(36)闇鍋の夜・1
そんなわけで来ちゃいました花巻家!
「すごいーステキなおうちー」
「そんなことないよ……普通のおうちでしょ?」
「ううん、むしろ住みたい。今日からでも」
お家は茶色のタイルの現代的なおうち。
そうよ、家って本来こういうものなのよ!
広陵院のお屋敷は広すぎるし、なんか違うのよ。
感覚的にはホテルか集合住宅なのよね、あそこ。
このお家を見てると安心するわー。
むしろこのフォルムを見てると幸福感や懐かしさが溢れてくるわ。
2階建てでこれだけ広いお庭があって、そこそこの立地じゃない!!
目を輝かせて家を見つめる私の隣で、つぐみが肩をすぼめる。
「みんな、狭い所でびっくりしちゃったでしょ?」
っていうかつぐみ、「狭い」って何よ。狭いって。むしろ広いからね、この家。
「ちょっと。ここが狭いって私の事バカにしてるの?」
「そういうこと言うから姉さんはバカなんだよ」
むきーーー! コースケ、テストのグランドスラムを制覇した私にまたバカって言ったわね!
お庭は、つぐみのお母さんの趣味なのか、綺麗に整えられている。
クリスマスも間近って事で、針葉樹に電飾を巻いて、オーナメントが飾ってあった。
すごいステキ!
ずっと眺めてたいなー。
でも、そんな奇行してたら、つぐみはまた恥ずかしそうにするし、コースケは呆れられそう。
それに、ここに居たらいつのまにか桐蔭くんが木に登っててっぺんの星を――
「取ったぞー」
桐蔭くんは、器用にもツリーの背後に忍び込んで、てっぺんの星を取って私達に向けて掲げていた。
ほらね、絶対やると思った。
っていうかそのセリフ知ってるのって――桐蔭くんってテレビとか見るのかな。
ちょっと意外。
ううん、考えるのはやめよう。この子とお母様については考えたら色々と負けだ。
「やめなよ聖。電飾があるから感電しちゃうかもしれないよ」
コースケ、そういう事じゃないのよ。
金持ちのくせに人様のおうちでそういう事する品性が問題なのよ。
っていうか桐蔭くん(コイツ)、ウチの家の木も散々登ってるし、西条牡丹ちゃんの家の桃の木も登ってたし、学園の木にもよく登ってたのわよね……。
人の家の木を見たら登らずにはいられない質なのかしら。
「でもまだ電気が通ってないよ」
つぐみの指摘通り、少し暗くなってるのに電飾に光が灯っていない。
節電かしら。偉いわね、花巻家。
桐蔭くんを叱らないでスルーする所も少しホロっとしちゃうわ。
「姉さんはやらないでね、アレ」
コースケは私にこっそりと言った。
やらないわよ!
「あれ、停電してる」
玄関扉をくぐり、つぐみが一つひとつ丁寧に電気のスイッチを押して、首をかしげた後、ブレーカーをチェックして言った。
「事故かしら。電力会社に連絡しないと。固定電話は――無理よね」
だって停電だし。黒電話とかなら繋がるんだけど。
「リコちゃん達ってケータイ持ってないよね」
生憎、私もコースケも携帯電話は持っていない。
今はGPSやら何やらあるけど、そういう物を持たせるのはお母様も東出さんも「嫌だ」って言っていた。
記憶が戻った直後ぐらいまでは持ってたんだけど、山での一件でお母様がふっきれた後に没収されちゃった。
お母様には「危ない人が居たらね、倒しなさい」って軽い護身術を教えてもらった。
ありがとう、お母様。そして、大きなうさちゃん人形、ごめんなさい。
私の返事はもちろん「うん、倒す!」。
コースケはなんとも言えない顔をしてお母様を見ていた。
その様子を見たお母様は、「コースケ、アンタはランドセルに鉄板でも入れときな」と言った。
それ、色々と違うわよ、お母様。
ケータイは無くても、迎えに来てくれるいつものリムジンは、事前に下校時刻を伝えてるからうまく時間が合っている。
今日も、公衆電話でお屋敷の代表番号(これも変な話よね)に電話して断りを入れていた。
「桐蔭くんはケータイ持ってる?」
桐蔭くんは答えない。
桐蔭家レベルとなれば、GPSケータイなんて持ってて当たり前のハズなんだけど――。
まあどうせ、「現代科学なぞにパリ甲賀流が負けてたまるか」とか言って学校の生け垣とかに隠してそう。うん、超ありえる。
「安心しろ」
え、桐蔭くんケータイ持ってるの?
