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(39)上り坂のラーメン屋・1

翌朝、お母様はリビングに入るなり、豪快なため息をついてソファに腰掛けた。まるで「話を聞いてくれ!」とも言いたげに。


リビングには私ひとりがお茶菓子を食べながらテレビドラマの再放送を見ていた。

コースケは留守。私よりも早く起きて、習字教室に行ってしまった。

昨晩の私の打ち明け話なんてなかったみたいに、ケロっとした顔で、私が起きる頃に「行ってきます」とハキハキと言った。



「どうしたの、お母様」


お母様は酒の匂いがした。昨日は帰りが遅かったみたいだけど、それから飲んでたのね。そういえば今日1日、栗原さんの姿が見当たらない。無理やり付き合わされたわね。きっと。


「ゲンさんが、もう山で暮らすのは限界かもしれないって」


ゲンさん。お母様の育ての親で、お母様の田舎代わりの山に住んでいるおじいさん。

「そよちゃん」っていう私と同じくらいの歳の女の子も一緒に暮らしている。



お母様の事件から後も、何回も山に行った。私は山遊びが好きで、駆け回ってたけど、遊びに誘ってもそよちゃんには無視をされていた。コースケも相手にされなかったらしい。


ゲンさんは真っ白な眉を下げて「ごめんな」って言って私の頭をクシャクシャに撫でてくれた。


「ゲンさん本人は、俺はまだまだ現役だーって主張してるんだけどさ。まあそれも気持ちはわかるんだけど。それは置いといて、このまま山に暮らしたままじゃ、そよ子が社会に馴染めない大人になっちゃんじゃないかって」


そう、そよちゃん。ゲンさんにしか心を開いていない。開けない女の子。

お母様や東出さんとはちょっと仲良くできても、心を開いてる訳じゃないらしい。


そよちゃんは学校に行っていなかった。


家で勝手に勉強しているらしい。

同じ年頃の友達もいない。そよちゃんに一度でいいから「普通の生活」を体験して欲しいゲンさんは、どうしたらいいか、お母様に相談したそうだ。

そこで、二人が出した結論が、「山は限界かもしれない」。


「あたし的にはゲンさんのことも心配なんだよね。鉄砲とか、ここ数年あたしが代わってた訳だし。あの人さ、腰もあんま良くないんだよね。それに、もう結構なトシだよ? もし何かあった時、あたしが駆けるには遠すぎるんだよね……山だと」

「それじゃあ、ウチに来て貰えば?」


私は言う。おやつのクッキーを口に運びながら、何の迷いもなく。


「それができたら苦労しないよ。そよ子が大勢の人が働いてる屋敷に住めると思う? ゲンさんもそこまで人が好きな訳じゃないし。っつーかなんなんだよアイツら。2人きりで生きてけると思ってんの?」

「じゃなくて」


クッキーをミルクで流し込んだ後、私は口を開いて続けた。


「ウチの敷地に家建てちゃえばいいじゃない。テストのご褒美、それでいいわ。私、一般的な一戸建てが欲しい」


私の言葉に、お母様はポカンと口を開けたままでいた。


「あんた、いいの?」

「もちろんデザインとかはゲンさんやそよちゃんの好きなようにすればいいわ。それに、お母様もゲンさんも近くに住んでたらお互いメリットがあるんでしょ?」


私はつぐみの家に行って思った。一般的な一戸建てこそ正義だと。

そして、敷地内に別の家が建つことには、私にもメリットがある。そして私はその家に恩を売っている。


そう。私は、密かに「野望」を持っていた。


「あんたがそれでいいなら……甘えさせて貰うわ」


お母様は少しきまりの悪そうな様子で、ケータイ電話に耳を当てる。


「うん。ウチの敷地に一戸建て建てるから来ないかって。違うって。エリコだよ。エリコ。江次さんじゃないって。ホントにエリコが言ったんだよ。山はあたしが車で乗せるから、いつでも行けるよ? 平屋はあたしが管理するって。まーアレよ。金持の主婦は暇なの。それに、そよ子もその方がいいよ。エリコとコースケなら悪い子じゃないし。あかりがウチをガキのたまり場にしてるから、友達作りもしやすいと思うよ」


そう言ってお母様は電話を切る。結っていないウェーブの髪がふわりと揺れた。

ねえお母様、さっき私達のマナー教室の事、「ガキのたまり場」って言わなかった?


「ゲンさんたち、来てくれるって」


やった、第一段階成功!

私は嬉しさのあまり、立ち上がる。


「で、ゲンさん、いつ来るの?」


私は、はやる気持を抑えながら、お母様の手を取る。


「あんたってそんなにゲンさんが好きだったっけ? うーん、家が出来次第になるね」


ゲンさんが好き。その言葉にギクりとしつつも、私は頭の中でそろばんを打つ。


そうね、そうなると大分先になるかしら。「恩を売った家で出前ラーメン」作戦。


即興で考えた割に、余りに完璧すぎて目眩すらした作戦の詳細はこうよ。



ゲンさん達が引っ越してくるでしょ? 

そこに私がおじゃまする。そして長居する。


ゲンさん「こんな時間だけどお家の人は心配していないかい?」

私「いっけな~い、ちょっと遅くなっちゃった!」


すると、私に気を使ったゲンさんはこう言う。


ゲンさん「それじゃあウチで晩飯でも食べようかい? キミはワシらの恩人だしな」


そよちゃんが何か言おうとするのを遮ってすかさず


私「ラーメン食べる~」


子供らしい笑顔で言うのがポイントね。


ゲンさん「じゃあ、出前を取ろう」


何か言いたげなそよちゃんは無視。


そして届くラーメン。おかもちから飛び出した、ラップを張った出前のラーメン。ほかほかの湯気を立てた油の光るスープのラーメン。それを食べる私。

そこで中国風エンドロール。

NGシーンが延々と流れてじゃーん、「終劇」。



カット、オッケー!


やっぱり完璧! 完璧だわ! ああ、どうしよう、待ちきれない。

インスタントラーメン食べただろって? あれはまた別物よ!!!


もういくつ寝ると出前ラーメン?

ああっ、早くお家、建って欲しいわ!!!

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