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(44)失踪ビーフジャーキー

ごきげんよう、広陵院エリコです。

時が経つのは早いもので、今日から高等部に進級。


まずは今までのあらすじを復習してみましょうか。


あらすじ:前世記憶が戻ってから食べてばっかだったけど、桐蔭くんが好きだと恋心を自覚。


さて、この時点で小学5年生だった私。

4年もあれば少しは進展があると思ったかしら?


結論から言うと。進展とか1mmたりともございません。

小学生時点では思ってたわよ。「まあ焦るな」と。私には4年もあると。

そういう事は責めて中学生になってからだ、と。


いざ、中等部に進級。

1年生の夏休み、天井裏に隠れていた桐蔭くんを捕まえて、「夏休みに一緒にお出かけしよう」、と恥ずかしながらお誘いしてみた。

桐蔭くんはうなずいた。確かにうなずいた。はずなのに


「すまん、夏休みは留学する事になった」


あっさりと約束は破られた。

私は当然、落胆。

デートって事でどんなお洋服にするとか、何を食べるとか必死で考えてデートプランを分刻みで考えていた。

魂が抜けるような思いだった。


「帰ってきたら、伝えたいことがある」


だけど、その言葉に気を戻す。

え?

え?

それって、どういう事?


もしかして――そういう事?


「うん、絶対約束だよ!」


桐蔭くんが海外へ発ってからの毎日、私は浮足立って過ごした。

オークションで売る予定のコスプレ衣装を作っていたつもりなのに、ウェディングドレスが出来上がったりするなんて事はしょっちゅう。

ショッピングに行けば、指輪をぼーっと見ていた。

ドーナッツを食べると左手の薬指にはめていた。


だけど、桐蔭くんは留学期間が終わっても帰ってこなかった。

本人の希望で留学を延長をしたらしい。


私は落胆した。


きっと、留学先で女の子と出会ったんじゃないかって。

変だけど、顔はいいから、金髪で巨乳で真っ赤な口紅の美人に逆ナンとかされて、勢いでベットにダイブ。

そして、できちゃったりとか……したとか?


いやいやいや、違う、そんなはずはない。あの子に限ってそれはない。

だけど……なんで帰ってきてくれないかなー。


私は毎日気が気じゃなかった。

桐蔭くんの事を思い出しては胸がぎゅーっと痛くなった。

ベッドの上で枕を抱きしめてゴロゴロしたりもした。


そしてそれから1年、桐蔭くんは行方不明になった。


私は毎日、眠れなくなる程心配した。

眠れない夜を、トレーニングと裁縫に没頭してごまかした。

時にはお母様に鎖で机に縛られて勉強を強要されたりして、不安を紛らわした。


こうなったら、桐蔭くんを1人で探しに行こうと思ったが、みんなに止められた。

仕方ないので修行を始めた。

神社の石段をうさぎ跳びで登ったり、滝に打たれたり、時には護摩行もした。

気を研ぎ澄まして、桐蔭君の気配を探る日々。


そして、それは突然だった。

授業中、頭にピーンと気配を感じ、私は窓際に駆け寄ってベランダに飛び出した。

空から何かが落ちてくる。


パラシュートにぶら下がった桐蔭くんだった。


私の目には涙が滲んだ。

教室のベランダ(2階)から飛び降り、桐蔭くんに駆け寄ってぎゅっと抱きしめた。


「エリコ……」

「ばか!! 桐蔭くんのばか!! 心配したんだから!!」

「ありがとう……ただいま」


ススだらけになった顔の桐蔭くんは、私を抱きしめ返してくれた。

これは流石に進展だろって?

そうだったらよかったんだけどね――


「そうだ、エリコ、伝えたい事なんだが――」


そうそうそれそれ!


「俺のロッカーを見てくれ、渡したいものがある」


え?!

ドキッ

私の胸が高鳴る。


もししかして――指輪?!

そして「結婚しよう」とか?!

1年半ぶりの再会に抱きしめ合ったんだもの、それくらい期待しちゃってもいいわよね?



そして指定のロッカー(桐蔭くんのロッカーは1年生の教室に置いたままだった)を開ける。


そこにあったのは――


「ビーフジャーキーかーーい!」

「安心しろ、期限は切れていない。干し肉だからな」

「バカーーーー!」


私は桐蔭くんにラリアットをかましていた。




「もう、一体どこ行ってたのよ」


ビーフジャーキーをモキュモキュしながら、校庭の裏庭にふたりきり。

肉の味が噛むほどに口の中に広がる。

スパイスの辛味がツンと鼻に抜ける。

おいしい。おいしいんだけど、欲しいのはそういうのじゃなかった。



今度こそ進展?! なんて思ったけど、私はもう期待していなかった。

多分ろくな事を言わないと思う。


「すまない、留学中に事件に巻き込まれて、某国の諜報員と結託して、秘密組織と戦っていた」


真顔でとんでもない事を言った。

え?! どういうこと?


