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(42)上り坂のラーメン屋・4

「で、貰ったのがこのママチャリって訳ね」



私は荷台に乗り、桐蔭くんはママチャリを押して歩いる。

ママチャリはところどころ錆びていて、キコキコと音を立てている。


なるほど、確かに量産されてるわね。量産機よ。しかも旧型。ロマンが詰まってる訳ね。

って詰まってないわよ!


「なによ、ガラクタを押し付けただけじゃない! 私と桐蔭くんを同時に追い出したかっただけよ、あの子」


あの根暗、チビ、オタク、コミュ障、ごうつくばり! 

私は頭の中で思いつく限り、いくつもいくつもそよちゃんの悪口を並べ立てる。


「何でそう怒る」


冷静な桐蔭くんは、どう思ってるかわからなかった。

軽蔑、したかな。


「……ごめん」


私はすぐに反省モードになった。


「それにしても……やるな、あの女」

「あの子、学校行けないんだって」


桐蔭くんがこれ以上あの子の話をしてるのを見たくなくって、私は話題を変える――変えきれなかった。


「そうか」


桐蔭くんの反応は思ったより淡白だった。それに少しホッとしてる、ずるい私がいる。


「ねえ、桐蔭くん」


私は声がどんどん小さくなっていく。

彼を縛る資格なんて、私にはないのに。


「もう、そよちゃんの部屋に忍びこんだり、しないで」


桐蔭くんは「ああ」、とだけ言う。

「なんで」とは、聞かなかった。それが逆に不安で仕方なかった。

ぎゅっと、胸が締め付けられる。


「ロボット、いいと思った。プラモデルも欲しい」


何を言うかと思ったら。言い訳を聞いた方がずっとマシだった。


って違うわよ、最初からそういう関係だったのよ。私達。良いお友達。良くても、仲間。

何期待しちゃってるのよ、私。


「俺は多分、量産機より、特別なロボットの方がいい」

「知らないわよ、別に。それだってそよちゃんに作ってもらえば?」


何で怒ってるのよ私。いいじゃない、勝手にすれば。

つぐみが桐蔭くんを選んだら、私は勝てる訳もないのに。


っていうか、私じゃつぐみ相手に勝負なんて無理よ。同じリングに上がるつもりなんて到底できない。


って、どうしてこういう事考えちゃってるの、私――


「いいや。自分で買える。俺が自力で作る」

「男のロマン、みたいなヤツ? 桐蔭くん、そういうの大好きだもんね。いつも見事な忍術、キマってるもんね。バカみたいなやつ。皆を困らせて」


あれ、止まらない。桐蔭くんにイヤミたくさん言っちゃってる。やだ、桐蔭くん、聞かないで、見ないで。


「エリコ、泣きそうだった」


私はハッと目を見開く。溜まった涙が溢れてしまいそうだった。

切なくて、悲しくて。だけど、嬉しい。甘酸っぱい感情がたっぷり、心から溢れ出す。



桐蔭くんはサドルにまたがり、ペダルをこぐ。

私達なら、きっとどこまでも行ける。だって道は続いているから。


信じたくなってしまう程、まっすぐ進んでいく。私は少し大きくなった桐蔭くんの背中に体を預けた。


――訳ではなく、桐蔭くんがペダルを足に掛けた瞬間。すぐに車体が傾いて、生け垣にガッシャーンと音を立てて突っ込んだ。


私達は事故った。


「もー、なんで自転車に乗れないのにそんな事するのよ!」


生け垣から顔を出して、私は声を裏返しながら叫ぶ。


「……今なら乗れると思った」

「バカッ!」


キリッとした顔とは裏腹に、桐蔭くんは安定のマヌケだった。

そして、また右アゴの端に十字傷を作ってる。

ほんっと、懲りない子。


「顔が痛い。応急処置を頼む」

「いいわよ、お屋敷で――」


桐蔭くんが腕をつかんだ。

少し力が強くて、私は顔を歪めた。


「っ、すま……!」


桐蔭くんは俯く。うつむいたまま、掴んだ手を離そうとしない。


「……ばんそうこ、貼ってくれ」


照れてるのか、ぼそぼそつぶやくように言う桐蔭くんは、その、なんていうか、どうしようもなくかわいかった。


「なによ、それなら最初から言ってよ」


嵐のような感情が、私を素直にさせてくれない。そんなのは嫌なのに。もっと素直になりたいのに。

素直になったら――何て言うの?


