(26)証拠人パウンドケーキ
そもそも、牡丹ちゃんは、元々婚約なんて言うような子じゃない。
つぐみに対してはあまり良い感じじゃないけど、コースケに対して興味がある様子はあまりなかった。
どっちかっていうと、コースケに対してやりすぎになりそうな女子を制したり、そういうタイプだった。
その牡丹ちゃんがわんわん泣いてコースケに婚約を迫るなんて、きっと何かあるに違いないわ。
「ふふっ、場外捜査の時間ね」
「姉さん……今一大事なんだけど」
屋敷に帰っておやつを食べる私達。コースケがしらけた目でこちらを見てくる。
私はパウンドケーキをかじり、少し慣れてきた紅茶をがぶ飲みする。
遠くにいた東出さんが凄く怖い顔でこっちを見ていた。
まずい、と思ってカップを置く。
豪快に中身がこぼれた。
あ、やばい。これは後で始末されるかもしれない。マナーの虎に。
「いいの! 今は盛り上がってるとこなの! とにかくアレよ」
私はコースケの肩に手を置いてうんうんと頷いた。
「モテる男はとにかくツラいのよ」
「色々とあんまりだよ!」
そう言ったコースケは、どこか疲れている感じがした。
「学校でなんかあったの?」
そう言ったのはお母様。服は一切ヨレのない白地のTシャツに、下は美麗な足のラインの目立つジーンズ。食事ということで、下ろしていた髪を後ろに束ねている。
「それがね、西条牡丹ちゃんがなんやかんやあって、コースケに婚約を迫ってきちゃったの。大胆よねー」
私は、頬に手を当ててうっとりと話す。
その瞬間、お母様の顔が曇った。
「ん、おかしいね。西条さんの子は既に婚約者がいるはずなんだけど……」
「えーーーーー!」
私は思わず立ち上がった。
「姉さん、竹原くんだよ。知らないの?」
コースケは何の驚きもない。
って、竹原くんが牡丹ちゃんの婚約者?!
そんなの聞いてない~~~~!
「モテるどころか、当て馬だよ。俺」
そう言ったコースケは幼いにも関わらずどこか哀愁が漂っていた。
衝撃の事実を聞いた翌日、私はケイドロで牡丹ちゃんと竹原くんを辛抱強く観察していた。
桐蔭くんの座る太い木の枝の隣で、私は双眼鏡を構えている。
桐蔭くんに竹原くんについて聞いたら
「竹原か。アイツの走りはダメだ。目立ちすぎる」
という、よくわからない基準の答えが返ってきたので彼の証言は頼らないと決めた。
「うーん、竹原くん。女の子にすごくやさしいのね」
双眼鏡の向こうで竹原くんが転びかけたつぐみを支えている。
「大丈夫?」なんて言葉も交えて、少しいい感じにも見えるわね。
うーん、視界の隅っこで凄い殺気を感じるんだけど、多分気のせいよね。
あ、今度は牡丹ちゃんが走ってる。今日の牡丹ちゃんは泥棒役よね。
竹原くん、追いかけてタッチ、そして連行。
その間、会話ゼロ。
「もー、何してんのよ竹原くんったら……」
竹原くんは昨日、牡丹ちゃんの事を話しているとき、顔を真っ赤にしていた。
竹原くんは牡丹ちゃんに好意を持ってるのに。私が牡丹ちゃんなら、「嫌われてる」って勘違いしちゃうと思うの。
っていうか、こういうのがツンデレなのかしら。
可愛いわね、竹原くん。
当の牡丹ちゃんからしたらたまったもんじゃなさそうだけど。
「なあ、エリコ」
そう言ったのは桐蔭くん。
「ここの眺め、すごくいいだろ」
「そうね」
私はとにかく2人の観察に余念がなかった。
なぜか、桐蔭くんはこの世の終わりのような悲しいオーラをまとっていた。
その日の放課後、私はこっそりと牡丹ちゃんを呼び出して、中庭の芝の上に腰を降ろしていた。
「エリコ様、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
そう言った牡丹ちゃんは、昨日の様子と打って代わって、しゅん、としていた。
「うーん。つぐみには謝って欲しいけど、私に謝らなくてもいいよ?」
「コ、コースケくんにも謝りますわよ?!」
すかさず言った牡丹ちゃん。
牡丹ちゃんってやっぱり、根は悪い子じゃないのよね。
だから、昨日の行動はちょっと違和感もあったのよ。
「……私、好きな人がいるんですの」
おや?
牡丹ちゃんは膝を抱える。
「親同士が決めた婚約者なんですけど、婚約が決まる前から、ずっと好きだったんですの。なのに、嫌がるフリなんてしちゃって――」
「牡丹ちゃん、それって――」
牡丹ちゃんは顔を真っ赤にして膝に顔をうずめた。
おやおや?
牡丹ちゃんの婚約者って竹原くんよね。
もしかして二人って――両想いなの?!
「だけど、脈なんて全くナシですわ。彼、花巻さんにはとっても優しいのに、私にはつっけんどんだし」
「牡丹ちゃん……」
そっか。つぐみにヤキモチしてたのね。
「私は花巻さんの存在が悔しくて。お勉強は私が一番頑張ってた事なのに、花巻さんは平気な顔をして100点ばっかり取るし。お父様やお母様はなんであんな庶民に勝てないんだって、凄く私を責める。生まれは良くないのに。エリコ様やコースケ様、皆に愛されて、特別扱いされて。私なんて、好きな人に振り向いてすら貰えないのに――」
牡丹ちゃんはひっく、ひっくとしゃくり上げている。
牡丹ちゃんも、色々な事に押しつぶされそうで辛かったんだね。
それでも、好きな人とすれ違いでこんな風になっちゃうなんて、悲しすぎるよ。
私は牡丹ちゃんの肩を抱いて、しばらくじっとしていた。
「大丈夫。私がなんとかするわ」
そう言うなり、私は立ち上がり、コースケのクラスへ向かった。
「たのもー!」
そう言ってまだクラスに残っていた竹原くんを引きずりだし、誰もいない校舎の柱の影に連行する。
「な、どうしたんだよ署長」
竹原くんは見るからに慌てふためいている。
「絵の件なんだけど」
少し大きめの声で言ったら竹原くんは慌てて「しー」、と唇に指を当てる。
辺りをキョロキョロして、あからさまに動揺をしていた。
「コースケの絵は描けない」
「な、約束が違うよ、署長」
「その代わり――私があなたに絵を教えるわ。それであなたの絵をプレゼントするの。牡丹ちゃんに」
竹原くんは顔を真っ赤にして俯く。
「そ、やだよ。アイツ、ぜーったい俺の絵なんて貰っても嬉しくないし」
そう言って床を蹴る竹原くんの顔はやっぱり赤かった。
「品質は私が責任を持って管理するから、とにかく、あなたは絵に集中して牡丹ちゃんの絵を描きなさい」
「は?! 西条の絵?」
そう言った竹原くんに、私は耳打ちをする。
「竹原くんの気持ち、まーーーーったく伝わってないわよ」
「うう」
竹原くんが唸る。
「そういう事で。明日から集中講義よ。よろしくね、竹原くん」
私はひらひらと手を振ってその場から退場したのだった。