「念話で電力会社に問い合わせている」
どうしてこの子がこんなになるまで放っておいたのよ桐蔭家!
「が、頑張ってね……あはは」
つぐみは苦笑いしていた。
笑ってあげてる。
ホント優しい子ね、この子。
「それにしても困ったわね。雲行きも怪しいし」
「空、暗いね。お洗濯はお母さんが仕事前にこんでくれたみたいだけど……」
「寒いな……。少し手がかじかんできた」
今日、つぐみのお父さんは仕事で遅くなるらしい。
看護婦をしているお母さんは夜勤に出てしまってるそうだ。
つぐみは、両親が共働きの鍵っ子だった。
広陵院の屋敷や、プール教室に行かない日は、一人で勉強をしているらしい。
既に料理は自分で作れるみたいで、お母さんが夜勤の日はお父さんの分の料理も作ってしまうらしい。
まあもちろん、お母さんの作り置きもあるって言ってたけど。
それにしたって、上品にニコニコさえできれば誰かが何でもやってくれる私とは、その苦労が比べものにならない。
ちなみに私は、決して上品にニコニコできる訳じゃないので、現在進行形で苦労している。
テストで100点取っても、まだまだマナーは苦手。
うまく行かないこともあるのが人生。
それを知ってるのも転生チートなのかもしれないわね。
「つぐみ、懐中電灯ある?」
「うん、あるよ」
ニコニコ顔でつぐみは言う。
「家にある分ありったけ持ってきて。あとガスコンロ。それと毛布。これをまず最初にお願い」
私は、ひっそりと沈黙するコースケの手を取り、ぎゅっと握ってあげた。
「かじかむ」と言った桐蔭くんとは反対に、既に手に汗をびっしょりとかいている。
私は気まずさで尻込みする心に喝を入れ、コースケの目をしっかりと見る。
「大丈夫よ」
私はひっそりとコースケに囁いた。
とにかく、大人に頼れない以上、私達が頑張るしかないわ。
うちの車が迎えに来るのは夜7時だから、それまで耐え切ればオッケーね。
つぐみにお願いしたもの一式が揃うと、私は毛布をコースケの背中にかけた。
ガタガタと震え、既にパニックに陥り気味のコースケの背中をさすってあげる。
「つぐみはコースケをお願い。私と桐蔭くんでごはんを作るから」
「え」
「理由は後で説明するから、守ってあげて」
つぐみは表情を変え、凛々しい顔で頷いた。
いつものほんわかとした表情とは違う、かっこ良くて強い女の子の顔だ。
つぐみは可愛いだけじゃない。
本当は、とっても強い子なのよ。
お屋敷からバイバイする時、さみしい顔をするのを我慢してニコニコしてる子。
いじめられていた時も、ニコニコして決して私たちに弱音を吐かない子。
つぐみはさっと毛布でコースケをくるみ、寄り添って背中を撫でてあげている。
コースケは息を荒くして、額に玉のような汗をかき、既に立っていれず、つぐみに支えられながらなんとかソファに腰を下ろした。
コースケは、暗い所と、狭い所が怖い。
そういう場所にいると、パニックを起こしてしまう。
原因は、私に記憶が戻る前のこと。
幼い私は、「お父様がここで待っているわよ」と騙して、私のドレスが入っている子供ひとり入れるくらいのハンガー付きのタンスに閉じ込めたのだ。
子供のくせにいじわるの才能だけはあった私は、あの手この手を尽くしてコースケを閉じ込め続けた。
多分、「江介がいなくなれば、私はお父様にもお母様にも可愛がってもらえる」って思ってたんだと思う。次にタンスを開けたら「江介が消えてますように」って。
そして、それと一緒に思っていた。「ごめんね、江介」とも。
以来、コースケは暗い所と狭い所が怖くなった。
林間学校の肝試しも、いつもみたいに大人ぶった事を言ってたけど、本当は震えていた。
コースケの部屋は、夜の間、ずっと灯りが点いている。
乙女ゲーの江介のような火傷はなくても、コースケにはこういう脆い部分ができてしまった。
私のせいで。
だから、私はコースケを守る。
心配そうな顔で私を見るつぐみに、私は大きく頷く。
とりあえず、安心して貰うには、温かいものを口に含んで貰おう。
そして、できるならお腹いっぱいになって貰えたらかなり安心すると思う。
「あとは私と桐蔭くんに任せて。コースケ、寒いでしょ? すぐに温かくなるものを作ってあげる」
コースケの両手を握り、私は言う。
頼むわよ、私の前世の料理スキル。