私は、掠めた疑問を振り払い、ポケットからばんそうこうを取り出して、桐蔭くんのなめらかな肌にできた傷に触れる。

前の傷はすっかり消えていた。どこにも見当たらない。


寂しくなって、胸がぎゅっと詰まった。


今度の傷は、消えないで欲しい。


身勝手な事を思って、封をするように、ばんそうこうを貼ってあげた。

桐蔭くんがじっと私を見つめている。私も目を離す事ができずに、見つめ返してしまった。


「な、その……エリコ、なんだ、俺と――」


桐蔭くんは照れくさそうにばんそうこうの付いた頬をかきながら、私から少し目を反らす。


「ふんぬぬぬーーーー」

「すごいなエリコ。お前は立派な量産機のパイロットだ」


荷台に桐蔭くんを跨がらせ、私は体重をかけてママチャリのペダルを漕ぐ。微妙な坂道。

視界の先は夕暮れに照らされた赤い町。



『な、その……エリコ、なんだ、俺と、自転車に乗ってくれないか』

そう言われた。

『桐蔭くん自転車乗れないじゃない。しょうがないわね、私がこぐから荷台乗って』

こう答えた。


「ふんぬぬぬぬーーーーーなにくそ~~~~」


そしたらこうなった。


踏ん張って、必死にペダルを漕いで先へと進む。


男を荷台に乗せてる女なんてカッコ悪いけど、毎日訓練をしている身としては、こういう時ほど冷静に考えられる。ほんと、参っちゃう。なんて言ったらオバサンだわ。


「しっかりつかまっときなさい! じゃないとまた事故だからね」

「了解」


桐蔭くんが私のおなかの辺りを遠慮なくがっしりと抱きしめるように両手で包み込む。

彼の金髪が肩に触れた。

ドキリとする。


なんなのよ、ほんと。なんなのってば。

私はペダルを漕ぐ。踏ん張って踏み込む。


もう。

わかってるわよ。わかってたわよ。


好きなの。


私は、桐蔭くんの事が好き。そりゃあもうどうしようもなく、好きよ。ずっと好きだった。


「ふんぬうううううううううううう」


ペダルを踏み込む。


相手はセレブ学園の王子様になる事を約束された子。すべての女の子の憧れの的になる子。今は忍者とかロボットでわーわー言ってるけど、本来はそういう子。


片や、私はバカで単純な色んな物が足りない女。

そして、感情に振り回されて沢山ワガママ言って、罪を作って、物語から追い出される、ビミョーな悪役。


違うわよ。ふざけないで。負けるもんか! そんな運命になんて!


「ふんぬうううううううううううう」


私は、この作り物みたいに綺麗だけどどうしようもなくマヌケでアホな男の子を好きになっちゃったのよ。やめときゃいいのに。失恋確定のド地雷じゃない。


それでも――どうしようもなく、好き。


それって何が悪いの? 

何がおかしい?