戦った相手は、テロを画策している怖い組織だったそうだ。

潜入捜査したり、囮になって捕まったりとかして大変だったらしい。

大変ってレベルじゃないわよね?!

脱出不可能の極秘刑務所にも入れられて、命からがら逃げ出したとか、非現実的な事を淡々と話していた。


いや、何よ、その番外編。

アンタ、そもそも乙女ゲーの攻略キャラよね?

しかも日本が舞台の。


「それで……現地で調達した物なんだが、これを受け取ってくれ」


桐蔭くんは顔を赤くしてポケットから何かを取り出す。

え?!

今度こそ指輪?

ドクドクと鼓動が高まる。


いやいや、気が早い。桐蔭くんは私をお友達程度にしか思ってないってば。

だけど、そんな大冒険の後だもの。

そういう気持ち? みたいなのが高まるんじゃないかしら。

だって、大冒険の後に熱い抱擁をして、その相手と2人きりって――そういう事でしょ?


「ビーフジャーキー(外国産)だ」

「バカーーーー!」


私は再びラリアットをかました。


「バカバカバカバカバカバカ」


それでも怒りは収まらず、私は連撃をする。


再会に渡すのがビーフジャーキーとか、バカにしてるにも程があるでしょう!

私は5人戦隊の黄色じゃないのよ!

食べ物あげとけば喜ぶわけじゃないのよ!

ぶっちゃけ、桐蔭くんに会えなくて落ち込んでる時は色んな人に食べ物を恵んで頂いて慰めてもらったりしてたけど――かなり嬉しかったけど――

とにかく、それとこれとは別なのよ!

ばか、ばか、ばかーーー!


「オラオラオラオラオラオラオラオラーーー」


一度ラリアットを食らっておきながら、桐蔭くんは素早い動きで連撃を避けていく。

だが、後退はしている。

そうやって攻撃しては避け――を繰り返していると、私は何かに足を取られて、体を滑らせた。


バッシャーン


「大丈夫か、エリコ」


水しぶきを上げ、私は池に落ちたのだった。

傍で鯉が泳いでいる。

ここで頭が冷えた。


池の水を吐き出し、私は言う。


「とにかく、無事で良かったわ」


そうよ。好きな人が無事に帰ってきたんだもの。

そう思うのが当たり前じゃないの。

ビーフジャーキーとビーフジャーキーさえ貰わなければそんな当たり前の結論に至ったわよ。

私が期待したのがいけなかったのよ。


関係なんて、これから作ればいいじゃない。

ライバルを押しのけて、頑張って一番になればいいじゃない。

だから、学校生活で近づいていけば――



「桐蔭、帰還祝いだ」


ドン、と。

桐蔭くんの机に重たい音がしてテキストの山が置かれる。


この光景はデジャブだ。激しいデジャブ。

私が小学3年生のときに見た。


桐蔭くんは色々便宜を計って貰って無事、進級ができたけど、代わりに宿題の山が与えられた。

桃園はエスカレーター式とはいえ、桐蔭くんの今の学力だとエスカレーターは停電してしまうらいしい。


私とつぐみ、コースケの3人がかりで桐蔭くんの宿題を見たりしたんだけど、なんというか、そういうイベントは無かった。

学業が中1止まりの桐蔭くんの学力がお粗末すぎて、イベントを起こす余裕がなかった。

英語だけは海外留学で覚えたらしいので、それは良かったけど、日本史なんて散々だった。


で、今日にいたる。


はあ、ここまでやってきて私が選ばれないって、恋愛対象外なのかなー。

いやいや、負けるな私。

桐蔭くんはただ単に恋を知らないだけ!

……いや、余計凹むわ。



とにかく、時間は待ってくれない。

なんだかんだ高校生。今日から乙女ゲーがスタートする。

つぐみの将来の伴侶が決まる、大事な時期。

そして、私の退場が決まる、闘いの日々が始まる。


と、いざ、つぐみの事を思い出すと、胃がチクチクとした。


「リコちゃーん」


私の方へと駆け寄ってくるつぐみ。


『花カン』のオープニングムービーと完全一致のポーズよ。


だけど、つぐみは、前世で見たよりも、シルエットが丸くなっていた。

ロールケーキみたいな腕に、シュークリームみたいなほっぺがかわいいつぐみ。

やっぱり天使のつぐみ。


そんなつぐみは――太ってしまった。

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