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(37)闇鍋の夜・2

一番大きい懐中電灯は、寄り添うコースケ達の前に置いて2人を照らす。


私は腕まくりして、まだ日の灯りが僅かに差すキッチンに走り、戸棚を探りながら、めぼしい物をポンポンと調理台に置く。

冷蔵庫を漁って見つけた野菜を水洗いしながら


「桐蔭くんコレを全部ソファー前のテーブルに」

「わかった」


桐蔭くんは素早い動きで言われたものを抱え込んで、つぐみ達の前にあるテーブルにどさっと置いていく。


日は、そろそろ完全に落ちる。


「桐蔭くん、懐中電灯、2本こっちに」


私は野菜を洗いながら言う。

桐蔭くんは頷いたのだろう。無音のまま、2本の懐中電灯を持ってこっちに戻って来た。


「ありがと」


私は大きい懐中電灯を渡され、桐蔭くんはペンライトを持つ。


懐中電灯の灯りを頼りに、鍋に水を張って蓋をしたものを、桐蔭くんに手渡す。


「これをコンロ、火にかけて。そしたらすぐこっち」


桐蔭くんは無言だ。多分頷いたんだと思う。

彼はペンライトを咥えて足元を照らしながら去っていった。


ほどなくして、カチっという音に、足音。

カセットコンロに火を点けたんだと思う。

流石、桐蔭くんは手早かった。すぐに来てくれた。


つぐみならもっと遅い。代わりに、もう少し丁寧に仕事をこなしてくれると思う。けど、この場面に丁寧さは必要ない。

アシスタントには、桐蔭くんが一番向いている。


なんていうか、頼もしい。

そう、彼はいつも頼もしい。

そりゃあ、時々はちょっと位バカはやらかすけど……やっぱり基本的にアホなんだけど、やっぱり、いつもじゃなくて、時々頼もしいに訂正しとくわ。


「それじゃ、これとこれ、あっちにお願い」


私は洗ったボウルに既に切り終わった食材を入れて桐蔭くんに手渡す。

お肉はラップにくるんだ。


私は「アレ」を持ち、懐中電灯で足元を照らしながら、慎重に移動をした。

初見の家の暗い所を素早く走る勇気が私にはない。


桐蔭くんが素早いのは、闇雲で無鉄砲という訳じゃないと思う。多分。

「忍者の練習」とかバカな事をしているうちに、暗い所も障害物も得意になったに違いない。

違ったとしても、そういう事にさせて欲しい。

じゃないと悔しい。


「桐蔭くん、取り皿とお箸、4つお願い」


桐蔭くんとすれ違う。やっぱり速い。



先回りして沸騰させていた鍋に次々食材を入れていく。

野菜なら、早く仕上げる事にこだわって細かく切ってある。


「ねものはみずから、はものはおゆから」とかなんか暗号めいた話があったわよね。

要するに「値段のするものは水から入れて、刃物はお湯に入れる」ってことでしょ?


今は高級食材も刃物も入れないから、別にどっちだっていいわよね?

別にこの際、なんでもいい。


蓋をして数分、野菜が茹で上がった頃合いに、お肉を追加する。

お肉が茹で上がったら、次は麺ね。


野菜の茹でた香りが室内に立ち込めてくる。


「……姉さん、何してるの」


力ないコースケの声がした。彼は毛布の中でもぞもぞと動いている。

元気はなさそうだけど、一時的な状態の悪さに比べたら格段に落ち着きを取り戻している。


「寒いでしょ、あったかくなるものを作ってるの。おいしいから待っててね」


コースケはコクン、と頷き、またつぐみと寄り添ってじっとしていた。



最後に液体スープを人数より少なめに入れて、インスタント鍋ラーメンは完成した。

土鍋じゃない、何の変哲もない普通の鍋に野菜と少しお肉を入れてインスタントラーメンを入れる。

前世でお世話になった貧乏料理だ。


真っ先にコースケの分をお玉でよそって麺を入れていく。


「コースケ、できたわよ」


完成したインスタントラーメンとお箸を、コースケの手前のテーブルに置く。


「みんなも食べて」


次々にインスタントラーメンをよそって、他の2人にも渡していく。



「最初はおつゆを飲むだけでいいから」


コースケは弱々しく手を伸ばし、コクンと頷いて、取り皿からスープをすすった。


「……おいしい」

「食欲があったら食べて。少し元気になるわよ」


他の2人も黙ってインスタントラーメンを食べていた。

普段のこの時間なら、おやつもあるだろうし、お腹が空いてたんだと思う。


私もインスタントラーメンを食べる。


麺は柔らかくて安っぽい食感だけど、やっぱりこの細麺は恋しかった。

少し薄目に味付けをしたけど、雑で主張が多きい醤油味。

だけど、野菜と肉のダシはちゃんと吸っている。

スープに絡めて柔らかくなった野菜が美味しい。

お肉も、ちょっとの量を入れただけだけど、有るだけで心強い。

本当は、卵を入れたかった。半熟玉子のまろやかさが有ったら文句なしだった。貧乏料理には変わらないけど。


ほっぺが落ちるくらいおいしい料理じゃない。

だけど、凄く安心するこの味。

これは、前世の味だ。

前世、お母さんが作ってくれた、家族の味だ。



そう言っているうちに、チカチカっと音がして、部屋の蛍光灯が光った。


「あ、電気だー!」


つぐみが嬉しそうに声を上げる。


「やったわ! 文明のあけぼのよ! 私達だけで乗り切ったんだわ!」


私が言うと、コースケが力なく笑みを浮かべる。


「恐れいったぞ、エリコ」


え、桐蔭くん。褒めてるのかしら、もしかして。


「こういうのを闇鍋と言うんだな」

「違うわよ!」


桐蔭くんは人の料理に対する失礼すぎる感想を真顔で言う。

ふむふむしてる桐蔭くんを軽く小突いだ。


「でも、手伝ってくれてありがと」


ブイサインでニカっと笑ったら、一瞬桐蔭くんの動きが固まった。


鍋の中の具はすぐになくなった。

暖房も効き始めた。

コースケも、電気が付いた時よりも顔色が落ち着いている。


つぐみはお父さんに連絡して、私はお屋敷に電話をした。


お母様は山に出掛けていて、留守にしてるらしい。

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