(33)100点満点と出前ラーメン
冬になった。
クリスマスを控え、日に日に冷えの増していく毎日を過ごしている。
色々あった。主に「せいかつそうだん室」で。桐蔭くんとは相変わらず「お友だち」のままだった。
っていうかそれって当たり前の事だけどね!
別に、期待してないし。なんにも。
大体、私は前世を合わせると「いい年」ってヤツだし、対する桐蔭くんは10歳よ、10歳。
いくら桐蔭くんがキレイな顔だからって、私がキュンってするだけで犯罪のレベルよ。
ちなみに彼の傷だけど、私の貼ったばんそうこうを何故かなかなか剥がさなかった以外なんてことはなかった。傷跡もほとんど残ってなかったわ。
あの転落騒ぎで、大きな怪我も無くてホッとした。
ただ、桐蔭くんが怪我をしたから、ウチと桐蔭で少しモメたみたいだけど、最終的には和解したらしいわ。
桐蔭くんの家族って、みんな顔が作り物みたいにキレイだったけど、どこか冷たい印象だったし、きっと怖い人達なんだと思う。
そういう風に見た目で判断するのは良くないけど、桐蔭くんも家族とあんまりうまくいってないみたいだし。
いえ、ウチみたいなケースもアルかもしれないんだけど――。
って、他人の家族なんだからむやみに踏み込むなんてできないわよね。
それにしても、気になるのは、揉め事が解決した後、お母様がまた「ほんっと、あかりのお陰だよ~」って東出さんの肩を叩いてたこと。
東出さんって一体何者なの?
桐蔭と広陵院の揉め事に一役買ってるとか、とんでもない大物だったりするのかしら。たとえば、『花カン』の裏ボスとか?
でも、『花カン』にそんな人居なかったはずだけど――。
そして今日、事件は突然起きた。
事件は現場では起きなかった。我が家で起きた。
ちなみに色々言ったけど、この件は桐蔭くんとは全く関係ない。
確かに予兆はあった。
だけど、誰も“それ“を認めようとしなかった。
きっと信じたくなかったんだと思う。
だって、私はバカだったから。
「さあ貴様ら! 私がテストで何点取ったか言ってみなさい」
「エリコ様、目上の人に貴様はダメですよ。百合子さんみたいになってしまいますからね」
理科の答案用紙を片手に持った東出さんがおっとりとした調子で話す。
「あかり、アンタ、今年のボーナスを楽しみにしてな」
お母様が社会の答案用紙を持ってひらひらさせながら言う。
「嘘だ……こんな事があってはいけない」
両手に持った算数の答案用紙を震わせて、コースケは唖然としていた。
「ほう、凄いな。エリコ。本当によく頑張ったじゃないか」
まともな事を言ってくれたのはお父様だけ。
「そうでしょ~? 苦節10年、あんな事もこんな事もあったけど。よーーーーやく! 全教科100点満点取ったんだから! もっと私を崇めなさい」
そう、ついに私はテストで全教科100点を取った。いえ、勝ち取った。
思えば、前世から宿題は手をつけず、赤点にまみれた学生時代。
前世の私は40点以上なんて小学1年生以来取ったことがなかった。
100点なんて手の届かない幻のような存在だった。
それが!
100点満点。しかも全教科よ!
転生してすぐ、私は天才じゃない事が分かった。
コースケに泣きついて、宿題を教えてもらった。
つぐみは、天使のような笑顔で予習と復習を付き合ってくれた。
東出さんは、中まで勉強してうつらうつらと眠りそうになってる私の肩を優しく叩いてくれた。
先生は私の将来を心配してたくさん宿題をくれた。
お父様は、さっきみたいに頑張った私を沢山褒めてくれた。
お母様は、「こんなのやらなくても将来生きていけるから。それより今から山行こうよ」と気分転換に誘ってくれた。
みなさん、本当にありがとうございます。(ただしお母様を除く)
転生前の知り合いのみんなーーー、私、100点取ったよーー! グランドスラムを達成したよーーー。
「下々の者どもよ。私に一生敬語で話しなさい。挨拶は全部土下座にしなさい!」
「はいはい、エリコ様すごいですね。いつの間にカンニングの技術を学んだんですか? 将来はスパイにでもなる予定なのでしょうか」
余程悔しいのか、ぞんざいに言うコースケ。
ふふーん、もっと悔しがっていいのよ?
地団駄を踏んで「わーーん、お姉ちゃんにお勉強負けちゃった―」とか言ってもいいのよ?
「まあ俺も全部100点だけどね。やっぱり今回はちょっと簡単だったみたい」
コースケったら、近頃ますます生意気になってきたわね。
「もーー今回は引き分けなんだから、何よその余裕ーーー」
私は地団駄を踏んで悔しがった。
あれ?
これって何か間違ってないかしら?
「とりあえず、記念に貼っとこっか。リビングに。あかり、画鋲持ってきて」
お母様は神妙な顔つきで答案用紙を睨んでいる。
「百合子さん、それは絶っ対にやめてくださいね」
東出さんが笑顔で即答する。
「いやいや百合子、これは額縁に入れるべきだろう」
そう言ったのはお父様。
「旦那さまも、落ち着いてください。ね?」
東出さんは笑顔のままだったけど、なんだか忙しそうだった。
「まーとりあえず、エリコもコースケも頑張ってるし、ご褒美をあげよっか」
お母様はにまっと笑ってお父様を見る。
お父様は笑顔でうなづいてくれた。
今おかあさま、何て言いました?
「やったね。姉さん。ご褒美だってよ」
「好きなもん買ってあげえるよ。アンタ達、あんまりねだったりしないしさ」
まさか、本当に『ご褒美』?
ああ――なんて、ステキな響き。
『お仕置き』『お叱り』『せいかつそうだん室』とは対局の意味を成す、子供にとって最大の幸せ『ご褒美』!
この私が、『ご褒美』?!
正直信じられない。
前世には、7つのオレンジの玉を集めると龍が出てきて何でも願いを叶えてくれるマンガがあった。
小学生にとって、願いを叶えてくれる魔法のアイテムは、オレンジの玉なんかじゃない。
100点の答案用紙4枚なんだと思う。
前世の私も、『小学生の頃は100点一個につきお小遣いに臨時ボーナス100円』みたいなのがあった。
もちろん、一度も達成していない。
前世の私はバカだった。
もちろん、今世の私もバカだけど、頭が爆発しそうになるほど沢山勉強した。
努力した。その結果が、この4枚の答案用紙に詰まっている。
何回も確認して、何回も消しゴムを書けた跡のある答案用紙。
この4枚の答案用紙は私の一生の宝物にするつもりよ。
私はすんっと立ち上がり、お屋敷を飛び出して庭に出る。
「神様、本当にありがとーーーーー!!!」
私は渾身の力で叫んだ。
こんな素晴らしい日を迎えられるなんて、夢にも思わなかった。
全身からパワーが湧き上がってくる。
息を吸う。冷たい空気が流れ込んで血液に染み渡る。
嬉しくて嬉しくてたまらないわ。
転生してよかった。
頑張る事を知れてよかった。
勉強が敵じゃないってわかってよかった。
本当に、本当に、私って幸せだわ。
何を買ってもらうかって?
愚問よ。
とっくに決まってるもの、そんなのは。
私は皆のいるリビングへと戻り、扉を開けるなり開口一番に叫んだ。
「ご褒美に出前のラーメン取って!」
「ダメ」
お母様は即答だった。