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(3)焼き芋を分けて食べましょう

扉が僅かに開かれて、江介が顔を覗かせた。

さらさらとしたストレートの黒髪に、まんまるの真っ黒な瞳。わずか9歳にして潤沢な知性の見え隠れする整った顔立ちだった。

ぶっちゃけ、前世の私が『花カン』で一番好きなキャラはまさに江介だったのよね……。

もし仲良くなれたら禁断の恋も……グフフ――――

いえ! そんなバカな話は忘れなさい江梨子。邪念が混じっていたら江介に誠意が伝わらないじゃないの!


「お姉さま、どうしたの?」


やっぱり江介は戸惑ったていた。いいえ、ハッキリと分かる。怯えた目で私を見つめていた。


江梨子はこの子にとって恐怖の象徴みたいなものなのね。

今まで本当に悪いことをしてきたわ。

多分、そんな気持ひとつじゃどうしようもならない位、江介の心にに消えない傷をいっぱい作ってしまったんだと思う。

「仲直りしなくちゃ」なんて、ムシが良すぎたかもしれないわね。

きっと、許して貰えないかもしれない。


「ねえ江介」


江介の瞳をじっと見つめる。

江介のまんまるの瞳は目の前の姉を相手に警戒をしていた。


「今まで、殴ったり、怒鳴ったり、怖い思いを一杯させちゃってごめんなさい」


私は精一杯頭を下げた。


「ごめんなさい、江介。これからは私があなたを守るわ。貴方が私を怒鳴ったり蹴ったりしても構わない。私だって今まで江介にそういう事をしてきたんだから」


江介はビクリと肩を震わせた後、揺れる瞳で静止をしていた。

そんな様子もドキリとするほど美しかった。


「江介、私に怒ってるでしょ。だから、ぶっていいわ。気が済むまでぶって」


私は腹を決めて正座する。

江介は今度こそ戸惑ったような様子でいる。


「あ、あの……お姉さま」


江介の視線は私の左手に注がれていた。


「その、手にもってる良いにおいのものはなに?」


焼き芋だ。焼き芋をしっかりと握っている。

そう、私はこの大事な局面を、こともあろうかホカホカ焼き芋を持ったままだったのだ!!!



「オーーッノーーーーー!!!」


私は頭を抱えて床にひれ伏した。



さあ、このマヌケなザマを実況と解説で振り返ってみましょうか。

よろしくお願いします、解説の広陵院エリコさん。

実況は私、広陵院エリコがお送り致します。


さて、まずはこのシーンね。


『江介、おねえちゃん、謝りたいの。今まで、本当にごめんなさい』


(実況)いや~、広陵院エリコ選手の必死の剣幕が伝わりますね。

ですがこの時の広陵院エリコ選手の左手に注目してください。いや~、残念ながら、ホカホカの焼き芋を持っていますねぇ~。どうでしょう、解説の広陵院エリコさん。


(解説)いやー、これでは弟さんへの誠意が微塵も伝わりませんな~。


(実況)そうですねぇ~。それどころか広陵院エリコ選手、若干焼き芋を食べたそうにしてるようにも見えますね。



次はこのシーン。



『これからは私があなたを守るわ。貴方が私を怒鳴ったり蹴ったりしても構わない。私だって今まで江介にそういう事をしてきたんだから』


(実況)ここの広陵院エリコ選手を見てください。彼女、「私ちょっといいこと言ったんじゃない?」的なドヤ顔をしてますね。ですが、左手は焼き芋をブンブン振り回していますね~。どう思います? 解説の広陵院エリコさん。


(解説)どうやら焼き芋の事をすっかり忘れているようですね。よく遠心力で焼き芋が飛び出さなかったな、というレベルです。


(実況)おっと、よく見たらしっかり握り締めてますね。後で絶対食べるつもりだったんでしょう。


(解説)うーん、見上げた食い意地ですね。



最後に、このシーン。


『ぶっていいわ。気が済むまでぶって』


(実況)アウトだーーーー。アウトです、広陵院エリコ選手。このシーンでも焼き芋持っております!


(解説)ここまで来るとフォローの仕様がないですね。この試合を取るのは大分厳しいでしょう。広陵院エリコ選手は今試合限りで引退かもしれませんね。監督の広陵院エリコさんにも責任はあると思います。




さて――こともあろうか、私はずっと焼き芋を持っていたのだった。

大事な場面でこれは流石に無い!

持つにしたって他にもあるでしょうに!


だけど――


「……これ食べたい?」


むくっと立ち上がり、

この言葉に、江介は恐る恐る頷いてくれた。

私は思わずにやけ顔になる。


「じゃあ、お昼ごはんが食べれなくなっちゃうから、半分こしましょ」

「はい、お姉さま!」


そう言ったコースケの笑顔は、眩しいほどに神々しい物だった。

その表情には疑いも恐怖も見えない。

これってもしかして、仲直り?

