(22)新学期いちご・オレ
この生活には、ラーメンという癒やしが足りない。
春、新しい学年になって、つぐみが転入してきた。
私の予想通り、つぐみは一部の女子生徒からはあんまり歓迎されていないみたい。
嫌な思いもたくさんしてるみたいで、私もできるかぎりの事はしてる。
意外だったのは、それを構成しているのが、広陵院関係の重役の子供たちが中心になっていることね。
てっきり広陵院関係者は次期後継者の味方してくれるって思ったけど、まるで逆だったみたい。
だけど、まだ小学生なのにこんな事してるなんてさみしいわよね。
嫉妬なんだか親に「この子とは関わるな」と言われたのかわからないけど、それにしたってやるせないわ。
なるべく私達双子にバレたくないんでしょうけど、こそこそとやってるのも気に入らないわ。
まあまだ相手は小学生だから、ちょっとおバカな証拠を遺しちゃって、あっさり私にバレたりするんだけど。
いいわ、私は権力の限りを使ってつぐみを守る。
とりあえず、なんだって基本は報告よ。つぐみに変なことした子は全部お父様に言いつけるんだから!
「つぐみ、大丈夫? 本当に辛いときは転校できるかどうかお父様にお願いするから」
そう言ったつぐみは笑顔を浮かべ、私の手を握って言った。
「ううん、リコちゃんとコースケくんがいるからへっちゃらだよ」
「……俺もいる」
そう言って登場したのは桐蔭くんで、壁からいきなり現れた。壁と同じ柄の布を持ってるから、そこに隠れていたらしい。
うーん、いよいよ忍者になってきたわね、この子。大丈夫なのかしら……頭とか。
ちなみに今年は私、つぐみ、桐蔭くんが同じクラスでコースケだけ別クラス。
始業式の日、「どーして俺だけが~~~」ってコースケは珍しく荒れていたわ。
私の密告はお父様の耳に届く度に、「そうかー、あの子もかー」と苦笑いのまま言った。
それにしても、お父様はいろんな子の事を覚えているのね。
ほんと、尊敬しちゃうわ。それに比べてお母様は「子供の顔って似てる子多いからなー」と両こめかみに指を当てて考えこんでしまった。
それにても、やっぱり後継者の件は難航してるのね。
お父様は「花巻さんが親戚になれば少しはおとなしくなるかもなー」とぼやいた時、コースケの目が確かに光った。
え、何、どうしたの、コースケ?! だけど、理由を聞いても絶対に口を割ろうとしなかったわ。
なんだろう、私に優しかったコースケが少しずつ遠くに行っちゃっう気がするわ。
ま、男の子なんてそんなものだけど。
そのうちぐーんと背が伸びて、ステキなイケメンになっちゃうんだろうなー。
うん、楽しみすぎるわ。
そうそう、学校が終わって、つぐみと一緒にいる時間がぐんと増えたの。
習い事を2つ増やしたのよ。それにコースケとつぐみも一緒に通うみたい。
ひとつ目がプール教室、ふたつ目がマナー教室よ。
プール――念願の体育系教室ね。「下手な運動より泳いだ方が体力付くんじゃん?」というアドバイスを貰って、体操じゃなくてプールになったの。
うーん、さっすがお母様! 「まあウチの川で泳ぎ教えてもいいけど」って言ってたけど、それもアリよね。コースケは「ない!」って言ってたけど。
そして今日がマナー教室の初日。
マナー教室は日曜の昼って決めている。
貴重な日曜日は潰れるけど、つぐみに会えるし全然へっちゃらよ!
なにやら、先生はもう既に決まっていて、今から来てくれるらしいの。
「どんな先生かなー」
「うぅー私にできるかな? 緊張しちゃうよ~」
応接室で待つ私達。つぐみは言葉どおり、ガッチガチに固まっていた。
「お母様いわく、”マナーの虎”らしいわよ。とにかくおっかないんですって」
「えー。リコちゃん、私怖いよ~」
つぐみは肩を窄めて青ざめてしまう。
「大丈夫だよ、つーちゃん。覚えておいて損はないと思うし」
そこでガチャリと扉が開いた。
カツカツとヒールの音を立ててやってきたのは――
「なんだ、東出さんか~」
私はそう言ってソファーに倒れこむ。
やってきたのは、いつものメイド服にニコニコ顔の東出さんだった。
「なんだじゃありませんよ、エリコ様」
ニコニコ顔のまま、東出さんは言う。
「今日からマナー教師の講師をつとめさせて頂く、東出あかりと申します」
よろしくお願いします、と東出さんは深々とお辞儀をした。
マ、「マナーの虎」って東出さんの事だったの~~~~?!
「緊張した~」
つぐみはガーデンチェアにぐったりと倒れる。
マナー教室終了後はいつものマグ会。
春だからって今日はいちご・オレを作ってくれたみたい。
生のいちごをミキサーにかけて牛乳と生クリームで混ぜた贅沢な逸品。
だけど、私は果汁1%のいちごオレが恋しいわ。
前世で飽きるほど飲んだ割に、安っぽいあの味をどうしても求めてしまうのよね。
「つぐみとコースケは飲み込みが早いからいいじゃない。私なんてずっと歩きっぱなしだったんだから」
私は歩き方から躓いて、早々に合格を貰った2人に比べてずっと苦戦してしまったわ。
薄々勘づいてたけど、やっぱりマナー系はまるでダメだったわね。
江梨子が小さい頃に体で身につけてくれていた事を祈ってたんだけど、やっぱりそんな補正、存在しなかった。
乙女ゲームの世界だけど、人生はゲームみたいに甘くはないわね。
だけど、東出さんは終始優しかったのに。どうしてお母様は「マナーの虎」とか言ってたのかしら。
それにしても、やっぱりラーメンが食べたいわね。
この生活でねじ込むには難易度が高すぎるから、なるべく意識しないフリをしてたけど、ラーメンが恋しい。
ほかほかのスープを掬って飲んで、その後に額に汗を浮かべながらアツアツの麺をすする、ラーメンが恋しい。
会社で嫌な思いをした夜は、いつもラーメンだったわ。
家族で出かけた時の特別なお昼ごはんもラーメンだった。
前世の私は本当にラーメンが好きだったみたいね。
つぐみと一緒に学校の憂さ晴らしに放課後にラーメンでも食べながら愚痴りたいものだけど――
それも難しいと思うのよね。ラーメン……ああラーメン。
うう、ダメよダメ。しばらくラーメンの事は忘れましょ。
余りにもラーメンに執着してるから、これは絶対によくない傾向よ。
この状態が続いたら、知らないおじさんに「ラーメンに連れてってあげるよ」とか言われたらコロっと着いて行っちゃいそうだし。
とにかく、そういう鬱憤は全部走って帳消しにしなきゃ。
春からランニングする距離も増えたし、都合が良いわ。
これだって、クラスで無双する計画の一部よ。
見てなさい、お嬢ちゃん、お坊ちゃんの諸君。
私がおあなたたちの人生を覆してあげるから――
君たちに、ケイ・ドロという禁断の遊びを教えてあげる。
そして勝つのは私!
明日から広陵院エリコの時代が来るんだから――