(52)庶民な俺と幸福のお菓子/今治くん・エリコ視点
今治星夜、セレブ学園2日目。
今日も最悪だ。
相変わらず、斜め後ろのサイボーグの視線が怖い。
朝礼前から、抜き打ち持ち物検査(ちなみに広陵院姉が拳銃所持で検挙された。怖すぎる)を挟んで、5時間目まで、ノンストップでこの視線だ。
昼メシを竹原くんと倉敷くんで食べている時も、アイツ、ずっとこっちを見ていた。
オイルを飲むとかそういうのはしていなかった。
手に持ったキャンディ型の何かを持て余して、少し困った様子でいた(気がした)。
まあ、知ったこっちゃない。つーか、やっぱり怖い。
目を合わせたら、多分……殺られる
これが、女の子の視線だったら嬉しいんだけどなー。
男の視線の方がまだマシだ。
どう見てもサイボーグの、体に不釣合いなうさぎのキグルミの目が、俺の背中をずっと見ている。
ちゃんと授業聞いてんのかよ、コイツ。
っていうかご主人様、今も生活指導室で高崎先生に絞られてるんだけど、アンタ何のためにここに来たんだよ。
チャイムが鳴り、授業終了。
正直勉強どころじゃない。早く来ないかな……席替えイベント。
と、思っている間も、視線は続く。
とりあえず、トイレにでも逃げるか。
「オイ」
そう思って立ち上がると、腕を掴まれた。
眼前に迫る強靭なボディ。
2mはあるだろう上背に、奇っ怪なうさぎのぬいぐるみ。
そして、絶えずに聞こえる機械駆動音。
俺はそれだけで気絶寸前の恐怖を覚えた。
消される――!
足がガクガク震える。
どうしよう、ここでもよおしたら俺、もう明日から学校に行けない!!
唇を噛み、必死に恐怖と戦う。
俺の学校生活のために。
俺の名誉のために。
「……【Rk-62】、ツケテクレテイルンダナ」
へ?
キクチさんは、机のサイドに掛った俺のリュックを指す。
黒字のリュックにちょこん、とぶら下がっている、桜の女の子のくれたロボットのキーホルダー。
これは、もし、あの子とまた会った時、あの子に「あの時の者です!」って見せるつもりだった。
だって、俺の顔って地味だし。竹原くんとちょっと被ってるし。(そう。実は俺も自覚している!)
「ナ、ナンデモナイ……ソレヨリ」
キクチさんは俺から視線を反らす。
あれ?
なぜか、この姿に、あの桜の女の子が被った気がする。似ても似つかないのに。
って俺はバカか。
まだコイツに夢を見ているのか。
あの桜の女の子に再会したすぎる病はここまで末期なのか、俺は。
キクチさんは、すうっと息を吸い込んで、俺に何かを向けた。
出た、拳銃。
と、思って恐怖で目をぎゅっと瞑ったけど、あの特有のカチャリという音はしない。
恐る恐る目を開けると、キクチさんの大きな手が、キャンディ状の包みに入ったおせんべいを、ちょこん、と持っていた。
「ハッ◯ーターン?」
「一般人、私ト……トト、友達ニ、ナッテクレナイカ」
キクチさんは、合成音声をどもらせながら、そう言った。
出た、一般人呼び。
やっぱり、その姿が桜の女の子と重なる。
うーん。ヤバいな、俺、やっぱ重症みたいだ。
だけど、キクチさんは人間なのかもしれない。
根拠はないけど、漠然とそう思った。
まさか、搭乗型ロボットなんて今の技術じゃありえないないし。そんな訳ないと思うんだけど。
それでも、キクチさんが、銃じゃなくて手を震えさせながらハッ◯ーターンを向けているのは、いつもと違って、全く怖くなかった。
「俺は一般人じゃなくて今治な」
俺はそう言って、ニッと笑ってハッ◯ーターンを手に取る。
「ワカッタ……一般人」
うん、分かってた。俺は一般人だからな。
くそ、泣かないぞ。
「えー」
キクチさんは目に見えてシュンとする。
意外とからかうと面白い。
「……いいよ、友達になろ」
「……マジカ!」
キクチさんは動かなかった。表情も変わらないから分からない。
だけど、とても嬉しそうだった。
こうして、俺に、ロボットの友達ができたのでした。
「竹原、ロボットの友達できたの? っべー」
「……竹原じゃなくて今治な」
いきなり背中に重みが掛かる。倉敷くんだ。
倉敷千尋。俺と同じ高校編入組の、人懐っこそうなイケメン。そして、ちょっとチャラくて軽い。
「あ、わりわり。あのさ、キクチさん。江梨子ちゃん、どこ行ったか分かる?」
ホントコイツ、軽いな。
倉敷くんは何のためらいもなくキクチさんに質問をしている。
すげえな倉敷。俺はここまで来るのに苦労しそうだぞ。
むしろキクチさんがビビってる。
ビビって俺の背中に隠れている。
俺はキクチさんと倉敷くんに挟まれてしまった。
何だよこの図。
「オオオオ、オ嬢ハ……高崎ノ所ダ」
「……ふーん、そっか。ありがとね、キクチさん」
倉敷くんはヒラヒラと手を振り、教室を出て行った。
「それと竹原」
「今治な」
「……女の子には、優しくしてあげなよ?」
ん?
