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(31)BBQがやってきた!

今年の花火パーティはバーベキューパーティになった。

学年の友達を誘いたいと言ったら、「パーっと盛り上がれるやつにしようよ」ってお母様がノリノリで発案したのよ。

バーベキューってことで、服装はカジュアルってことにしてる。今日の私の服装は少し地厚のセーラー服風のTシャツに、デニムのかぼちゃ型のショートパンツ。Tシャツはコースケとお揃いよ。流石っていうか、私達は揃いもそろってビジュアルが良いから、こういう服もよく似合うわ。


頭はポニーテールにして貰っている。これも凄くかわいいわ!

だけど、これをセットしてくれた東出さんはニコニコ顔で「今日は非番なんです」って言った後に出かけてしまったわ。なんだか様子がおかしい気がするけど……気のせいかしら。


今日は「みんな平等の日」って決めていて、雇用主の人達も偉そうにしないで働いて貰うようにしているの。

とはいっても、お父様をはじめとした男のひと達は集まってお酒を飲み始めている。こういう「ちょっと男子~」的なシチュエーションはいくつになっても変わらないのね。

それをお母様たち女の人が次々睨みつけると、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行ったわ。

彼らは、それぞれが所どころで「手伝いましょうか」と顔を赤くしたり青くしたりしながら言っている。


「自分、奥様にこんなに手伝って頂けて感激っす。う、涙が」

「勝手に泣けばいいけど火加減だけは絶対間違えないでね」


炭火を調整しながら、栗原さんとお母さまが会話をしている。

お母さまは既に缶ビールを片手に持っている。

うん、缶ビール。この人に最も似合う飲料ね。


「早くこのスペアリブ食べたい! ねえ見て、この滴る肉汁!! っあーーービール飲みたい! いい? これ成功したら秋はシカやイノシシでやるからね? 食べ方やさばき方、覚えといてね」

