表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/116

(45)乙女ゲーのヒロインがマシュマロになってしまったのは私のせいなんです!

桜の散るレンガ造りの豪華な校門。

全解放されている柵は金色に輝いている。

冬を越えた4月の日差しは優しい。

春の香り鼻をくすぐる。


そんな、素晴らしい陽気の中、天真爛漫の笑顔で右手を挙げ、手を振りながら、踊るようなステップでこちらへと走ってくる美少女。

花巻つぐみ。

私の前世で大好きだった乙女ゲー、『花と君のカンツォーネ』の主人公だ。

このポーズは前世で見たオープニングと完全一致する。


だけど、「完全一致」しているのはポーズだけ。


結論から言うと、つぐみは、太った。


マシュマロみたいになった。

ふかふかな体つきがかわいい女の子になった。

違うの、つぐみは例え太ったとしても魅力的なのよ!!!


「つぐみ~~~」


私は瞳の奥がツンとなるのを抑え、すぐさまつぐみに駆け寄って頬ずりをする。


「私はつぐみがどんなに大変な事になっても必ず味方だから。もうこれ以上はつぐみに悪いことは絶対しないから。だから、だからつぐみ、私を見捨てないで~~~」


結局、私は涙をドバドバと流した。


「どど、どうしたの、リコちゃん? 私とリコちゃんは親友でしょ? え? どうしたの?」

「いいの、いいのよつぐみ。その言葉だけでも嬉しいの。私、つぐみにいっぱいひどいことしたから……だから、許して欲しいなんて言わない。言わないけど――うわあああん」

「リコちゃん? と、とりあえず落ち着こう、落ち着いて、ね?」


つぐみになだめられ、目を真っ赤にしたまま私はグスグスと泣き、それをつぐみに慰められながら校舎へと歩く。


まだ、入学式は始まっていない。

今日はコースケに呼ばれて、少し早めに登校して、設営の準備をする。

別に、登校してきたからって、生徒達が一斉に注目してモーゼの奇跡みたいに道を開けるワケじゃない。

そもそも、校門は閑散としていて、生徒もほとんど見かけない。


ゲームじゃ注目の的の江梨子だったけど、私はこれでいいの。

広陵院エリコはひっそりと生きてごはんを食べます。三食きっちり。


「そうだ、リコちゃん。クッキー焼いてきたんだ。よければ食べて」


ぱあっと花のような笑顔を咲かせるつぐみ。

私はグスグスと鼻をすすりながら、数枚をまとめてラッピングした小袋をもらった。

真っ赤なリボンもかけられている。かわいいな~。流石つぐみ、センスも最高ね。


「うう、ありがとう。やっぱりつぐみは親友よ。一番の親友」


袋を開けて一口食べたらまた涙が出た。


「もう、リコちゃんったら。今日、なんか変だよ?」


つぐみはニコニコと笑っている。

子供の頃とはちがう、ふっくらとした顔。

天使だ。確かに天使。もちろん天使。

それだけど……。



中等部に上がってから、学校にはつぐみを悪く言う人が多くなった。

ケイドロを通じて仲良くなった子達はつぐみの味方だけど、中等部の編入生や、上級生は事あるごとにつぐみに攻撃的な態度を取っている。

守りきれてない私も悪い。

コースケも、あまり助けてあげられていない感じがする。

桐蔭くんは――期待してないからいいんだけどさ。


お金持ちの偉そうな生徒たちはみんなこう言う。


「庶民のクセに「マロン・マージュ」の一員だなんて、恥を知りなさい」


信じられない。

そもそもマロン・マージュって何よ。『栗まんじゅう』をちょっとかっこよく外国語風に言っただけじゃない。

それに、あの噂って色々と尾ひれがつきすぎなのよ。


とにかく、つぐみを攻撃するのは、半分以上がコースケのファンだった。

恥ずかしながら、私のファンも居たけど――大抵の子達は私とつぐみの友情を温かく見守ってくれた。


私、自分がちやほやされてる事をちゃんと分かって、その上で、「エリコ様のファンです!」って言ってくれる子たちに、一生懸命呼びかけたのよ。

最終的には呼びかけた(物理)になって、今でも敵対(物理)している子はいるんだけど。