もしかしなくても仲直り?


やったーーー、結果オーライだわ!

いえ、これ以上ないほど最高よ!

今度、栗原さん達にお礼を言わなくっちゃ。



「じゃあ半分に割るわね」


そう言って焼き芋を折る。

柔らかい焼き芋は簡単に2つに別れた。



「お、おおぅ」


思わず口から唸りが漏れてしまった。


焼き芋は、8:2位の比率でアンバランスに分かれている。

立派な焼き芋と、芋の欠片みたいな。

地球と月みたいな「半分こ」にしては明らかに理不尽な比率。


っていうかこれって、幼いころの兄弟げんかの原因ぶっちぎりナンバーワン。「大きい方をどっちが食べるか」問題じゃない?

って事は……これって仲直りイベント、大ピンチじゃない!

どうしよ~~~~~!


江介の方を見たら、肩をプルプルと震わせていた。

なにやら、笑うのを噛み殺しているみたいだった。


「お姉さま……ぶきよう……」


ガーン!


「いいいいい、いいのよ別に。こっちが江介の分ね。わざとよ、わざと。たははは」


8:2の焼き芋の大きい方を江介に手渡す。

こちとら二度目の人生なんだから、大人な所を見せてやらねば!


「いいの。これからはこれでいいの。おっきい方が江介の分。小さい方が私の分よ」


うん、我ながらいい言葉ね!


「お姉さま、『したきりすずめ』は小さいハコに宝物があったよ」

「ぐはっ」


あれ、もしかして江介ってちょっと毒舌家の気があるのかしら。

っていうか私の動揺っぷりを見てクスクス笑ってない?

あれ、もしかしてSなの、この子。


「きょうの、お姉さま、なんだかおもしろい」


ガガガーン!

おもしろい人認定されてしまった……。

前世でもどっちかというと「おもしろい人」だったと思うけどさぁ……。


「だから、お姉さまにはおっきいのをあげるね」


そう言って、江介は私の持っている芋の欠片をおっきい焼き芋もととりかえっこしてくれた。


「え、いいの? 江介。これじゃあ今までと変わらないわ」

「うん、おっきいのをたべて」


こ、江介……。

なんていい子なのかしら。


江介はキラキラとしたオーラを背負って笑っていた。弾けるようなこの笑顔がとても愛らしい。

……天使さまだ。


許されるなら泣いて手を擦り合わせたい。


「じゃあこうしましょ、私のお芋の最初の一口は江介が食べてちょうだい」

「どうして? お姉さま」

「美味しいところだからよ」


私はえっへん、と胸を張る。


「美味しいから、江介に食べて欲しいの」

「おいしいのなら、お姉さまがたべればいいのに。へんなの」

「変じゃないわ。それが姉弟なのよ」


江介は不思議そうに首をかしげ、「いただきます」してから私の渡したおっきい焼き芋をパクっと頬張った。

ううっ、9歳なのに、どうしてこんなに礼儀が正しいの?! その上、ものすごく綺麗な作りの顔をしてる。

正直、そこら辺の子役なんか目じゃないわ!!!


「おいしい! ありがとう、お姉さま」


目尻を下げて笑うその顔に私のハートは撃ちぬかれた。

江介、あなたがナンバーワンよ!

今ならハッキリと言える。

ウチの江介が世界で一番かわいい!!





「ねえ江介。お願いがあるんだけど聞いてくれる?」


部屋に入って二人で焼き芋を食べながら、私は江介に語りかけた。


「お姉さま、っていうのはやめましょう。姉さん、とかお姉ちゃん、とかそういうのでいいわ」


江介は今朝と同じように目を丸くしていた。


「エリコって呼んでもいいわよ。だって私達、双子なんだから」

「じゃあ……お姉ちゃん」


ありていな言葉で簡単に言おう。

萌えた。

やばい、やばい、どうしよう。こんな可愛い子にお「姉ちゃん」とか言われちゃったわよ、私!


もじもじと恥ずかしそうに言う江介は控えめに言って、めちゃめちゃかわいかった。

神様、この子を産んでくれて本当にありがとうございます。


「ありがとね、江介」


私はニコッと笑った。

余りに江介がかわいいものだから、気持ち悪い顔を抑えるのが大変だったけど。私は努めて「良いお姉さんの顔」を作った。


「お姉さま、なんだかその顔、気持ち悪い」


作れなかった。

しかも呼び方が「お姉さま」に戻ってるし!

心の距離を感じるわ!


「あぁ、ごめんなさいね」


慌てて取り繕う。

江介が怯えてるじゃないの。

下らない脳内カーニバルなんて中止よ中止! ハイ撤収!


「じゃあ、私も江介の事、コウちゃんって呼んで良いかしら?」

「それはやだ」


即答だった。


こうして、私は焼き芋のお陰で弟との仲直りに大成功したのでした~。

めでたしめでたし。

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