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(51)ハッピートラップ!

~数分後~



檻から出して貰い、度重なる交渉の末になんとか支給された生卵に浸した白菜を食べつつ、

お母様達はなぜこんな酷い拷問をしたのか、話してくれた。


別に私を捉えたかった訳じゃないらしい。

折檻という訳でもない。

っていうか私は間違えて罠に引っかかっちゃっただけらしい。

釣りをしてたら長靴が引っかかること、あるでしょ?

その長靴的存在が、私だったらしい。ぐぬぬぬぬ。


どういうことかというと、この謎すぎる罠の獲物(ターゲット)は、そよちゃんだったみたい。


どうも、そよちゃんが誰彼構わず人に銃口を向けている事が学校で早速問題になったらしく、お母様と、生徒会候補のコースケが注意をしに来たらしい。

だけど、当のそよちゃんは行方不明。

ゲンさんによると、本人もやらかした事を自覚しているらしく、どこかに隠れているそうだ。


そういう訳で、お母様のハンター知識を活かして出来上がったのがこの『すき焼きトラップ』だ。


「バカね、そんな原始的な罠にかかる人間なんて居る訳ないでしょ」


言い終わるなり、私は箸を伸ばし、豆腐をむぐむぐと食べる。

うーん。やっぱりお豆腐は終盤ね。


「それ言っちゃう? それ、今まさにお豆腐を頬張ってる姉さんが言っちゃう?」

「それに、そよちゃんは気づいちゃうわよ。頭がいいから。生卵も白ご飯もうどんも無い事に。こんなの拷問だわ! 最低よ!」

「いや……絶対そういう問題じゃないよね……」


コースケは心底呆れた様子で頭を抱えている。

何よ、何かいけない事言った? 私。


「うーん、そよ子、すき焼きなら来ると思ったんだけどなあ」


お母様も困ったように腕組みしてウンウン唸っている。


「何しとるんだね」


そこにやってきたのはゲンさんだった。

抱えているのはアルミのカンカンだ。多分、おせんべいとかが入ってるやつ。


「ああ、ゲンさん。そよ子をね、とっ捕まえようと思って、罠を仕掛けてみたん――」

「あ、野々村さん、聞かなくていいです。お願いです。むしろ聞かないでください。これは一家の恥で……」


お母様が言いかけた言葉を遮り、コースケはブンブンと首を振る。


「どれどれ」


ゲンさんはコースケの静止を無視してトラップの仕組みを観察していた。


私が引っかかったのは、マンガに出てきそうな初歩的な罠で、すき焼きに気を取られているうちに、スイッチを押すと木の上に吊るしたケージが地上に降りてくる、というモノだった。