確かに、つぐみを敵に回したら、下手したら死ぬからって事も考えたけど。

あんなにがんばれたのは、やっぱり親友だからだと思う。

誰にも代えがたい存在だから、私は必死になれたのよ。


だけど、私は選択ミスをした。


その日、いじめられて、滅多に見せないような悲しい顔をしたつぐみに、私はこう言ってしまった。


「辛いときはさ! 美味しいもの、いっぱい食べよう」


前世の私は、きっと落ち込まないタイプだったんだと思う。

それか、本当に「おいしいものいっぱい」でストレスが消し飛んだんだと思う。


事あるごとに、こう言ってしまい、つぐみに高カロリーな食事をたんまりと施してしまった。



その結果が、現在の、つぐみの体よ。


ええ、最初に気づいたのは、もちろん私だわ。

小学校卒業間近で洋裁の腕を上げた私は、練習がてらにつぐみの服を頻繁に作っていた。

もちろん、採寸もする。

毎回、採寸をしてオーダーメイドで作る。

だから、私は一番最初に「あれ?」と思った。

今思えば、ウェストにメジャーを当てたあの瞬間に「あれ?」を口に出していればよかった。


それからすぐ、「あれ?」は「あれ?」じゃ済まされなくなってしまった。

だけど、私は切り替えた。

「ちょっとふっくらしてた方が健康的でかわいいじゃない!」

そうよ、乙女ゲーのパッケージに描かれてたつぐみの姿は痩せすぎよ。

あれは、私みたいに筋肉でみっちりと絞り上げられた手足じゃないわ。

ただの、栄養失調。

だから、このままでいいのよ。

どんどん健康的な体になりなさい。おっほっほ。

と私は構えた。どっしりと。


結果、このままでよくなかった。


今の体型になって、ますますつぐみを悪く言う声は大きくなったし、私に直接「なんでこんな奴を連れてんだ」みたいな事を言う輩も居た。

当然ぶちのめしたけど、正直この状態が続くのはつぐみにとってよくない。


だって、乙女ゲー本編。

運命の男子と胸がキュンキュンの恋を繰り広げる日々を、何が悲しくて太った状態で過ごさなきゃいけないのよ。

誰よ、この子をマシュマロみたいにしたのは!!

やっつけてやる! ぶっ倒してやる!


……私ですよ。


「こんにゃろっぶフっ」


私は自分に渾身のパンチを浴びせ、鼻血を出して道に倒れた。


「リコちゃん?!」


私の奇行を咎めるでもなく、つぐみが駆け寄ってくる。

心配そうな顔をして。

泣きそうな顔をして。

こんな愚かな私を本気で心配する優しい女の子、花巻つぐみ。

すこしぽっちゃり、そう、ぽっちゃり(重要)してるけど、それすらキュート。


一言で言うと――尊い!


いいえ、違うわ。エリコ。

この体型を含めて、つぐみなの。

いいじゃない、この子の事を非難した奴を片っ端からぶっ飛ばしてぶちのめせばいい。

それでいいじゃない。

それで犯した罪が許されるとは思ってないけど、せめてもの罪滅ぼし。

いいわ、やってやろうじゃない!!


「ああ、おはよう。エリコ、花巻」


ここでやってきたのは桐蔭くんだった。

ママチャリのベルをチリンチリンと鳴らして片手を挙げている。

彼の愛機・「桐箪笥」だった。

なぜママチャリが桐箪笥かというと、桐蔭くんに「何かカッコイイ名前をつけてくれ」とリクエストされたので私が2秒で考えた。


それにしてもお坊ちゃまがママチャリで通学……桐蔭家は一体どういう教育方針なのよ。


「なあ、花巻。少しふとっ……」

「ハアアアアアアアアア」


ガチャンと音を立ててママチャリごと桐蔭くんが倒れる。

私は桐蔭くんに渾身のラリアットをかました。


私の覚悟は並大抵じゃない。

例え、桐蔭くんが相手でも――倒す。


なってやろうじゃない。

世紀末物理系悪役令嬢って奴に!!!

つぐみの輝かしい青春のために!!!



そして一時間後、写真部に騙されて女子更衣室の盗撮をしてしまった桐蔭くんは、私に追いかけられる事となる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