(49)量産型黄金色お菓子・2
さて、そよちゃんが何故、ゴツいガタイの姿で生活しているのか。
なぜ、どうして、そよちゃんがター◯ネーター状態なのか。
もちろん分かってると思うけど、そよちゃんは重力室や時の止まった部屋で修行を積んで、筋肉と身長を得た訳じゃない。
あのター◯ネーターはボディースーツ的なもので、分かりやすく言えば、機械で動くキグルミ……というか、人を乗せて動くロボットだったりする。
CS-33【キクチさん】、これがあのボディースーツの正式名称。というか、型番ってやつかしら。
察しのいい人は薄々気づいているかもしれないわね。
あれ――量産、されているのよ―――。
ああっ、思い出したら頭が痛くなってきたわ。
多分、コースケの方がずっと頭を抱えていたかもしれないんだけど。
あの悪魔は、突然私達の前に現れたの。
あれは中等部3年生の春のこと。
私とコースケはゲンさんに「そよから話があるそうだ」と呼び出された。
別に断る理由もないので、広陵院別邸――ゲンさんとそよちゃんの住んでいるお家にお邪魔していた。
日本庭園の見える応接間で、高そうな座布団に正座し、テーブルに乗った某粉のついた小判型のおせんべいを頂きながら、そよちゃんを待っていた。
「ひっさしぶりね、ハッ◯ーターン」
「うわ、何このお菓子、手に粉がくっつくんだけど……」
コースケは、ハッ◯ーターンの包みを開けてダイレクトに手づかみして顔をしかめる。
フン、初心者ね。
「チッチッチ、ハッ◯ーターンはキャンディ型に包装されてるから、ハンバーガーみたいな要領で食べたら手が汚れないのよ」
「僕は姉さんみたいに貧乏臭くないからハンバーガーも行かないし……」
「え、それ、正気?!」
コースケの一人称はいつの間にか「僕」に戻っていた。
「つぐみはハンバーガー、すっごく好きよ?」
「うっ……ぼ、僕も行ってみようかな……」
姉弟で他愛無い会話を続ける私達。
ゲンさんは、ふすまを開け放った隣の部屋のデスクで、老眼鏡をかけ、何やらパソコンとにらめっこしている。
と、その時、私達の部屋のサイドから、障子が微妙に開く。
じーーーっとこっちを見る視線がなんというか――怖い。
殺気立っていて、だけど、少し弱々しくて、どこか悲しそうで、そんな覇気のなさも不気味さに一役買っていた。
「そ、そよちゃんでしょ? 入って来ないの?」
そよちゃんらしき人物は、何かを障子に突き刺し、障子紙を突き破りる。
明らかに銃口だった。
「ひっ」
コースケが上ずった声をあげる。
「あ、安心しろ、モデルガンだ」
障子越しに聞こえたのは可愛らしくて小さな声。
そよちゃんの声だった。
この子、桐蔭くん相手なら普通に喋れるのよね。
私は胃の底が少しムカッとするのを抑える。
「いい、一種のココ、コミュニケーション障害のようなものだ。きき、気にしないでくれ」
「そそ、そんな事できるか!」
コースケは顔を青くして私の後ろに隠れる。
あのさ、コースケ。
子供の頃、私を守るって昔言ってなかったかしら?
「うう、うるさい! わわ、私は人見知りなんだ! いいい、色々察しろ!!」
「銃口を向ける奴に何を察しろって言うんだ!」
申し訳ないけど、コースケの言うことはもっともね。
その時、ズギャンと音がした。
パリン音を立てて飾ってあったツボが割れる。
「はは、反抗すると――撃つからな!!」
私達双子は黙って両手を挙げた。
こういうのって、撃つ前に宣言するものなんじゃ――いや、今はそういう場合じゃないわね。
っていうか、そよちゃん。
どうしてそんなに緊張してるの?
私とはネットオークションに売り出す商品の見本写真用衣装を着てもらうために、日夜鬼ごっこバトルしてるのに。
まあ結果は全敗なんだけどね! どんまい!
