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(29)大事にしていたプリンを取られる以上の怒り

ケイドロカップルが誕生した後が、まさにケイドロブームのピークだったと思う。


ケイドロ中、竹原くんたちに続けと、我先にと女子、男子が意中の子に告白したりすることが爆発的に増えた。

コースケは押し寄せるラブレターを持った女の子の波に毎日へとへとになり、遂には「俺、もうケイドロはいいや」ってうんざり顔で言って、ケイドロ不参加を決め込んだ。

その影響で、ケイドロに参加する女子はごっそりと削られてしまった。

ここまで影響力があるとは、さすがコースケ。自分の弟ながら恐ろしい子供ね。


残る女子は桐蔭くん派と、単純にケイドロが好き派、そしてごく少数、別に意中の男の子が居る派になるんだと思う。

それでも、桐蔭くん派の女子が少ない気がするわ。最初に私がケイドロを発案した頃に比べて、7割ぐらいしか残ってない気がするの。


女子達は、桐蔭くんを見つける事はできなかった。

前々から「隠れる事が好き」とは聞いていたけど、初回のカーテンにくるまっていたアレから、毎回毎回場所を変えて、どこかに「忍んで」いる。彼を見つける事は、ほとんどの生徒にとってはお手上げみたいで、一人以外の手によっては絶対に彼を見つけ出す事は不可能だった。そう、彼を見つけ出す事ができた唯一の捜査要因こそが――私だったの。

探しだすのは割りと骨だったけど、私が捜査する時は大体が見つけ出す事ができた。

最初から桐蔭くんだけに的を絞って、集中して、彼の癖を読んだ。

行きたそうな場所、驚きのありそうな場所、単純に隠れやすい場所、前回の隠れていた場所と距離の離れている場所。

あらゆる場合を想定して、目を閉じ、座禅まで組んで全神経を桐蔭くんを見つけ出す事だけに集中させると、自ずと何箇所かに候補が絞られてくる。


こんな、半ば人間をやめたような芸当をして、はじめて桐蔭くんを見つけ出す事ができた。

たかがケイドロで。だけど、桐蔭くんを相手にかくれんぼなんて、侮ったマネなんてできるはずがないわ。


だけど、その日の桐蔭くんはいつもと違った。


珍しくグラウンドを駆けまわり、私は当たり前のように桐蔭くんを追いかけた。

単純なかけっこならば、現状、私の方が買っている。そう思って、追いかけたら、桐蔭くんが突然視界から消えた。


「え、桐蔭くん?!」


と、下を見ると、桐蔭くんは壮大に転んでいたのだ。


「大丈夫?」


私が聞いても、桐蔭くんは何も答えない。


「なに、ちょっと桐蔭くん。もしかして死んだフリ? もうやめてよね~」


そう言って私は桐蔭くんの背中を叩いた。

彼は沈黙を保ったまま動かない。


「やだ、もしかして頭打っちゃった?!」


私はまずい、と思って桐蔭くんをおぶってやる。

他の参加者達も心配顔でこちらへ寄ってきたけど、私はあえて落ち着くように、「大丈夫だよ」とジェスチャーして、保健室へと向かった。



「桐蔭くん、私だよ。私」


私は青白い顔でベッドに横たわる桐蔭くんを揺する。

反応がない。

むっつり顔で「おい」とか言いそうなものだけど、彼は表情を変えずに横たわっていた。

そう、死体みたいに。

その姿もとてもキレイで、作り物みたいだった。

私は急に不安に襲われる。


むっつり顔だけど、楽しそうな桐蔭くん。

一緒に木の上でグラウンドを眺めていた桐蔭くん。

大好きな、優しかった桐蔭くん。


「やだよ、桐蔭くん、死んじゃダメだよ……」


頭がカアッと熱くなり、目から熱いものがこぼれ出す。


「桐蔭くん、もっと一緒に遊ぼうよ、またかくれんぼしようよ、私見つけるから、必ず桐蔭くんを見つけるから――」


悲しみがこみ上げて、とどまることを知らない。

桐蔭くんは特別な友達なのに、居なくなっちゃうなんてあんまりよ。

これから、中学、高校と上がっていく中、桐蔭くんとの思い出がこれっきりになっちゃうなんて、絶対嫌よ。


「桐蔭くん、ねえ桐蔭くん」


私はまた桐蔭くんをゆすり、抱きしめる。

桐蔭くんは目覚めない。


ふぁーっとあくびをして目覚めてもいいはずなのに――


「リコちゃん……」


駆けつけたつぐみが心配そうに私を見る。


その時、チャイムが鳴った。

私は、授業後も桐蔭くんに付き添うつもりで、皆に「ここに残るね」と伝えた。

すると


「離してくれないか、エリコ」


腕の中で誰かが喋った。

いうまでもない。桐蔭くんだった。

私は何も言えないままに唖然として悠々とあくびをする彼を見ていた。


「最近編み出した死んだふりの術だ。どうだ、これなら絶対に捕まったりしないだろ」


自慢気に語る桐蔭くんに、私は内臓が爆ぜるような感覚に囚われ、頭の中がカアッと熱くなって気づけば桐蔭くんを突き飛ばしていた。

そう、これは怒り。燃えるような激しい怒り。

大事に取っておいた冷蔵庫のプリンをお母様に勝手に食べられた時でもこんな怒りは沸いてこないわ。

翌日に大事にとっておいた冷蔵庫のシュークリームをまたお母様に食べられたとしても、それは同じよ。

ここまで怒らない!!!!


「な、何するんだエリコ。ん、なぜ泣いているんだ」

「バカーーー!」


私は気づいたら桐蔭くんを殴っていた。

しかもグーで。容赦なく。

桐蔭くんは痛そうに頬を抑え、しばらくの間うずくまっていた。



こうして、直後に桐蔭くんは「せいかつそうだん室」に連行。

ケイドロは先生達によって禁止され、私達は元の生活に戻っていったのだった。

あれだけ激しかったケイドロブームもこれで収束。

昼休みは元通り、室内での遊びが主流になっている。

思えば、あっという間の事だった気もするわ。


だけど、私は次のブームを引き起こすべく、色々と画策を練っている。


「ねえコースケ。サッカーと野球、どっちが流行ると思う?」

「どっちでもいいけど桐蔭くんが付いてきてるよ」

「いいの。あのバカは放っておきましょ」


私は「バカ」という言葉を強調して、背後を歩く桐蔭くんに目もくれずに言った。

つぐみはあはは、と苦笑いを漏らす。


「残念だけどしばらくそうして反省した方がいいよ」


そう言ったのはコースケ。


「ごめんね、桐蔭くん。だけど、同情できないなー」


苦笑いするつぐみ。


チラッと桐蔭くんを盗み見ると、彼は申し訳なさそうにしゅんとして、いつもキリリとしている両眉を下げていた。

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