(61)僕の姉さんと、あの時の「半分」(2)/コースケ視点
「コースケ、コイツだ。エリコに変なちょっかいを出した女」
聖はむっつりと唇を結び、中西を睨みつけた。
制服のポケットに手を突っ込み、何らかの仕込み武器の準備をしているようだ。
「いい、聖。やめろ」
聖は一歩下がり、ポケットから取り出した拳銃を床に投げる。
いつも拳銃を持ち歩いてる菊池原が、何故か唖然とした顔(ボディースーツに身を包んでいるクセに唖然感がひしひしと伝わってきた)で聖を見ている。
「何……ダト?! キャラ被リ……?!」
菊池原もいつの間にか手に拳銃を持っていて、床に投げられずに慌ててポケットにねじ込んでいた。
僕が咳払いをすると、動揺していた菊池原は慌てて姿勢を正した。
聖は敬礼をしている。やめろよお前。まるで息が合ってないじゃないか、僕達。
今すぐ追い出すぞ。
普段は物騒だと思うし、ツッコミを入れたいところだが、こういう場面だ。
心を鬼にして、この光景をスルーする事にした。
戦闘派の存在はありがたい。
そして、聖は中西について何か知ってるみたいだが、それは後にしよう。
「開始早々に漫才? 随分手厚いお出迎えね」
中西は驚く素振りも見せずに、くだらないオモチャでも見るような目を僕らに向けている。
なんだと……コイツ。
アンドロイドと拳銃を所持してる男子なんて見せつけられたら、僕なら間違いなくビビるぞ。
中西は相当肝が座っている人物らしい。
それどころか、退屈そうな顔であくびまでしている。
「オイ眼鏡、ナメラレテルゾ」
眼鏡って言うな!
「ウジ虫、用心しろ。こいつ、ただ者じゃない」
やめろよそれも!
っていうかウジ虫ってあだ名チクったの姉さんだろ!!
なんなんだよ、朝は落ち込んでる姿を見せてたくせに。
なんなんだよ。姉さんの口の軽さ!
彼氏に弟のひどいあだ名教えないでよ!
リア充はこれだから嫌なんだよ、責任持って爆発しろ!
付き合ってないとか言い訳は聞かないからな!
「ナンダソレハ! オイ眼鏡、私モウジ虫ッテ呼ンデイイか?」
「だめだ。聖も次ウジ虫って言ったらここから追い出すからな」
「了解した」
はぁ、と中西は露骨なため息をついた。
「……私、あんたらの漫才見に来た訳じゃないんだけど」
僕は咳払いをして、もう一度ソファに座り直す。
正直、これは大誤算だ。
聖も菊池原も――
シリアスな雰囲気に耐えられるタイプでは、ない。
「僕が君を呼んだのは他でもない。君に、少し聞きたいことがあるんだ」
中西は、口端を釣り上げて笑う。コイツ、不気味な笑い方だ。まるで魔女みたいだ。
それにしても、どこか、既視感のある笑顔だ。
なぜか子供の頃に見たような、記憶の深くに潜り込んでいるような笑顔。ハッキリ言って不気味だ。
聖と菊池原も警戒をし、腰を低く構えている。
物騒だか、頼もしいのも事実だ。
「やだやだ、丸腰の女相手に暴力? 怖い人達」
「まさか。僕は君と交渉がしたいだけであって、危害を加えるつもりはないよ」
笑顔を作り、足を組む。
正気を保て。僕にはこの二人がいる。
それに、ここで負けたら後で姉さんがどうなるか。
「まるでマフィアのボスみたいじゃない。随分立派な友達ができたわね、コウスケ」
「呼び捨て? この僕相手に随分馴れ馴れしいじゃないか」
「あぁ、ごめんなさい。“こっち”のコウスケは私を知らないものね」
随分含みのある言い方だな。
中西は、僕の何かを知っているのか。それとも演技か。
「火傷も無いんでしょ。随分甘やかされて育ったみたいだし」
火傷?
ああ、姉さんの言う『江介くん』の事か。
コイツもプレーしてるのか。姉さんの言ったゲー厶ってヤツを。
それにしても、自分を知らないはずの人間に、知っている素振りを見せられるのは居心地が悪い。
いや、しかし。それにしては接し方がフランクすぎる――。
まるで、元々は知り合いだったかのような。
いや、まさか。
だけど、ありえる。
姉さんがゲームのプレイヤーの生まれ変わりだったように、中西もプレイヤー、またはキャラクターの生まれ変わりで、それも、『江介くん』の火傷を知っている人物という可能性もあるって事か。
いや、動揺はだめだ。
僕はバクバクとうるさい心臓の音を、聞こえないフリして息を吸い込む。
姉さんのマヌケな姿を思い浮かべると、不思議と勇気が湧いた。
「……中西、頼みたいことがある」
「なあに?」
中西は不気味な笑みを浮かべたまま、僕を見つめ返す。
「姉さんがどうしたら死なずにいられるか、僕に教えてくれないか」
僕の言葉に真っ先に動揺を見せたのは菊池原だった。
聖も顔には出さないが、決して心中は穏やかじゃないはずだ。
「何の事かしら」
中西は、クスクスとあざ笑うかのように言う。
「とぼけなくていい。協力してくれたら、君のほしいもの、何だってくれてやる」
「例えば?」
中西は心底おかしそうに笑っている。
まるで、僕のことを小物だと言いたげに。
「これだ」
僕はブレザーの袖裏から、一枚の小切手を机に置く。
「君の好きな額を書くといい」
「いらないわ」
中西は、即答した。
つまらなそうな顔をして、小切手をつまみ、ゆっくりと千切っていく。
それはビリビリと音を立てて、価値のない紙吹雪となって風に乗ってはらはらと飛んでいった。
「ねえ、コウスケ」
中西の手が、僕の頬へと伸びる。
彼女はテーブルに片膝をついて身を乗り出していた。
「私、あなたが欲しいわ。あなたを弟に欲しいの。今の姉よりもずっと優しくしてあげるわ。あなたをもっと魅力的な男の子にしてあげる」
その視線に、僕の背筋が寒気を覚える。
なぜか、何ともないはずの腕が火傷をしたみたいにヒリヒリとして、指一本動かせない。
「そうでしょ――コウスケ」
その声が、なぜか姉さんの声とダブって聞こえる。
頭がクラクラして、何も考えられない。
思考が鈍り、視界が少しずつ色あせていき、頭の中が真っ白に塗りつぶされて――