「な、なぜそっちのメガネを連れてきた。私が話をしたかったのはお、お嬢の方だけだ……」
「ぼ、僕もゲンさんに呼ばれたんだけど」
コースケは額に冷や汗が浮かべ、歯をガチガチさせながら言う。
「ああ。コースケ君はワシが呼んだんじゃ。そよ、落ち着きなさい」
そして、そよちゃんは落ち着いた(物理)。
鎖でぐるぐるに巻かれて、後ろ手に手錠。頭には大きなげんこつコブ。
隣にはゲンさんが腕組み。
そよちゃんのげんこつコブを作ったのは、もちろんこの人。
(これ、逆に私達が落ち着かないわよね……)
(シッ姉さん……言ったらアイツと同じ目になるかもしれないぞ!)
コースケとコソコソと会話していると、うつむいたそよちゃんがぼそぼそと言う。
「……てくれ」
「聞こえないわよ」
そよちゃんは悔しげに歯噛みする。
もともと白い肌を真っ青にしていて、睨んでるんだけど、どこか諦めてるいたいな、そんな瞳でこっちを見ている。
なんというか「クッ殺せ!」とか今にも言いそうな勢いだわ。
「……助けてくれ」
あまりに情けない声色だった。
そよちゃんは私達から目線を外し、早口で語り始める。
「じ、じつは搭乗型ロボット量産するプロジェクトに参加させて貰ってな。金も一部投資した。プロジェクトは順調に進んだ。遂に量産化も実現した。だが――」
「だが?」
「買い手が見つからず、在庫が余りまくっている!!! 1000体はある!」
なにやら、作ったロボットの買い手が見つからなくて困っているらしい。
「ええ、搭乗型ロボットなんだし、皆欲しいんじゃないの?」
「残念ながら、単価が高いからな」
確かに、新技術のロボットとかだったら、高いのは当たり前よね。
「それに、その量産機なんだが――搭乗しても、そこまでパワーアップしない! そして蒸れる!」
「いらない……強烈にいらない……」
コースケが小声で言う。そよちゃんはうなだれていた。
「俺は少し欲しいぞ」
と、言ったのは桐蔭くんだった。
って桐蔭くん?!
彼は、いつの間にか私の隣で正座して、キリッとした顔でハキっと言った。
「や、桐蔭くん! なんでココに居るのよ。また忍び込んだんでしょ!」
私の声に棘がある事に気づき、自分でも少し嫌になった。
露骨にヤキモチしてる。カッコ悪すぎだよ……。
「ちが、それは違うんだ。宿題がわからない所があってだな。電話しても応答がないから、聞きに行こうと本邸に寄ったら、こっちに居るとだな!」
本気で桐蔭は焦っていた。こんなに焦って饒舌になる桐蔭くんも珍しい。
両手をブンブン振って、冷や汗を流している。
「……約束を……破った訳じゃないんだ」
少し顔を赤くして、小声で言う桐蔭くんは、どうしようもなく可愛かった。
心臓がきゅんとして、息ができなくなりそう。
すぐにでも抱きしめたくたかったけど、コースケの咳払いでそれは実現しなかった。
桐蔭くんは姿勢を正す。
「ロボットは夢だからな。男の」
「えー僕は別にそういうの好きじゃないんだけど……」
コースケはジト目になって言う。
「とにかく、ロボットの買い手が見つからないのよね? お金を貸せばいいの? どうしたいの?」
「資金面は私のポケットマネーでどうにかなるんだが――その――せっかく作った量産機だし、たくさんの人に使って欲しい」
そよちゃんは、鎖でぐるぐる巻き状態のまま、頭を下げた。
「広陵院家の使用人用制服として採用してくれないか?」
「却下」
私は即答した。
「なぜだ、ボイスチェンジャー機能と防弾機能付きだぞ!」
「ここは現代日本だよ! そんなのがうじゃうじゃ居るお屋敷とか僕は落ち着かない!」
コースケは立ち上がってまくし立てる。
「うーむ。今の性能を聞いていると、それぞれの個性をなくす事しかできないな。例えば、搭乗者の体型や、声など、人間の外見的な特徴をごまかすのに――」
桐蔭くんはアゴに触れながらぼそぼそと言う。
彼の声は、会えないうちに低くて落ち着いた声になってしまった。
男の子だもの、声変わりぐらいするわ。
だけど、その変わっていく時期を見る事ができなかった事は、私はひどく残念だった。
「聖――それだ」
そんなこんな言っているうちに、コースケは目を丸くして、桐蔭くんを指さす。
「外見的特徴を、同じものにできるロボットいや、服。キグルミ――それだよ、聖!」
「え、どういうこと?」
私は意味がわからなくて首を傾げた。
コースケはゴクリ、と唾を飲み込む。
「みんながロボットに搭乗していれば、つーちゃんの体型も――」
「え、コースケ! アンタ、もしかして――天才?」
私はコースケの両手を取る。
みんなが同じロボットに乗れば、体型なんて関係ないものね!!