「奥様、ビールすでに開けてるじゃないですか」

「違うんだよ、このビールはビールじゃないんだよ。ただの水。これはスペアリブと飲まないとビールじゃないの」


お母さまは栗原さんの背中を思い切り叩いて豪快に笑っていた。お母様、早くも酔ってるわね……。



お母さまが気取らなくなって、しばらく経つ。

最初は色々な人から悪く言われてたけど、今はもう、お母様を表立って悪く言う人はどこにもいないわ。

親戚の人もいつの間にかうるさく言わなくなってた。

何をしたんだか、詳しくは知らないけど、「あかりのお陰よ~」ってお母さまが何度も言って感謝してた。

うん、東出さんの本気、怖すぎ。


うん。お肉や野菜のたくさんの食材が焼けていくのが混ざりあった香りがたまらないわね。ほのかに炭の匂いが香るのも風情があるわね。

私はバーベキューの野菜も好きよ。特にピーマンが好きだわ。

あのほんのりとした苦味と、甘みが大好きで、塩をかけて食べるの。

ホントにおいしいのよね、あれ。


「姉さん、さっきからピーマンばっかり食べてて少し貧乏臭いよ」


コースケは顔をしかめる。


「なによ、コースケ。あんた、ピーマン食べれないくせに偉そうにしちゃって」

「それは関係な……」


コースケは顔を真っ赤にして言い返す。

声は尻すぼみに小さくなっていった。


「え、コースケくんピーマン食べれないの?」


つぐみか驚いて目を丸くするのを見て、コースケはとうとう俯いてしまう。


「違うよ、食べれるよ……」


そう言ってコースケはテーブルの中央に山盛りに装ったピーマンを、しぶしぶをトングでつかみ、目をぎゅっと瞑ってピーマンを食べていた。

ちょっと涙目になって「お、おいしいよ。こんなの食べれて当たり前だよ」って言ってる。

ふふ、コースケは時々生意気ぶるけど、本当にかわいいわね。心がぽかぽかとして、ついつい微笑みが溢れる。


それをじーーっと見ているのは、桐蔭くん。

私の方を何か言いたげに気まずげに見ている。

テーブルには豚汁のときと一緒で、コースケ、つぐみ、そして桐蔭くんが座っている。


私と目をあわせると、桐蔭くんは気まずそうにあわてて下を向いて黙ってお肉を食べていた。

ここで切り出せばいい。ここで「ずっと無視してごめんね」って言えば、丸く収まる。

丸く収まるし、皆もハッピーよ。桐蔭くんの奇行が止むのは私だって嬉しい、多分このままじゃ「せいかつそうだん室」どころか警察のお世話にもなりかねないもの。

それに、桐蔭くんとまた仲良くできると……やっぱり嬉しい。


だけど、できない。謝れない。なぜだかわからないけど、何かに邪魔をされて、妙な期待をしてしまう。

つまらないプライドのせいで桐蔭くんと仲良くできないなら、捨ててしまいなさいとも思うんだけど、どうにもプライドとか意地とかそういうタイプの感情じゃないのよ、これ。

桐蔭くんに、自分を大切にして欲しいっていうか。桐蔭くんに、「私は桐蔭がいなくなったら困る、悲しい」って伝えるのが、少し恥ずかしい。

一体ぜんたい、どうしちゃったのかしら。

こんな女々しいみたいな感情、私らしくもない。


「ガキども、焼きとうもろこしの時間だぞ~」


お母様の放った大声に私はハッとする。

あま~い香りと、醤油の焦げた香ばしい香りが漂ってくる。

やや、焼きとうもろこし?!


きっと今頃、焼けた粒が弾けて金網の下に滴ってるはず――


「先着20名だ、争え、争え~あっはっは」


なんですって、助けに行かなきゃ!!

炎にあぶられてこんがりしたとうもろこし。

ハケで滴る程につけた醤油を塗ったとうもろこし。

絶対おいしいに決まってる!


それに、祭りっていったら焼きとうもろこしじゃない!

前世では縁日で食べたりしたわよ。

お母さんに泣いてまでしておねだりしたもの。

絶対外せない。


肉や野菜を一緒に焼いた串にもとうもろこしはあったけど、あのアメリカンなコーンはお呼びじゃないわ。

いえ、好きだけど。ごめんね。アメリカンなコーン。略してアメコーン。

でも、日本人なら焼きとうもろこしは醤油味よ!!!

砂糖醤油でもいい。むしろ嬉しいけど、今世の焼きとうもろこしデビューだし、過度な期待は禁物だわ。


20本って事は、一本先取して4分割して全員に行き渡るようにするべきね。

こっそり私の分だけ大きめに切りましょ。

そうね、私の分が2倍くらいあってもみんな気づかないわよ、多分。


ああ、焼きとうもろこし。

焼けてヒリヒリしてる肌に醤油を塗られてとっても痛い思いをしているはず。

ふふっ、大丈夫よ。今に私が助けてあげるから。

ふふふ、ふふふ。

焼きとうもろこしって単語を聞いてから笑いが止まらない。


あら、私ったら今まで一体何に悩んでたのかしら。

何だったかもう思い出せないわ。


「姉さん、顔。顔こわいよ」


コースケが久しぶりにプルプルと肩を震わせながら言う。

出た、例の痙攣! 最近見ないと思ったけど、やっぱり治ってなかったのね。


心配だったから、「病院行こうか?」って聞いても「は?」的な返しをされていつも終了だったんだけど。

やっぱり持病か何かなのかしら。心配だわ。


「焼きとうもろこし、終了ーーーーはい解散。もう無いぞ、帰った帰った。店じまいだ」


ここで、お母様の無慈悲な宣告が降ってきた。

学年最強レベルの足を持つ私が、椅子から立ち上がる事すらできないまま。

とうもろこしを持ってるのは大人が多いみたいだけど、どっちにしても私も欲しかったわ。がっくり。


「あれ。姉さん、どこ行くの」


私は脱力感のひどい体に力を入れて、ふらふらと席を立つ。


「傷心を癒やす旅よ」

「焼きとうもろこしなら、私が誰かに頼んできてあげよか」


つぐみは優しいから、そういう心配をしてくれる。

本当、優しすぎる子。

ううっ、涙が出そうだわ。


「それとも似てるの持ってきたよ。食べる? 塩ようかん」


つぐみはポシェットから人差し指ほどのサイズの細長い袋に入ったお菓子を取り出す。

こ、これは塩ようかんじゃない!!

だけど、大好物だけど、焼きとうもろこしにはかなわない。

違うわつぐみ。

塩と甘いものを掛けてるから似てるかもしれないけど、焼きとうもろこしは特別なのよ。


「前々から思ってたけど、つーちゃんのお菓子選びのセンスって……ババくさ……ゲホッ、大人っぽいよね」


コースケがつぐみに何か言ってる。聞こえない。

焼きとうもろこし。私が失ったものはあまりにも大きいものだった。


私は魂が空っぽになったような虚無感に襲われながら、ふらふらと歩き出した。

多分、今の私は亡霊も同然。

焼きとうもろこしを失った、魂の抜けたつまらない存在。


ああ、食べたかったな――焼きとうもろこし。


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