頭の中の銃/そよちゃん視点
私に個性はいらない。
菊池原 戦。
顔も覚えていない親がつけた私の名前。
菊池と原をくっつけた長い苗字。小学生の頃、まともに呼んでもらえなかった苗字。
戦と書いて「そよぎ」と読む名前。ひとつも女らしくなくて、周りからからかわれて、バカ達にバカにされた名前。
この個性の塊のような名前を、誰かに呼ばれるのが嫌だった。
変なアダ名をつけて、まともに呼ばれないのも嫌だった。
小学校の奴らはバカばかりだった。
私なら暗算で解ける3ケタの掛け算も、ビービー文句言いながら筆算して指折り数えた上に間違える、同級生達が大嫌いだった。
男のガキ達は、すぐケンカするし、私をからかった。
女どもは、すぐに媚びる事を覚えて、先生に私が何をしたとか、誰かに嫌がらせしたとか、嘘ばっかり言いつけた。
私は本を読んでいただけだ。
バカな奴らのご機嫌取りをするのもバカバカしかったし、名前をまともに呼んでもらえず、変な呼び方をされるのも嫌だった。
だから、私はいつも一人だった。
先生も私を引き取ったババアやジジイも、「どうして皆と同じにできないの?」と口々に聞いた。
私は、わけがわからなくって、黙ってうつむいた。
同じ人間のはずなのに、私は皆と同じにできない。
私を残して死んだ両親じゃなくって、工場で生まれていたら、皆と同じようにできたんだろうか。
同じように算数ができなくって、おなじように、「違う」誰かにいじわるして、同じように相手の心を叩きのめして。
人の家のベッドで散々考えた結果、私は学校に行く事をやめた。
家で算数の問題を解いて、科学の本を読んで、「工場」の本をずっと眺めていた。
テレビに流れている、工場でたくさん作られたロボットが「私」なら、どんなに幸せだろう、と思ったりもした。
もともと、親戚達にたらいまわしにされていた。
だが、親戚は手を焼いた上に学校へ行かなくなった「同じようにできない」私に耐え切れず、ついに、血すら繋がっていない山奥のジイサンの所に押し付けられた。
ジイサンは「学校に行かなくてもいい」って言った。「そもそも遠いし大変じゃろう」とも。
ジイサンは、私に、勉強の本だけじゃなくて、ロボットの小説やゲーム、マンガをたくさん買ってくれた。
大きなテレビも、私のために買ってくれた。「テレビ放送はいらないから、おんなじロボットがたくさん出てくるのを見たい」って言ったら、誰かに電話して、相談して、私が求めていたDVDをくれた。
私はジイサンが好きになった。
ジイサンもこんな山奥に住んでるんだから、きっと私と同じ、「皆と同じにできない人」だ。
工場で作られたみたいな人じゃないけど、なんか楽しそうだったから、いいと思った。
山奥は、肉が旨かった。
山奥には、ジイサンの他に、髪をひっつめた変なババアが来て、銃をかついでどこかに行って居なくなっていった。
そして、いつも、ババアが消えると、代わりに死んだ鹿を担いだネエチャンが戻ってくる。
そのうちに、ババアとネエチャンが同じ人だとわかった。
私も時々、ネエチャンについていき、猟銃を使って狩りをする姿を眺めていた。
ネエチャンは銃を構えて、息を殺して、動物を殺す。
私はその姿に憧れた。
ある日、ネエチャンに聞いた。
「銃を突きつければ、こっちのタイミングで、誰かを殺せるのか?」
「アンタ、物騒な事言うね。恨んでる人でもいるの?」
「山ほど居る。私とジイサン以外、全部憎らしい」
ネエチャンは困ったように頭を掻いて、言う。
「銃は人に撃つもんじゃないよ。でも、アタシもむしゃくしゃすると、”あのクソババア、いつかぶちのめすぞ”って思う。だけど、想像で銃を撃つと少しすっきるするよ。銃は頭の中に一丁持ってりゃ十分だよ」
確かにそうだった。
あの、小学校のバカな男子や女子どもも、銃さえつきつけければ、私の事を悪く言ったりしないだろう。
きっと驚いて、黙ってこっちを見ているはず。
それだけでも気持ちいい。スカっとする。
攻撃は最大の防御だ。
頭のなかに銃を持ってれば、きっと大丈夫。
だけど、私は「みんなと同じにできない」から、頭の中の銃じゃ弱っちいんじゃないだろうか、とも思った。
ネエチャンが動物の処理をしているのを座って見ている間、私は工場で作られた「同じように」できているロボットに乗って、銃を振り回す想像を何度もした。夢でも見た。私は、無敵で、最強で、皆と同じだった。
そして、私はアイツに出会う――
それは、秋の終わり、冬の頭の頃の事だった。
雨の上がった次の日の昼下がり、突然現れた、あの女。
ネエチャンの娘、広陵院エリコ。
アイツは、「皆と同じ」じゃなかった。
私は頭の中で銃を突きつける想像をしながら、広陵院エリコがじっと見ていたすき焼きの肉を全部食べた。
いじわるをする事が、私の「銃」だった。