「よし、決めた。桃園の生徒会で、そのロボットを”高等部第二制服”として採用する事にしよう」
「ほ、本当か」
「ああ、没個性。個性を完全に殺し、生徒達はロボットに搭乗して学校生活を送る。悪くないだろ」
いえいえいえいえいえ、あー危ない、一瞬乗せられたわ。
悪いわよ、最低よ!! 最悪よ!!
だけど、コースケは止まらない。何か、書類の名前をブツブツ言いながら、メガネを光らせている。
「ああ、何て素晴らしい世界観なんだ」
桐蔭くんも明るい声色で言う。
あー、もうなんでアンタ来ちゃったかなー。
「だったら――」
そよちゃんが、もじもじとしだす。わずかに顔を赤らめて、何かを言いたげに口をゴニョゴニョさせている。
鎖にまかれているので、当然ジャラジャラと音が鳴った。
「私も、アレに載って――学校に行きたい」
不思議と、いつも湧き上がってくる嫉妬の感情は無かった。
代わりに、なぜか、嬉しくて、嬉しくて、どうしようもなかった。
いつも「学校来ないで!」って言ってきたけど、やっぱり、そよちゃんに学校に来て欲しい部分もあったのかもしれない。
不思議なものね。
「いいわ、学校で待ってる」
不思議と、笑顔で言えた。むしろ、そよちゃんが来てくれるのは嬉しい。
銃口をこっちに突きつけてくる子よ。きっと騒がしくなるでしょうけど。
「だけど、高校編入でしょ? テストとかどうするの?」
コースケが言う。
確かに。桃園の編入はかなり偏差値が高い。
コースケやつぐみは例外だけど、お金持ちってだけで、将来安泰、勝ち組って勘違いをして勉強をがんばらずに学園の品位を下げる輩も多い。
そんな状況を改善するために、高校編入では、頭の良い子やスポーツに秀でている子を外部から入れている。
そんな編入試験、学校に行けないそよちゃんにパスできるか――不安だわ。
「問題ない。理系科目ならそこそこ頑張れる。理系は大学受験も文系科目より数学を重視するだろう? 国語は古典だけだ。今から手をつければどうにかなるだろう。世界史なら得意だ。私なら、そこそこの結果を出す」
は、はあ。
そよちゃんは、急に饒舌になった。
少し誇らしげなドヤ顔をしている。
そっか、学校に行ってなくても、勉強はちゃんとしてたのね。
偉いわねー。私、それ絶対無理だわ。
「最悪裏口入学すればいいだろう」
桐蔭くんはサラッとむごい事を言った。
そよちゃんが凄い勢いで睨んでる。
鎖を解いたら今にも掴みかからん勢いだった。
「ふざけるな! 普通に受験ぐらいパスしてやる!! 前から思ってたが、お前は見るからにバカそうだからな、私の実力など分からないだろう!!!」
「そうだな。肯定する」
桐蔭くんは冷静に言った。
この子の煽り耐性は普通に尊敬する。
私が怒っても反応が淡白なのは、少しさみしいけど。
「そんなわけで、問題は解決ね! 来年からよろしくね」
そよちゃんは、顔を真赤にして私から目をそらしていた。
あら、ちょっとかわいい。
こうして、そよちゃんは人が怖くて試験が受けられず、裏口入学をしました。