なんていうか、これを見てようやく自分がほとほと情けなくなった。


「とほほ……ごちそうさま」


そして、そう思いつつも、同時にすき焼きを完食してしまった。


(監督)ふふ、オメーの体は正直だな。


いきなり出てこないでください。

そしてシモネタに聞こえるサイテーなセリフはやめてください。


「うむ、そよを呼ぶなら、すき焼きじゃなくてコレの方がいいじゃろう」


そう言って、ゲンさんは完食したすき焼きを退けて、アルミの缶を置く。

中から出てきたのはハッ◯ーターン。


「コレはアイツの好物じゃからな。きっとすぐ飛びつくぞ。アッハッハッハ」

「それは……絶対ない」


豪快に笑うゲンさんに対して、コースケはボソリと低い声でつぶやいていた。



~数分後~



「くそーーーーー図ったなーーーー! ここから出せーーー!」


そよちゃんがケージの柵を引っ掴んでガンガンと揺らしながら大声で叫んでいる。


「ほうら、言った通りだろ、ハッハッハ」


高らかに笑うゲンさん。


結果的に、そよちゃんはものの数分で罠に引っかかりましたとさ。


「なるほどーそっちかー」


アゴを撫でながらふむふむとそよちゃんを見定めるお母様。


「もう……何でもいいです」


生気を無くして項垂れるコースケ。


「ずるい! そよちゃん、ハッ◯ーターン一個分けて!」

「い、嫌だ! これは全部私のモノだ!」


そよちゃんは私の要望には答えず、缶を抱きしめて涙目で叫んだ。


「とりあえず、そよ子。なんでこうなったか、アンタ、分かってるわよね」

「……」


そよちゃんは白い肌の頬を膨らませて、涙目でお母様とゲンさんを代わるがわる見ている。


「……あやまらんぞ」


そよちゃんは頬を膨らませたまま、そっぽを向く。


「ああ、謝らなくていい」


ゲンさんはケージに近づいて、そよちゃんと目を合わせる。


「ずっと行けなかったじゃろ、学校。怖かったろ。よく頑張った、そよ。偉いぞ」


ゲンさんは、シワだらけの目を細くし、優しく笑った。


「じいさん……」


そよちゃんは、目にいっぱいの涙を浮かべている。

そっか、そよちゃん、ずっと学校行けなかったんだもんね。

私達は当たり前に学校に行ってるけど、そよちゃんは――そうじゃないんだ。


私は、はじめてそよちゃんの気持ちを知った。

もしかしたら、そよちゃんが「学校に行きたい」と言った時も、相当の勇気が必要だったんじゃないかしら。


「ううっ……怖かった……同じ服を着てるのに、量産型じゃない人間がいっぱいで……怖くてしょうがなかった……」


そよちゃんは、顔を覆って嗚咽を漏らす。

そよちゃん――よく、頑張ったわね。


「だから出して! 早くここから出してくれ!」

「ダメじゃ」


ゲンさんは即答する。


「クッ!」


そよちゃんは首をブンブンと振ってガクっと肩を落とした。


「ねえ、そよちゃん」


私はそよちゃんに近づき、目を合わせる。

そよちゃんは、赤い目のまま、私から目をそらした。


「今治くんの事、どう思う?」

「いま……ばり?」

「一般人よ」

「ああ」


それは、純粋な興味からだった。

そよちゃんが今後、学校に通い続けるのか、そうじゃないのかなんて、どうでもよくて、ぶっちゃけ好奇心だけで聞いてしまった。


「っていうか、お嬢、すき焼き臭いんだが……」


その瞬間、コースケが例の痙攣を始めたのを見逃さなかった。

出た。これもひっさしぶりね。

皆さん、ウチの学園の王子様は痙攣の持病持ちですよ。


「とにかく、一般人のこと、どう思う?」


聞いた瞬間、そよちゃんの目に光りが灯る。

さっきまで涙目だったのが嘘みたいに、キラキラとした目で彼女は言った。


「すっっっごく普通だった!!」


私は何も言えなくなってしまった。

だけど、これだけは分かる。

ドンマイ、今治くん。


「あんなに普通のやつ、私は初めて見たぞ。まず容姿だ。容姿が竹原って奴と被っている。身長も絵に描いたような中肉中背。趣向も普通。ちょっとプラモをいじってる位で”俺オタクかな”とか思ってたぞ、あれは。その反応、普通だ。あまりにも普通だ!」


ここから、そよちゃんは興奮した様子で、ツラツラと今治くんがいかに普通だったかを語ってくれた。

だけど、聞いているうちにどんどん悲しくなってくる。


ドンマイ、今治くん(二回目)


「なあ、お嬢。あの一般人と、どうしたらもっと親密になれるのか?」


そよちゃんから意外な言葉が出た。


「え、そよちゃん、今治くんと友達になりたいの?」


そよちゃんはキラキラとした目でコクコクと頭を振る。


「お嬢は分からないのか? あの標準さ。普通さ。一般人感。いわば、人間版量産機だぞ!」


私は開いた口が塞がらなかった。

「量産機」って、そよちゃんが大好きな言葉よね。それを今治くんを例える言葉にしてるって――

え、その、つまり、そよちゃん――今治くんの「普通」な所、ものすごくアリなの……ね?


「じゃあ――その、明日も学校、行きたい?」


私の質問に、お母様、コースケ、そしてゲンさんがゴクリと唾を飲み込む。


「何言ってる。当たり前だろ。あの一般人の行動も気になるし、キクチの性能を生徒達に見せつけるのだってまだなんだぞ」


そよちゃんは真剣な目で言った。

ゲンさんとお母様は胸をなでおろし、コースケは「しょうがないな」と苦笑いをしていた。


そこで、お母様が私の隣に腰を降ろして言う。


「それじゃあ話は早い。その、今治くんってのと仲良くなりたいんなら、銃を向けるのをやめる特訓をしよう。いいな?」

「ううっ…………なぜだ。あれはモデルガンで安全で、お守りのようなもので――あれがないと私は!」


私はケージに腕を突っ込み、そよちゃんのおでこにデコピンをかます。


「あいたっ」


そよちゃんは目を✕印にしてクラッと後ろによろけた。


「だめったらダメ。普通の人はね。一般人はね、拳銃を向ける子と仲良くなれないの」

「うう……どうしても、か?」

「そ、どうしても。拳銃は私が預かっておくから。はい、渡して」


観念したように、ガクリとそよちゃんは頭を垂らし、しぶしぶといった様子で私に拳銃を手渡した。


ふふ、計画通り。

私は密かに口端を寄せた。



こうして、私達はそよちゃんと「脱拳銃」の猛烈な特訓を始めたのでした。

修行編は面倒なので省略!

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