普通に恋して普通に不相応でハイおしまいできっぱり忘れりゃいいんでしょ、わかってる。


だけど、この子に運命の女の子が現れるまでは、この場所に居させてよ、神様。


「わーーーーーーー」


とにかく叫び出したい気分だった。そう思ったら、叫んでた。


「何で叫ぶ」


桐蔭くんが言う。なによ。全部あんたのせいなんだから。

桐蔭くんなんて「あんた」でいいわ。あんたなんて、あんたよ。


「叫びたいからよ。わーーーーー」

「俺もやる」

「やらなくていい」

「わーーーーーーーーー」

「やらなくっていいってば」

「わーーーーーーーーーーーー」


桐蔭くんもわざとらしく叫んでる。大声上げるなんて滅多にないのに。私に合わせて、大きな声でみっともなく――


「マネしないで、わーーーーー」

「そっちこそ。わーーーーー」

「わーーーーーーーーー」

「わーーーーーーーーーー」


二人で声を揃えて叫ぶ。


一体、何の意味があるのよ。

ぜんぜん、わかんない。

バカみたい。


泣きたいけど、笑顔が浮かんだ。

昂ぶる感情を全部を飲み干して、ペダルを漕ぐ。



いつまでも続くと思ってばかりいた坂道は、とっくに登り切っていた。


陽はすっかり落ちた。

私達はウチの敷地外の中華屋に立ち尽くしていた。


思ったより遠くに来てしまった。

力を入れすぎた足がじんじんと痛い。


恋してるのに、おなかも減ってる。


やっぱり生きるって理不尽な事や思い通りにならない事だらけ。だけど、つまり、その、それが「生きる」っていう事なのよ、多分。



「エリコ、ここは何をやっているんだ。怪しい中国マフィアか?」

「ラーメン屋よ」


正確にはラーメン店というより中華屋って感じね。

私はずかずかと中華屋の扉を開ける。


「ラーメンと餃子、2人前」


どういう顔をすればいいかわからなくなった思考がぐちゃぐちゃバラバラに散らかって絡まっていた。だけどそれが、醤油スープの香りに乗せられてふんわりと漂ってくる匂いをかぐだけで。それだけで、気持ちがほぐれた。


レンゲを掬ってスープを飲む。醤油の風味が口一杯に溢れ、熱さに口がアフアフして、ぶわっと湯気が出る。

麺を箸で持ち上げて、一度レンゲに入れて、それを思い切り啜った。


安っぽい、ありふれた味。一日何杯出るのかもわからないような、ありふれたラーメン。

だけど、目の前に。湯気の先に、桐蔭くんがいる。



『量産機でも扱いきれる人間が乗れば、特別なマシンにも負けない』



あの嫌な子の言葉が蘇ってくる。トゲトゲしくてドロドロな気持ちがこみ上げてきた。


だけど、「量産機のロマン」、多分、私にもわかる。

どこにでもある、ありふれたごはんでも、この人と食べるのは特別よ。

おいしいの。おいしいから、悲しいくらい幸せ。



あー、もう。やめよ、やめやめ。

やっぱり、弱気になるのはやめ。らしくないじゃない。

だって、「食事は笑顔で」って決めたのも私でしょ?

そう決めることのできた私の言葉を信じるべきだわ。


私は絶対に負けない。


どんな女の子より、桐蔭くんを独り占めしたい。

この子の隣は私がいい。この子の隣でラーメンを食べるのは私以外じゃ嫌。


自分の欲になんて負けない。恋に狂ったりなんてしたくない。

だから訓練もする。我慢だってしてやる。


他の女の子より可愛くなかったら、別の事で勝負する。

ズル以外なら、何だってする。

告白してフられたら、死ぬほど泣く。


あっさりと彼女を作っちゃっても、諦めない。

あくまで、「私の方法」で、桐蔭くんの隣にいるのを、諦めない。


桐蔭くんと、こんなに美味しいラーメンをまた食べていたい。これからも。


「おいしいな」


うん、って頷く度に、幸せで優しくてあったかい気持ちが胸に広がる。

水の波紋みたいな、そんな感じ。


「おいひい」


口に入ったラーメンを飲み込み切れない。目が、潤んで、そしてヒリヒリとする。

この切ない感情だって、やっぱり、幸せのひとつだった。



間違いなく言えること。

私はとてつもなく幸せなんだ。


学園の王子様に恋しても、それが叶わなくても、美味しいごはんと特別な人たちがいるのが、私は幸せ。



有り余る幸せを噛み締め、私はスープを飲むために丼を持ち上げた。

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