(41)上り坂のラーメン屋・3
そよちゃんは背を向けて、新しい家の中に行ってしまった。
彼女のお部屋はお家の奥にあって、大きなテレビがある。
そよちゃんは私を無視してテレビを点ける。
録画みたいで、半端な時間にロボットアニメのオープニングが再生された。
へえ、意外とテレビっ子なのね。
私が前世に見ていたなんとかっていうカッコイイロボがドンパチするアニメ。
私はあんまり詳しくないけど、男の子ってこういうの好きそう。どっちかっていうとコースケ系よりも竹原くんとか……
あの子も――
「こういうの、桐蔭くんが好きそうね」
「呼んだか」
ぬっと天井裏から現れたのは桐蔭くん!
「ってなんでいるのよ! 心臓止まるかと思ったじゃない!」
そよちゃんは突然現れた知らない人に顔をこわばらせている。
「調度良く日本邸宅があった物だから、下見に来た」
帰り道にキレイな石を拾うみたいな感覚で言わないでよ!
忍者っぽいポーズで華麗に着地を決め、桐蔭くんはいつもの「キリッ」とした感情表現の乏しい顔で言う。
「ちょうど良くないわよ! っていうかなんでそうやすやすと人の敷地に入ってくるのよ!」
「本邸を狙う謎の忍者組織かと思った」
「バカね、そんなのが堂々とこんな家構える訳ないじゃない。桐蔭くん、中学生になったらそれやっちゃダメよ?」
私はいろいろ言いたい事を飲み込んで、優しく言って聞かせてあげた。
いつの間にか、そよちゃんは私達なんて最初から居ないかのように正座でアニメを見ている。画面に釘付けになって、銃を連射して戦うロボットの姿を視線で追っていた。ずんぐりむっくりしてて、カエルさんみたい。前世の記憶にあったあんまりカッコイイロボットじゃないけど……。
気づいたら、桐蔭くんもそよちゃんの隣で正座している。
何、ここ禅僧の集まりだったの?
「ふむ……悪くないな」
なんて、桐蔭くんは言っている。
どうしよう、ついて行けない世界が出来上がってる。
だけど、どうして胃の辺りがムカムカするのかしら。
「キンパツ、量産機は好きか?」
そよちゃんから口をきくなんて、すっごく珍しい。
そして、それが今、私の胸をすりつぶすように、キリキリと痛めつける。
「どういう事だ」
「あの機体は量産機だ。あの世界で、沢山作られてる。量産できるロボットだ」
量産機――車とか、飛行機とか、普通の乗り物もおんなじよね。
それが一体何よ。
だけど、そよちゃんが語る目には熱がこもっている。
「主人公達や悪役のボスが乗る特別なマシンじゃない。話によっては斬られ役みたいなものだ。だけど、それは機体が弱いだけじゃない。相手の性能がおかしいだけだ。だが、量産機でも扱いきれる人間が乗れば、特別なマシンにも負けない。お前はそういうの、好きか?」
桐蔭くんは、そよちゃんをまっすぐ視線に捉え、ハッキリとこう言った。
「好きだ」
好きだ。
なんというか、ショックだった。頭をハンマーで乱暴に殴られたみたいに。
桐蔭くんの「好きだ」っていう言葉が、どうしてこんなにも辛いのか、わからない。完全に蚊帳の外の私。胸が苦しくて、うまく呼吸ができない。足が震えて、逃げ出してしまいたい。
だけど、苦しいよりも、悔しい。
だから足を踏みしめて桐蔭くんをじっと見ていた。
そよちゃんは、荷ほどきが終わっていないダンボールから、テレビの中で戦っているロボットのお人形を出した。
あ、プラモデル! 趣味が分かったなら、仲良くなれるかも――
だけど、この子なんかと仲良くなりたくない。でも、勇気を出さなきゃチャンスは――
「そよちゃん、プラモデル好きなの?」
そよちゃんは、勇気を振り絞った私の言葉を無視して、桐蔭くんの目をじっと見つめた。
入る、隙が無い。打ちのめされたような気分だった。
この時、私は自分が女って事を嫌という程思い知らされた。ロボなんて、分かんない。
運動ができて、外遊びができる女の子でも、どこかで、いつか男の子の話題に入る隙間を無くしてしまう。今が、その境目の瞬間な気がした。
「Rk-62だ。見るだけだ。触ったら殺す」
「凄いな、これ……」
食いつく桐蔭くんの姿を見て、私は奥歯を噛みしめる。
「私はいつかコレの本物を作る。操縦者の意志で動くロボットだ」
桐蔭くんはプラモデルに目を奪われている。
体中から悔しさがこみ上げて、喉がカラカラに乾いた。
泣いちゃダメ。私は拳を握りしめる。
「量産機はロマンだ。つまらん機体なんて言ったヤツは殺す。気に入ったぞ、キンパツ。貴様には私のとっておきの量産機を授けてやる」