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(34)ラーメンは罪だった

ラーメン禁止。そんな、無慈悲な……!

私は愕然とした。

宇宙のすべてを失ったような、深い悲しみだ。


出前用の銀のおかもちから飛び出す赤いどんぶり。

もちろん内側は謎の渦巻き模様。


ラップを剥がすとぶわっと沸く白い湯気。

醤油そのものに近い香り。

レンゲですくう、つやつやと光る油の乗ったスープ。

ダシっぽさをいまいち感じない醤油の香りだけのする、あの味。

妙に伸びたゴムみたいな微妙な食感のたまご麺。

しなしなになって柔らかい触感のチンゲンサイ。

長時間温かいスープに浸かったおかげでちゃんと温まってるナルトとメンマ。


あの、出前ラーメンが、ダメ?

私、ラーメン、食べられないアル?


いけないいけない、ラーメンとシンクロしすぎてうっかり中国人口調になっちゃったわ。

アルって言ったけど、ラーメンはナイ。

信じられないアル。


私は絶句した。

ラーメンは、ダメ。


「エリコさー。前々から思ってたけどアンタはちょっと貧乏臭いんだよ。ウチはお金持ちなんだから、贅沢しちゃえって。ドーンと願いを言っちゃいなさいよ。ドリームよ、ドリーム」


ドリーム?


「ラーメンチャーハンセット。出前で」

「却下」


どうしてダメなの?!

最高に贅沢じゃない。

ラーメンを食べながら「チャーハンが食べたいなー」って思うことあるでしょ?

そんな時、本当にチャーハンがあるのよ。ラーメンの傍に。

逆もしかり。

チャーハンを食べて「ラーメンの醤油スープが恋しい」ってなったらすぐにラーメンが食べられる!!!

こんな贅沢、あってはならないわよ!!!!

逆に言えば、これ以上の贅沢なんて無いでしょう?


「オ母様、私、ラーメンヲ食ベラレナイナラ私、ナニモイリマセン」

「言っとくけどね、エリコ。うちがお金持ちなのは今だけかもしれないんだからね。いつか没落して将来困りまくって”あの時贅沢しておけばー”なんて思ったりするかもしれないんだからさー」


うう、それを言われると確かに。


っていうかお母様、それってまんま『花カン』の江梨子じゃないですか。

妙に生々しい未来予想はやめてください、お母様。


「エリコはもっとおっきい贅沢を考えておくように。旅行とかでもいいわよ。海外、私も行きたいし」


だめ、お母様。旅行はナシ! 

私は日本のご飯が食べたい。

1000円以内でこんなに美味しい物が食べれるのは日本ぐらいなんだから。

っと、その発想がいけないのよね。


贅沢なんて思いうかばないわよ。普段から嫌って程してるんだから。

むしろこういう機会に前世で慣れ親しんだ庶民メシが食べたいのよ、私は。

ああ――本当に「贅沢は敵だ」って思う日が来るなんて。


記憶が戻って、1年以上が経った今ですら1000円以上のものを頼むのに抵抗がある。

っていっても、外食したらメニューなんて無くて、勝手にコースですごく高そうな料理が来るし、唯一メニューらしいものがあるお店は値段の書いていない寿司屋――。

それも、全部100円だからじゃないのよ。時価ってヤツで、その日の仕入れ状況によってお値段が変わる奴よ。

かんぴょう巻きが好きだから、かんぴょう巻きばっかり食べてたらお母様にドンと背中を叩かれたわ。

「あんたはもっと贅沢しなさい!」って。

子供の頃から贅沢三昧したら、最終的には『花カン』の江梨子みたいになると思うのよね……。


私、別に380円とかのお子様ランチとかでも全然うれしいわよ、お母様。

むしろお子様ランチが恋しくなってきたわ……。あの山型に盛られたチキンライスの上にそびえ立つ旗。砦であるチキンライスを守るかのように配備されたお子様達の大好きなおかず四天王。

エビフライ騎士団長、オムレツ宰相、ハンバーグ王。あと四天王最弱のフライドポテト。役職は知らない。でも四天王最弱は間違いなくポテト。

そして砦の先にあるのは、プリン姫。さくらんぼのアクセサリーの似合う、不自然な硬さと弾力を持ったプリン姫。

目の前に運ばれてくる度にワクワクしたなー。

食べたいなー。


正直、小学4年生の今がラストイヤーだと思うのよね。

コースケは驚くようなスピードで大人びていってるし。


ああ、食べたいなー。お子様ランチ。



うん、ラーメンもお子様ランチも無理だわ。

自分で稼いだお金ならどうにかできると思うんだけど。


そうだ、お金を増やすための贅沢ならきっとお母様も納得してくれるわよね。


「お母様、私、株やりた――」

「ダメ」


ですよねー。


「アンタは100点取ってもこれだから信用できないのよ。どうせ浮かれるだろうし、社会の答案用紙は没収ね」


そ、そんなー! 全部揃った所を自室に貼ろうと思ってたのに……! 

がっくり。

国語と算数と理科だけってなんか悲しいわ。


「うふふ、それじゃあ理科は私が預かっておきますわ」


そう言ったのは東出さん。


「算数は貰っておくね」


続けてコースケ。


「では、国語は私が貰っておこう。我が家の家宝として大切にするよ、エリコ」


そしてお父様は私をなでてくれた。

おっきくてあったかい手。とっても嬉しい!


って、嬉しくない!

それじゃあ私の手元に残るテストが無いじゃない!


こうして、私の一生に一度しか無いかもしれない全教科100点のテスト達は、散り散りになっていってしまったのでしたとさ。


ところが、そこで話は終わらない。


「それからコースケ。アンタがいっつも頑張ってるのを知ってるから、遠慮しないでちゃんと欲しいものを言いなさい」

「……はい」


苦い顔をして、コースケは頷く。

コースケがほしいもの――一体何かしら。

もしかして、コースケが「出前ラーメンを食べたい」って言ったら私の願いがかなうんじゃ――!


「ねえコースケ、出前ラーメンって知ってる?」

「知らない」


コースケはふるふると首を左右に振る。


「こらエリコ! コースケに変な事教えないの!」


ですよねー。

ってなわけで、ラーメン出前作戦は完全にご破産となったのでした。

残念だなー。まあ切り替えていこうか!



――とはいかず、私は翌日、学校でもどん底まで落ち込んでしまった。


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