(56)姉弟揃えば煎餅の知恵?!
『広陵院江介から離れなさい』
『あなたは、死へと歩み始めている』
中西さんの忠告を受けたその夜。
「姉さん、折り入って相談があるんだけど」
私はコースケの相談に乗る事になった。
だって、見知らぬクラスメイトのよくわからない話より、15年来連れ添ってきた双子の弟の悩みよね?!
私は迷わず誘いを受けたわ。
要するに死ぬのって、多分火事でしょ?
まっさか、いきなり豹変したコースケが、ナイフでグサーは無いでしょう。
ま、仮に、コースケ相手なら銃を持ち出されても勝てる自信はあるけど。
っていうかそもそもコースケはそんなことするような子じゃないし。
要するに、コースケに近づいちゃいけないのって、あれでしょ、風が吹けば桶屋が儲かる的な。
なんとかエフェクト。私がコースケに近づくと、運命が僅かに変わって風向きが私の死に変わって――そして、護摩行END………。
えーっと、なんとかエフェクト。何だっけ。確か泳ぎ方みたいな名前だったような…………平泳ぎエフェクト?
うん、絶対違う。
久方ぶりに入室許可をもらえたコースケの部屋は、昔と違って本棚でびっちりと囲まれていた。
うわー、漫画一冊もない。
はだしのゲンとか手塚治虫、ドカベンも置いない……ですって?!
この子は一体何を読んで暮らしてるのよ!!
情緒教育大丈夫?!
本棚の一角は新書がずらりと何列も並んでいて、タイトルを見ているだけで眠くなってくる背表紙達に私は体を仰け反らせた。
あなた、その年でイワナミ読むの?!
イワナミ読んでるコースケってなんか暗いなぁ。
子供の頃なら「美しい!」って思ったんだろうけど、今のコースケって、私から見たら、ちょっとお金持ちな痩せすぎのガリ勉メガネだし……。
そして多分、今日のマラソン大会でファンの数割は倉敷くんに鞍替えしたと思う。
それぐらい、倉敷くんのデビューは鮮烈だったんだと思うんだけど。
「僕の部屋を見て暗いとかガリ勉とか思っただろ」
「ぎゃーーーーーーー!」
背後から声をかけられ、私は悲鳴を上げながら数メートル後退して尻もちをついた。
何、地獄の底から這うような苦しみに満ちたこのくらい声は!
このお屋敷の霊?!
ちょ、やめてよ。私、転生したけど超常現象って基本信じてないし、お化けってすっごく苦手なのよ〜!
「悪霊退散! 悪霊退散!」
「……悪意がないだけムカつく」
声の正体は急須と湯のみ、そしてお茶菓子を持ったコースケだった。
「何よ、わざわざこんな所に呼び出して」
「悪かったね、こんな所で。姉さんのためにこのやっすい煎餅も用意しだんだけど――」
「ここは天国ね。 私の部屋のマンガとイワナミをチェンジしてくれたらここに住みたいわ」
私は、袋の中で割った醤油のおせんべいを口に放り込む。
夕食の後に食べるおせんべいは最高ね。
でも、あの生意気なコースケが、普段から馬鹿にしてる私相手に緑茶におせんべいを持ってきたなんて、何かあるに違いない。
大体、私がお裁縫に夢中になってる時に「飲み物頂戴」ってお願いすると、水道水汲んでくるのよ、この子。
何の嫌がらせかわからないけど、水道水よ?!
とにかく手の離せない作業で、飲もうとしたら、「姉さん正気?! お腹壊すよ」って本気で止められたけど。
ねえ、逆に聞くけど水道水、飲んじゃ悪い?!
「ところで用って何?」
「さすが姉さん。察しが早い」
無駄に棒読みでヨイショしてるし。
絶対何かあるわよ。
っていうか、怖い!
もしかして、今ここでいきなりガソリン撒き散らして室内で護摩行始めたりするんじゃ……!
コースケはそんな子じゃない!
って思ったけど、今のコースケならあり得る。ちょっと、これはホントに怖いんだけど――。
私は、気にしていなかったはずの護摩行の夢と、中西さんの忠告を今更ながら意識してしまった。
コースケは辺りをキョロキョロと見回し、ひっそりと息を潜める。
「絶っっ対に誰にも言わないで」
「な、何よ」
よく見ると、コースケの目は据わっている。怖い。
私は半ば逃げ腰だった。おせんべいの袋を慌てて手に取る。
「僕も、デートがしたいんだ」
「……私と?」
沈黙。
「まっさかー」
「そうよねー」
ハッハッハ。二人して笑い合った。
「姉さん」
ドン、とコースケが机を叩いた。
再び沈黙。
「茶化さないで欲しいんだけど。僕は本気だから」
コースケの目が本気だ。怖い。返答次第ではこの場で護摩行バーニング。
やっぱありえるかも!!
私はガチガチと歯をあわせながら震え上がった。
「これは真面目な相談なんだ。僕の一世一代の勝負のための、大事な姉弟会議」
「す、好きな所にすればいいじゃない」
コースケの背中からはただならぬオーラがメラメラと湧き上がっている。
怖い、なにこれ。
こんなコースケ初めて見た。
コースケは黙って私に冊子を手渡す。
『必見! 最新デートスポット100』と描かれた雑誌。
驚くべきは、付箋がばーーーっと貼られている。
「姉さんに負けたくないから、昨日一昨日と徹夜で読んだ」
コースケの纏っているオーラが余計に重たくなる。
「何も、わからない。むしろ余計に分からない。僕は女心がわからないんだ。スイーツとか、パンケーキとか、クレープとか、行列のできるケーキ屋さんとか、甘いものだけでもあれだけ種類があって、完璧な男性っていうのがどこを選ぶか到底見当がつかないんだ――僕は、僕は――どうせ根暗でガリ勉でお金持ってる――ウジ虫だ!!!!」
コースケは血走った目でボソボソとつぶやくように早口でまくし立てている。
コースケは、完全に自信を無くした人間の顔をしていた。
ウジ虫って! お金持ってる人はウジ虫じゃないよ、コースケ!
っていうか、コースケって好きな子居たのね。
デートに誘いたいとか、おませさんじゃない。
ふっふーん。それじゃあ転生者のお姉ちゃんがバッチリなアドバイスをしてあげないとね。
「うーん。その、相手の子が好きそうな所にすれば?」
私はにまっと笑って天才的なアドバイスを送る。
が、コースケの表情はますます曇っていく。
「……わからない。うわあああああ、僕はあの子の事を何にも知らないんだ! ずっと一緒だったのに!! 何をやってたんだ、今までの僕は!! 勉強しかしてないじゃないか、うわああああ」
追い詰められた自称ウジ虫は我を失ってガンガンと延々と机に頭をぶつけている。
まさか、学園ナンバーワンのプリンス・広陵院コースケの正体がコレだなんて、ファンの女の子達は夢にも思わないわよね。
っていうか、私もコースケがこんなに思いつめてるなんて初めて知ったわよ……。
なんなのよ、これ。
「落ち着きなさいってば!! じゃあリサーチしなさいよ。その子には会えるの? 」
「うう……明日にでも」
「じゃあ、明日! とにかく明日、様子を見ましょう。そしたら分かるから」
コースケはばつの悪そうな顔をしつつ、しぶしぶと頷いた。
「じゃあ、私は寝るから――」
と、腰を浮かそうとしたところで、やっぱりやめた。
「ねえ、コースケ。子供の頃、私が前世の記憶を持ってるって言ったの、覚えてる?」
中西さんの件。
やっぱり、相談するなら、コースケしかいない。