を振りまくエリコが居なくなるなんて想像もできない。


インテリ眼鏡ウジ虫こと広陵院コースケは見るからに焦っていたっけ。だけど、それはどこか他人事で遠くの出来事のような気がした。


とにかく実感がわかない。

エリコが居なくなるのは嫌だし怖いけど、それが本当に起こる事か分からない。

学校で配られたプリントの行事一覧を見ているような、そんな感覚だ。


これは「みんなと同じ」子ならできるのだろうか。

わからない。

こういう事なら、一般人。つまり今治に聞いてみるに限る。



私は斜め前の席でマヌケな顔してキーホルダーを眺めている今治へと近寄った。


今治は、以前私があげた量産機のマスコットを眺めていた。

頬をほのかに染めて、どこか切なさの見え隠れする、おめでたいんだか悲しいんだかよく分からない顔だ。

何でそんな顔するんだ。

一般人の今治がやってるんだから皆こういう顔をするんだと思うが意味がわからない。


「オイ、コレ。何カ特別ナ物ナノカ?」

「えあ?! な、なんだ。キクチさんか」


今治ははあ、とため息をつく。


「何ノ変哲モナイ量産機ダロ」


私の言葉に、今治はもう一度深い溜息をついた。


「実はこれ、気になる子に貰ったんだ」

「は?」


気になるもなにも、あげたのは私のはずだ。


「桜の雨の下で、ちょこんと立ってる女の子が、顔を真っ赤にして僕にこれを渡してくれた。すっごくかわいい女の子で、声もありえないほどかわいいんだ。耳が幸せになるっていうか天使の歌声みたい。名前も知らないんだけど――もう一度、ひと目でいいから会ってみたいんだよなあ」


言い終わるか否かというところで今治はまるでとろけたスライムみたいに机の上に寝転がり、これまた盛大なため息をついた。


な、なんなんだその女。一体誰だ。そんな女知らんぞ。というかそんな奴実在するのか? 

それは多分私じゃないぞ……。


だが――私は気づいた。

今治どころか、この学園の生徒の大半は私のボディースーツを脱いだ状態の姿を――知らない!

いや、そうであって欲しいからこうしてキクチさんに搭乗しているんだが、改めて考えると衝撃だ。

だが、もしかするとキーホルダーをあげたのは私だが、今治の記憶違いかもしれない。むしろそうであってくれ。


「会ッタラ、ドウスルンダ?」

「え?!」


今治は背筋を伸ばし、襟を直したり何の変哲もない平凡な髪型を気にしたりを始める。


「な、なんにも考えてないけど、遊びに誘ったりするかなあ――」

「ウレシイノカ、会エタラ」

「もちろんだよ! 会えたら本当に嬉しい」


今治はへにゃへにゃっと笑った。少し頼りないけど、本当に嬉しいんだろうなっていうのが伝わった。

だけど(人違いな気がするけど)そんなに嬉しいなら――。


「アシタ、11時に水族館にイケバ、多分良イ事アルゾ」


言ってしまった後に、なぜだか顔が火照って今治の反応を見るのが怖くなってカバンを持って一目散に逃げ出してしまった。

何やってるんだ、私。

エリコの事でこんなに大変だっていうのに。


だけど、大切な人が居なくなるって感覚がこれで分かる気がする。

なぜこれで分かるか、よくわからないし根拠もないけど、キンパツやメガネがあれだけエリコが居なくなる事に焦っていたか、私も少しだけでも同調がしたい。でもわからない。それが悔しくって、とにかく何か行動がしたかった。


私には、大切な人が居なくなるかもしれないなんて話よりも、中西が頭の中に拳銃を構えていた事の方が、よっぽどリ現実味があった。


それは多分、「みんなと同じ」ではない。

わからなくって悔しくって胸がぎゅっと痛んだ。



「雨……」


防水仕様を施していないため、【キクチさん】で下校するのを諦めて地下のハッチでボディスーツを脱いで久しぶりに生身に通常の制服を着た状態で廊下を歩く。


廊下は無人でホッとした。だが、保健室の前に女子の人だかりができて騒がしい。 

女子たちがさめざめと泣く声が聞こえる。


「コースケくん、目を冷まして!」

「コースケくん、死んじゃやだ!」


次々に「コースケくん」「コースケくん」と広陵院のメガネ坊主を呼ぶ声がする。


何やらコースケが倒れたらしい。いかにも寝不足そうだったから、無理がたたったのだろう。


心配だ。

だが――今の私は1000体の仲間が居る【キクチさん】に乗っていない。

幼い頃から「みんなと違う」と言われ続けたこの姿であの人垣に飛び込むと思うと、怖くて何も手につかなくなる。


心臓がバクバクと音を立てて、足の震えが止まらなくなって耳の奥がキンキンと変な音を立てた。


私は俯いたまま一気に走り出す。


このままじゃダメだって分かってる。

メガネが大変なのに、私は逃げている。

「どうしたんだ」とか「大丈夫か」とか、言ってやるどころか、一目散に逃げている。


悔しい、悲しい、悔しい、悔しい、やっぱり悲しい。

涙を何度も拭って昇降口まで駆け抜けると、私は途方に暮れてしまった。


傘を忘れてしまったのだ。


しょうがないと腹をくくり、私は雨がざぶざぶと降る外へと足を踏み出す。



「待ちなさい」


その時、凛とした声がした。

黒髪にショートカット。首にはヘッドフォン。細くて筋肉の詰まった長い脚。

中西玉枝だ。


「っ、どうしてお前が」

「?」


私は思わず身構えたが、中西はただただ不思議そうに首を傾げている。


「目が真っ赤よ。大丈夫? そうだ。これ、貸してあげるわ」


中西は私に一本の傘を差し出す。

ピンク地の上品な傘だった。


「あ、あ、あの」


突然のことだったので私は慌てて口が回らなくなった。

顔が真っ赤に火照って、頭の中がこんがらがってしょうがない。


「あなた、きっと笑った方がかわいいわ」


中西はニッと歯を見せて笑う。

コイツ、教室や昼休みに見せたカンジと全然違う……!


「それじゃあね!」



中西はクリアファイルで雨を避けながら駆け出していた。


「傘、借りたらお前はどうなる!」

「今日はいいの!」


やっとの思いで声を絞り出す。

彼女は背中を向けて走りながら、私に向けて大きく手を振った。


校門には一台の軽トラが停められていて、中西はそれに手慣れた様子で乗り込んでしまう。

彼女を乗せた軽トラは、すぐにどこかへ消えて行ってしまった。


「誰だアレ」



あの爽やかで明るい少女が、本当に中西?


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