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(38)闇鍋の夜・3

「じゃあ、おやつも食べよっか」


つぐみが下げるために鍋を持って立ち上がり、キッチンへと消える。

そして、お盆に4つ並んだ――


「じゃーん、シュークリーム」


ニカっと笑うつぐみ。

わあって私は歓声を上げた。


お呼ばれお菓子の定番じゃない。

これは嬉しい。

子供も大人も嬉しくない人が居ないとは思えない。


「これ、実は中身はあんこでした」ってオチとか有っても私は一向に構わない。

やっぱりつぐみは天使だ。

スーパー天使だ。


シュークリームを一口食べる。

うーん、シュー生地がなんとも言えない美味しさね。


中身はなんと、カスタードと生クリームの二刀流よ!

カスタードのまろやかな甘さと、生クリームのクリーミーな甘さが中和されて、一口たべる度に至福が訪れる。


うむ。わかってるわね、つぐみ。

むしろわかりすぎてて怖いわ!


「コースケ、食べれる?」

「うん、ありがと」


コースケの顔色は戻り始めている。少しずつだけど、シュークリームも食べているみたいだった。


シュークリームをじっくりと味わいながら、私は目をとじる。

生クリームの余韻が口の中に残っている。し・あ・わ・せ。


「これは長持ちするのか?」


そう言ったのは桐蔭くん。至って真面目な顔でつぐみをじっと見ている。

――こ、このパターンはもしや、非常食コース……?!


「冷蔵庫に入れないと腐っちゃうし、携帯したら潰れちゃうからダメだよ」

「……そうか」


つぐみはニコニコと優しく言ったけど、桐蔭くんは残念そうだった。

例のごとく、見えない犬の耳を下げて、しゅんとしている。


「焼き菓子なら持ち運べると思うから、今度調べておくね」

「すまん。助かる」


なんだかんだ、つぐみもこの問題児の扱いに慣れてきてるわね……。


「コースケ、どう?」


私はコースケの顔を覗き込む。

彼は、少し困った顔をして、恥ずかしそうに僅かに頷いた。




その日の夜中、私は嫌な予感がして部屋から出た。


思った通り、コースケの部屋には電気が付いていなかった。

私はノックをして、コースケの部屋の中に入る。

布団を頭まで被ったコースケは、気だるげにこちらを向く。


「……何」


心底嫌そうな声で、私の方を見る。

カーテンは閉められなかったらしい。月明かりに、コースケの瞳が照らされる。


「怖くないの?」


コースケは、何も言わなかった。

私は、コースケのベッドに潜り込んで、汗でべっしょりとした彼の手を握ってあげる。


やっぱりコースケは何も言わなかった。


「ごめんね、コースケ。今までいっぱいいじわるして」


コースケはやや間を開けて、ゆっくりと語る。


「ううん、僕の方こそいっぱいいじわるな事言った。ごめん。お姉ちゃん」


「僕」も「お姉ちゃん」もコースケが口にしたのは久しぶりだった。

それって本来、大人になるにつれて捨ててしまうものでしょ。

だって、捨てていかないと重たくて前に進めなくなってしまうから。

いつか、いつも二人で一緒じゃなくなる日が来る。


一度「大人」を体験した私は、知っている。

寂しさも、しかたなさも、やりきれなさも。


だけど、コースケはまだそれを捨てていない。


それが嬉しくって、ひどい事だと分かっていても顔が綻んだ。


「守られてるばかりは、嫌だよ……」

「そうね、男の子だものね」


コースケが私の手を強く握る。


「お姉ちゃんの事も、守ってあげる」

「ありがとう。――ねえコースケ」


私は、その時決めた。この子にだけは「言おう」。「言っておこう」、と。


「……なに?」

「お姉ちゃんの話、してもいい?」


私は転生前から、今日に到るまでの話をコースケに伝えた。

じっくりと、噛みしめるように。


私が前世の記憶を持っていて、お仕事をしている大人だった事。

秋のある日、江梨子だったはずの、私が、食べたことのない豚汁を恋しがって、前世を思い出した事。


前世で、江梨子や江介がゲームのキャラクターだったって事は伏せておいた。

「知り合い」ってぼかして、伝えた。

江梨子の未来も。

毎日のトレーニングでも拭いきれずに積もった、私の抱えている不安も。



他の子ならいい。

だけど、彼だけには秘密にできなかった。話しておきたかった。



「なにそれ、姉さん、前世で俺やつーちゃんや聖と知り合いだったの?」

「そうよ。遠巻きに見てただけだけど」


コースケは私と向い合せになって、囁くように言う。

暗闇に怖がる様子はない。

いつもの冷静で毒舌なコースケが居た。


「で、つーちゃんが俺や聖とか、5人と恋をして、聖の追っかけの姉さんがその恋を邪魔して姉さんは報いを受けて不幸になるの? ……最っ低だね」

「でしょ?」


そう、本当に最低。


「姉さんの”前世?“のつーちゃん。すっごく最低」

「へ?」


最低なのが、つぐみ?!

私じゃなくて?


あれ、話がおかしな方向に行ってるような……。


「つーちゃんは誰が本命かわからないけど、聖と僕の他に3人と浮気してるんでしょ? 僕なら聖一筋の姉さんを味方する」

「た、確かに」


言われてみればそうね。1人の女の子が何人もの男の子と恋をするのが乙女ゲーだから、それは仕方ない事だけど……。

確かに、言われてみれば、それは……若干一理あるわ。


「だけど、現実のつーちゃんはそんな事しないよ」

「そうね。それはわかってる」


本当にそうだ。『花カン』のつぐみには芯みたいなのがない子だけど、最近のつぐみは柔軟なように見えて、少し頑固だ。

マナー教室なんかで、東出さんが合格を出しても、完璧じゃなきゃ、何度も練習して、更に上を目指したりしている。


考えてみれば、お茶会でお別れの時に頑なに笑顔を見せようとするのだって、凄く頑固だった。


「だから、姉さんも違うんじゃない? それに、姉さん、前世は多分魚雷とかだよ」


優しい言葉と失礼な事を同時に言われた。


え、魚雷?! っていうかサラっと凄い事言ったわね、この子。


「ちちち、違うわよ、前世はお仕事してて、何してたか思い出せないけど――」


いつの間にか、コースケは寝息を立てていた。




その日以来、コースケは暗い部屋でも眠る事ができるようになった。

コースケは、「捨てた」。

怖かった姉との過去のひとつを。


嬉しいようで、やっぱり寂しくて、それでもやっぱり嬉しいことだった。

私の弟は、こうやって強くなっていくんだ。きっと。

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