倉敷くんの言葉の意味はよくわらないけど、チャラそうだから、女の子の友達がいっぱい居るんだろうな。
★エリコ視点
「もーーーー、どうしてこうなっちゃうのよーー!」
私は書き上がらない反省文を睨みつけて机に突っ伏す。
私は前世の記憶を駆使し、今日、持ち物検査がある事を知っていた。
ゲームで、つぐみは江梨子に、いじめの一環で、アダルト雑誌をカバンに仕込まれてしまった。
えげつないわね、江梨子。
エリコとして人生を歩んでいって、江梨子には江梨子なりに、色々あったのは知っているけど、やっぱりつぐみに同情しちゃうわ。
当然、エリコの私は、つぐみには「今日は持ち物検査があるから、気をつけなさい!」って口を酸っぱく言っていた。
つぐみはもちろん、模範的な持ち物ということで、検査をパス。
この荷物検査イベントが、つぐみと高崎の恋愛に繋がったりするんだけど。
つぐみに、「高崎先生にキュンとしたりする?」って聞いたら、平然と「全然」と言っていたので、スルーする事にした。
そして、何故私がそよちゃんから没収した拳銃を所持していたかというと――。
計算外だった。
この持ち物検査、まず100%桐蔭くんが引っかかると思っていたからだ。
だから、いっしょに引っかかって、キャッキャウフフしながら楽しく反省しようと目論んでいた。
だけど――高崎先生は、桐蔭くんの荷物を見るなり、顔を引きつらせつつも「……桐蔭だからな。しょうがないか」でスルー。
何よそれ!!
で、結局、生活指導室に連行されたのは私だけ。
はあ、ガッカリすぎるわ、私の高校生活。
それにしても、そよちゃんは上手くやれたかしら。
昨日はへとへとになるまで、拳銃じゃなくって、ハッ◯ーターンを向けて今治くんと会話するための修行をしたのよ。
お母様とコースケ相手に。
そよちゃんは、私を相手にすると露骨に嫌がったから、慣れているお母様から始めて、免許皆伝のコースケに挑戦したの。
結局、そよちゃんがどうにかこうにか、まともに会話できるようになった頃には、コースケはハッ◯ーターンの山に埋もれていたわ。
うふふ、うまくやれてるといいんだけどなー。
と、脳内でほのぼのしていた刹那、コロコロ、と筒状何かが扉の中に侵入してきてという高い音がして、一瞬でもわっと煙を上げた。
「な、何これ?! ゲホッゴホッ」
突然の事なので、煙を少し吸い込んでしまった。
煙の向こうから人影が見える。
人影は、私の腕を取り、無理やり引っ張って走って行く。
私は、恐怖より、安心感で、顔がほころんでしまった。
だって、この感じ――。
「救出が遅れて済まなかった。大丈夫だったか、エリコ。高崎から拷問はされていないか?」
聞き慣れた声。普段は無口だけど、矢継ぎ早に私に質問をしてくれる。
私は、ついおかしくってクスクスと笑ってしまった。
「ばかね、作文書かされてただけよ」
煙のトンネルを抜けると、桐蔭くんが泣きそうな笑顔で私の両肩を掴んでいた。
「それは悪辣な拷問だ」
「飛ばしなさい! 早くしないと高崎先生に見つかっちゃうから!」
「了解だ」
桐蔭くんのママチャリを二人乗りして通学路を疾走する。
頬に当たる、春の風が気持ちいい。
春の花の香りに混じって、桐蔭くんの石鹸の匂いがふわっと香る。
胸が、キュンキュンするのが止まらない。
高崎先生、ありがとうございます。
私、今、最高に幸せです!
「どこまで行く?」
「どこまでも!」
桐蔭君の背中は、とてもたくましくなっていた。
触れたら嫌われそうで、怖くて、ずっと荷台を掴んでいた。
だけど、それでも、嬉しくて仕方なかった。
「なあエリコ、今度、どこか行かないか?」
「今だってどこか行ってる途中じゃない」
何かしら。変な桐蔭くん。
「違う――ふたりきりで、どこか、楽しい所に行こう。連休の辺り、スケジュールを調整しといてくれ」
ええ、それって――。
そういうこと?!?
私は、それ以降、頭が真っ白になった。
ふと、浮かんだのは私の逃走によって、目を白黒させてブチ切れる高崎先生の姿。
ううん、そんな事はどうでもいい。今はどうでもいい。
ここ、広陵院エリコ、デートに誘われちゃいました!