(24)パンの切れ端と写生会
今日は写生会!
4年生は、学校からそう遠くない近所の大公園に集まって、描いた風景画に「理想の将来の自分」を描くらしいの。
「将来」っていう言葉に「せいかつそうだん室」の影がチラつくわね……。用心には越した事がないわ。特に桐蔭くんはね!
昼休みは出張版ケイドロを予定しているの。
コースケ、桐蔭くんの参加声明は出せたから、多分、そこそこの人数は確保できると思う。
私のケイ・ドロパンデミック作戦は順調。それどころか、あっという間に3~5年生を中心に爆発・拡大していていた。この戦果はむしろこわいとすら思うわ。
基本的には学年ごと、または1クラス、複合クラスで実行されてるみたいだけど、それぞれのグループのケイ・ドロは独自の進化を遂げている。
例えば、私達4年生が行うケイ・ドロはなぜか設定が他と異なっている。
最初、「警察」と呼ばれていた役割が「探偵」に変わり、看守役だけが「警察」と呼ばれるようになった。
「泥棒」は「怪盗」に変更。美術館を舞台に、挑戦状を叩きだした探偵と、華麗な逃走劇を行う――
私が運動が苦手な子を筆頭として、「シナリオ班」に回したから、こういう風になったと考えている。
もちろん「シナリオ班」もケイドロに参加する。毎回、「設定」を大いに利用して盛り上げてくれたりするわ。
「正義の警察」を演じて「無実の囚人」を逃したりとか、なかなかおもしろいのよね。
子供だから突飛な妄想もあるけど、「どこの推理小説よ」的なイベントを起こしたりするから、意外と侮れなかったりするわ。
私、コースケ、桐蔭くんを中心に、「ルール班」も作っている。圧倒的発言力を持つ3人だからこの役に持ってきたんだけど、コースケと桐蔭くんはお飾り感も否めないわね。だけど、彼らに宣言してもらったのは「相手の立場はケイドロ中だけシナリオに準ずる。ケイドロ中は役になりきること」。この効果は意外と絶大で、初期に散見されたつぐみを邪険に扱う子も大分減ってきたわ。
ま、コースケをタッチしたい女の子や、桐蔭くんを見つけたがる女子は後を経たないんだけどね、あはは。
少しずつ、私の取り分の給食は減っていってるけど、「戦略班」「行動班」が良い動きをしてるからって事でしょうがないか、と思う。
ケイドロの爆発的流行によって、学年のどこかギスギスしていた人間関係も変わりつつある。
「エリコちゃん、絵が上手なんだねー」
「シナリオ班」を担当している、クラスのおとなしい女の子が私のスケッチブックを覗きこむ。
「ほんとだ、リコちゃんじょうずー」
隣のつぐみは感激して指先を合わせた。
「つぐみちゃんの絵もかわいー」
つぐみは照れ笑いを浮かべて、「そんなことないよ」って言うけどまんざらじゃない様子。
転校当初はこんな場面はあり得なかったけど、つぐみも少しずつクラスに溶け込んできている。
「わっ、エリコちゃん上手! いがーい」
別の女子が私の絵を見て言った。学年で、私の次に足の早い子だ。
「意外」って何よ……! ま、当の私も意外なんだけど。
私も、「実は絵が上手い」と知ったのは最近で、母の日にお小遣いの出費をケチりたい一心で描いたお母様と東出さんの絵がそれぞれに好評だった事がきっかけだった。
二人やお父様に褒められたのでいい気になって、一時期、調子に乗って屋敷で働いている人をスケッチしまくっていた。
栗原さんに絵を渡したらもちろん泣かれた。
私はタッパーに入れたパンをかじりながら思う。
もしかしてこれが転生ボーナスってヤツなのかしら。
周りからは「いきなり絵がうまくなった」って言われてるし。
確かに子供の頃、絵画コンクールを無双するのは遠い夢でもあったし、たっぷり活用したいな、って思う。
まずは今の課題ね。小手調べと行きますか。
将来の自分……。やっぱり自衛隊だから迷彩服を着た私が大活躍してるところよね。
ああ、銃の資料が欲しいわ。少し先にある図書館に行ってスケッチしてこようかしら。
「ねえねえ、桐蔭くん描いてー」
「おっけー」
女子のリクエストに軽く返事して、私はサササッと桐蔭くんを描き入れる。
つぐみが少し狼狽していた。
「すごーい、そっくりー!」
私はえっへんと胸を張り、続きを描き入れて行く。
つぐみはなにかを言うのを諦めて、自分のスケッチブックと向き合っている。
「できたー」
と言って絵を上げた時、私は動きを止めて固まってしまった。
本来は超平和な背景に唸る戦火。飛び合う銃弾。人々は逃げ惑う。だが、無慈悲にも銃弾を食らって、次々に倒れていく。
息を止めた戦友――桐蔭くんを抱き上げ、「なぜ彼を殺ったんだ――――!」と言わんばかりに慟哭する血だらけの私。
阿鼻驚嘆の図だった。
とても、小学生の写生会の絵とは思えない。
◯◯戦争の絵みたいな感じだ。
あ、これヤバいヤツだ。
なるほど、だから隣でつぐみはあんな反応してたのね。
そこで桐蔭くんがいきならい降りてきて、私の絵を見る。
う、キレイな顔――
やばい! 一番見ちゃいけない人だ! っていうか木の上にいたの?! 気付かなかった。
桐蔭くんは私の絵をじっと見て「これは俺か」と聞いた。
私はなすすべもなく、コクン、と頷く。
「俺は――隠密任務に失敗したのか」
私はコクコクっと頷く。額からツーっと汗が垂れた。
「そうか」
そう言って去った桐蔭くんはなぜか、とても嬉しそうだった。
なんでそこ嬉しそうなの?!
そうか、桐蔭くん。ニンジャ設定に喜んでるのか!!
なんていうか、桐蔭くんって色々と損してるわよね……。
責めて、この顔に生まれなければ――――。
結局、私の絵はボツとなり、「欲しい」と言った女子生徒に譲渡することになった。
余談だけど、例の絵は女子生徒の間で闇オークションにかけられ、物凄い高価な品物と物々交換されたとか。