だけど、広陵院エリコは、肉をかっさらった私を見て、睨んだりせずに、マヌケな顔をしているだけだった。
私の知っている女は、ガキのくせに狡猾で、ずるくて、感情は隠して、回り道して罠を張って、人をバカにして笑うような奴ばっかりだ。
だが、エリコは違う。この顔は、「お肉食べられないの?! ガッカリ」の顔だ。
多分、誰が見てもわかる。
おそらくコイツは―――――アホだった。
動物のように肉を食いたがる、アホだった。
いくら頭の中の想像とはいえ、アホを銃で撃つのはかわいそうだ。
だが、アホにどう対してどうすればいいか分からない。
結局、私は逃げた。
次にエリコと再会したのは、私が機械いじりを始めた頃だった。
ジイサンは私に「学校へ行かなくていい」とは言ったものの、ホントは学校に行って欲しかったんだと思う。
引っ越しを提案されて、山を降りて、都会に暮らすことになった。
反対する権利はない、と悲観していたが。
ジイサンは、「車を運転してくれる人が居るから、色んな工場に行きやすくなるぞ」と言っていた。少し揺れた。
そして、「敷地が広いからいい子にしてたら自分の工場も作ってやる」と聞いて、「しょうがないから行く」と決意していた。
新しい家は、ネエチャンや、ネエチャンの友達のメイド、そしてエリコが住んでる家の庭にあるらしい。
家がふたつに工場を建てたら、庭がぎゅうぎゅう詰めになるんだろうか。
この頃、既に私は中学生の数学と理科は簡単に解けるようになっていた。
英語も、機械いじりで海外産の説明書を読む機会が多かったので、そこそこ自信はあった。
当然、話す事は難しかったが。
まあ、それは日本語もだが。
そろそろ高校生の勉強に取り掛かろう、と思っていたので、学校は必要ないと思っていた。
だから、ジイサンの決断は憂鬱だったし、イライラもしていた。
そこに、アホのエリコが来た。きったない変な袋を渡してきて、自信満々に「ねえねえ、どうどう? かわいい?」とアホみたいな柄の自慢をしていた。
相変わらずエリコはアホだった。
私は頭の中の拳銃を向けて、エリコにいじわるな事を言った。
流石にびっくりしたみたいな顔をしたけど、なんというか、その顔もアホだった。
小学校の女子みたいに、大人に言いつけたり、泣き真似とかもせずに、やっぱりアホの顔をしていた。
私はエリコに対して、名前の知らない感情があふれた。
恐怖によく似ていて、怖くなって部屋に逃げた。
新しい部屋に逃げて、エリコを無視しようと思ったら、屋根から新たなアホが来た。
キンパツで、外人さん風の変な奴。コイツは絶対「みんなと同じ」じゃない奴だ。
だけど、エリコはそのキンパツには、アホの顔をしない。
お姉さんぶって、「バカね~」とか言っている。
アホのクセに偉そうだった。
きっとエリコはこのキンパツに「恋」してるんだと思う。
ジイサンが買ってくれた小説のヒロインも、戦場に行く主人公に「恋」していた。
コイツ、アホのクセに恋してんのか、と思ったら敗北感がすごかった。
外に出れば、アホに勝てんのか、とも考えた。
そう思ったら、無償にエリコに腹が立った。
テレビを見てたらアホのキンパツが隣に座った。
エリコはアホ面をすごく悲しそうにしてキンパツを見ている。
エリコは色んな顔をする、と思った。
そして、色んな顔をしてもアホっぽいな、と思った。
私は、頭のなかの銃をもう一度エリコに向けた。
きっと、エリコは怒るだろう。髪を引っ張って、私をひっぱたくはずだ。
これで、エリコが小学校の女子といっしょだって分かる。
そうすれば、私の恐怖みたいな変な感情も収まるはずだ。
「なあ、キンパツ。量産機は好きか?」
結局、エリコは、泣きそうになっただけだった。
私は、頭の中の拳銃で人を傷つけた。
なんというか、つまらない気分だった。
引っ越しても学校に行かない日々が続いて、ネエチャンがうちに遊びに来た。
「エリコは仲良くなれそう?」
「どうでもいい」
どうでも良くなかったけど、エリコはもう来ないと分かっていた。
「そっか。これ、エリコから」
そう言って、ネエチャンは私に何か渡して帰って行った。
包み紙を開けると、出てきたのはまた手提げ袋だった。
今度はミシンの縫い目が一直線でキレイで、変なダサイ刺繍もなかった。
いっしょにメモ帳が入っていた。
『あんたみたいな意地悪なんか、無地でじゅうぶんよ!』
へったくそな字。
私を支配していたモヤモヤは、吹っ飛んだ。
エリコは多分、また来ると思う。
そう思うと、なぜかとても嬉しかった。
エリコが怖いと思っていたのに、嬉しかった。
「エリコは来ないのか?」
ネエチャンに聞くと
「なに、アンタ、エリコと友達になりたいの?」
と言って笑っていた。
友達――。「みんなと同じ」じゃない私にできるのか?
わからないけど、エリコはアホだから、私が「みんなと同じ」じゃないって気づかないかもしれない。
それなら、きっと、私と友達になってくれるはず。
だけど、念には念を入れて、量産されたロボットに入ってお願いすればいいんじゃないか。
きっと、私が「みんなと同じ」って今より思うだろう。
エリコは私に「学校に来ないで!」と言った。
ジイサン以外、他の奴は「学校に来て」と懇願するばっかりだったので、私はそれも気に入った。
エリコはやっぱりアホだ。
アホみたいなフリフリの衣装を私に着せようとしたりして、やっぱりアホだった。
だけど、友達ってどうやってなるんだ?
結局分からないまま、高校生になった。
私の望み通り、量産機に乗って、横浜の倉庫で眠る「みんなと同じ」になって、お守り代わりに銃を構えて、私は無敵だった。
だけど、帰ってきたらネエチャンやメガネ、皆がカンカンで、私は身の危険を感じて隠れていた。
結局、大好物のせんべいにひっかかて、檻に入れられた。
わけがわからないが、現実だった。
「あんたね。もしかして、昔私が教えた”想像の中で撃つ”をまだ引きずってるの?」
なんだか分からないうちに、私は銃を取り上げられて、ネエチャンに説教された。
「なにか悪いか」
「ダメだよ。友達には銃を撃たないの」
「頭の中でもか?」
「そう。私も想像で、エリコやコースケ、あかりには銃を撃たないよ。……江次さんには撃つけど」
友達になるのには、頭のなかに銃を構えてはいけないらしい。
ネエチャンが教えてくれた。
結局、友達になりたい人には、銃の代わりにせんべいを向ける事にした。
せんべいで何ができるかわからないが、「餌付けだと思えばいい」ってネエチャンに教わった。
そして、友達が、できた。
一般人、今治星夜。
「みんなと同じ」がうまい、「みんなと同じ」の達人だ。
私は、初めて会った時から、心底今治を尊敬している。
なんというか、「普通にしている」だけで自然と友達が居て、「こうすればいい」の見本を見ているようだった。
そうこうして、今治と友達になって、ケータイの通話アプリのIDを交換して、屋敷に帰って今に至る。
量産型ボディスーツ【CS-33】キクチさんを物置で脱ぎ、制服姿になって伸びをする。
こうしちゃいられない。
ポケットにせんべいが入っているのを確認して、私は広陵院本邸に向かう。
「エリコに会いたい」とメイドに伝えたら、居間に案内されて、エリコは、上の空のままマヌケな顔でボーっとしていた。
魚みたいな顔だ。餌付けにはちょうどいい。
私は意を決して、エリコの前に立つ。
「あら、そよちゃん、どうした――」
大丈夫だ。見ての通り、やっぱりエリコはアホだから、私が量産機に乗っていなくても「みんなと違う」って気付かない。
すうっと息を吐き、ポケットの中のせんべいを取り出し、両手で持つ。
赤くなる顔が恥ずかしくて、思わずうつむいた。声が小さく萎えしぼみそうなのを、腹にグッ力を入れて、堪える。
大丈夫、きっと、大丈夫だ。
小さな頃、入れてもらえなかったたくさんの人の輪に声をかけるように、私は言った。
「エリコ、私と友達になってくれ」